風立ちぬ 堀辰雄 ⑳

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投稿者投稿者ヒマヒマ マヒマヒいいね3お気に入り登録
プレイ回数966難易度(4.5) 4438打 長文
ジブリの「風立ちぬ」制作にあたり、参考とされた小説。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 だだんどん 6123 A++ 6.7 91.4% 651.3 4398 410 82 2024/05/06

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問題文

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(じゅういちがつはつかわたしはこれまでかいてきたのおとをすっかりよみかえしてみた。)

十一月二十日  私はこれまで書いて来たノオトをすっかり読みかえして見た。

(わたしのいとしたところは、これならまあどうやら)

私の意図したところは、これならまあどうやら

(じぶんをまんぞくさせるていどにはかけているようにおもえた。)

自分を満足させる程度には書けているように思えた。

(が、それとはべつに、わたしはそれをよみつづけているじぶんじしんのうちに、)

が、それとは別に、私はそれを読み続けている自分自身の裡に、

(そのものがたりのしゅだいをなしているわたしたちじしんの「しあわせ」を)

その物語の主題をなしている私達自身の「幸福」を

(もうかんぜんにはあじわえそうもなくなっている、)

もう完全には味わえそうもなくなっている、

(ほんとうにおもいがけないふあんそうなわたしのすがたをみいだしはじめていた。)

本当に思いがけない不安そうな私の姿を見出しはじめていた。

(そうしてわたしのかんがえはいつかそのものがたりそのものをはなれだしていた。)

そうして私の考えはいつかその物語そのものを離れ出していた。

(「このものがたりのなかのおれたちはおれたちにゆるされるだけの)

「この物語の中のおれ達はおれ達に許されるだけの

(ささやかなせいのたのしみをあじわいながら、)

ささやかな生の愉しみを味わいながら、

(それだけでどくじゆにいくにおたがいをしあわせにさせあえるとしんじていられた。)

それだけで独自ユニイクにお互を幸福にさせ合えると信じていられた。

(すくなくともそれだけで、おれはおれのこころをしばりつけていられるものとおもっていた。)

少くともそれだけで、おれはおれの心を縛りつけていられるものと思っていた。

(ーーが、おれたちはあんまりたかくねらいすぎていたのであろうか?)

ーーが、おれ達はあんまり高く狙い過ぎていたのであろうか?

(そうして、おれはおれのせいのよっきゅうを)

そうして、おれはおれの生の欲求を

(すこしばかりみくびりすぎていたのであろうか?)

少しばかり見くびり過ぎていたのであろうか?

(そのためにいま、おれのこころのいましめがこんなにもひきちぎられそうに)

そのために今、おれの心の縛がこんなにも引きちぎられそうに

(なっているのだろうか?」)

なっているのだろうか?」

(「かわいそうなせつこ」とわたしはつくえにほうりだしたのおとを)

「可哀そうな節子」と私は机にほうり出したノオトを

(そのままかたづけようともしないで、かんがえつづけていた。)

そのまま片づけようともしないで、考え続けていた。

(「こいつはおれじしんが、きづかぬようなふりをしていた)

「こいつはおれ自身が、気づかぬようなふりをしていた

など

(そんなおれのせいのよっきゅうをちんもくのなかにみぬいて、)

そんなおれの生の欲求を沈黙の中に見抜いて、

(それにどうじょうをよせているようにみえてならない。)

それに同情を寄せているように見えてならない。

(そしてそれがまたこうしておれをくるしめだしているのだ。)

そしてそれが又こうしておれを苦しめ出しているのだ。

(おれはどうしてこんなおれのすがたを)

おれはどうしてこんなおれの姿を

(こいつにかくしおおせることができなかったのだろう?)

こいつに隠しおおせることが出来なかったのだろう?

(なんておれはよわいのだろうなあ」わたしは、あかりのかげになったべっどに)

何んておれは弱いのだろうなあ」私は、明りの蔭になったベッドに

(さっきからめをなかばつぶっているびょうにんにめをうつすと、)

さっきから目を半ばつぶっている病人に目を移すと、

(ほとんどいきづまるようなきがした。)

殆ど息づまるような気がした。

(わたしはあかりのそばをはなれて、しずかにばるこんのほうへちかづいていった。)

私は明りの側を離れて、徐かにバルコンの方へ近づいて行った。

(ちいさなつきのあるばんだった。それはくもんかかったやまだの、おかだの、)

小さな月のある晩だった。それは雲のかかった山だの、丘だの、

(もりなどのりんかくをかすかにそれとみわけさせているきりだった。)

森などの輪廓をかすかにそれと見分けさせているきりだった。

(そしてそのほかのぶぶんはほとんどすべてにぶいあおみをおびたやみのなかにとけいっていた。)

そしてその他の部分は殆どすべて鈍い青味を帯びた闇の中に溶け入っていた。

(しかしわたしのみていたものはそれらのものではなかった。)

しかし私の見ていたものはそれ等のものではなかった。

(わたしは、いつかのしょかのゆうぐれにふたりでせつないほどなどうじょうをもって、)

私は、いつかの初夏の夕暮に二人で切ないほどな同情をもって、

(そのままわたしたちのしあわせをさいごまでもっていけそうなきがしながらながめあっていた、)

そのまま私達の幸福を最後まで持って行けそうな気がしながら眺め合っていた、

(まだそのなにものもきえうせていないおもいでのなかの、それらのやまやおかやもりなどを)

まだその何物も消え失せていない思い出の中の、それ等の山や丘や森などを

(まざまざとこころによみがえらせていたのだった。)

まざまざと心に蘇らせていたのだった。

(そしてわたしたちじしんまでがそのいちぶになりきってしまっていたような)

そして私達自身までがその一部になり切ってしまっていたような

(そういういっしゅんじのふうけいを、こんなぐあいにこれまでもなんべんとなくよみがえらせたので、)

そういう一瞬時の風景を、こんな具合にこれまでも何遍となく蘇らせたので、

(それらのものもいつのまにかわたしたちのそんざいのいちぶぶんになり、)

それ等のものもいつのまにか私達の存在の一部分になり、

(そしてもはやきせつとともにへんかしてゆくそれらのものの、)

そしてもはや季節と共に変化してゆくそれ等のものの、

(げんざいのすがたがときとするとわたしたちにはほとんどみえないものになってしまうくらいであった。)

現在の姿が時とすると私達には殆ど見えないものになってしまう位であった。

(「あのようなしあわせなしゅんかんをおれたちがもてたということは、)

「あのような幸福な瞬間をおれ達が持てたということは、

(それだけでももうおれたちがこうしてともにいきるのにあたいしたのであろうか?」)

それだけでももうおれ達がこうして共に生きるのに値したのであろうか?」

(とわたしはじぶんじしんにといかけていた。)

と私は自分自身に問いかけていた。

(わたしのはいごにふとかるいあしおとがした。それはせつこにちがいなかった。)

私の背後にふと軽い足音がした。それは節子にちがいなかった。

(が、わたしはふりむこうともせずに、そのままじっとしていた。)

が、私はふり向こうともせずに、そのままじっとしていた。

(かのじょもまたなにもいわずに、わたしからすこしはなれたままたっていた。)

彼女もまた何も言わずに、私から少し離れたまま立っていた。

(しかし、わたしはそのいきづかいがかんぜられるほどかのじょをちかぢかとかんじていた。)

しかし、私はその息づかいが感ぜられるほど彼女を近ぢかと感じていた。

(ときおりつめたいかぜがばるこんのうえをなんのおともたてずにかすめすぎた。)

ときおり冷たい風がバルコンの上をなんの音も立てずにかすめ過ぎた。

(どこかとおくのほうでかれきがおとをひきむしられていた。)

何処か遠くの方で枯木が音を引きむしられていた。

(「なにをかんがえているの?」とうとうかのじょがくちをきった。)

「何を考えているの?」とうとう彼女が口を切った。

(わたしはそれにはすぐへんじをしないでいた。)

私はそれにはすぐ返事をしないでいた。

(それからきゅうにかのじょのほうへふりむいて、ふたしかなようにわらいながら、)

それから急に彼女の方へふり向いて、不確かなように笑いながら、

(「おまえにはわかっているだろう?」とといかえした。)

「お前には分っているだろう?」と問い返した。

(かのじょはなにかわなでもおそれるかのようにちゅういぶかくわたしをみた。)

彼女は何か罠でも恐れるかのように注意深く私を見た。

(それをみて、わたしは、「おれのしごとのことをかんがえているのじゃないか」)

それを見て、私は、「おれの仕事のことを考えているのじゃないか」

(とゆっくりいいだした。)

とゆっくり言い出した。

(「おれにはどうしてもよいけつまつがおもいうかばないのだ。)

「おれにはどうしても好い結末が思い浮ばないのだ。

(おれはおれたちがむだにいきていたようにはそれをおわらせたくはないのだ。)

おれはおれ達が無駄に生きていたようにはそれを終らせたくはないのだ。

(どうだ、ひとつおまえもそれをおれといっしょにかんがえてくれないか?」)

どうだ、一つお前もそれをおれと一しょに考えて呉れないか?」

(かのじょはわたしにほほえんでみせた。)

彼女は私に微笑んで見せた。

(しかし、そのほほえみはどこかまだふあんそうであった。)

しかし、その微笑みはどこかまだ不安そうであった。

(「だってどんなことをおかきになったんだかもしらないじゃないの」)

「だってどんな事をお書きになったんだかも知らないじゃないの」

(かのじょはやっとこごえでいった。)

彼女はやっと小声で言った。

(「そうだっけなあ」とわたしはもういちどふたしかなようにわらいながらいった。)

「そうだっけなあ」と私はもう一度不確かなように笑いながら言った。

(「それじゃあ、そのうちにひとつおまえにもよんできかせるかな。)

「それじゃあ、そのうちに一つお前にも読んで聞かせるかな。

(しかしまだ、さいしょのほうだってひとによんできかせるほど)

しかしまだ、最初の方だって人に読んで聞かせるほど

(まとまっちゃいないんだからね」)

まとまっちゃいないんだからね」

(わたしたちはへやのなかへもどった。わたしがふたたびあかりのそばにこしをおろして、)

私達は部屋の中へ戻った。私が再び明りの側に腰を下ろして、

(そこにほうりだしてあるのおとをもういちどてにとりあげてみていると、)

其処にほうり出してあるノオトをもう一度手に取り上げて見ていると、

(かのじょはそんなわたしのはいごにたったまま、わたしのかたにそっとてをかけながら、)

彼女はそんな私の背後に立ったまま、私の肩にそっと手をかけながら、

(それをかたごしにのぞきこむようにしていた。わたしはいきなりふりむいて、)

それを肩越しに覗き込むようにしていた。私はいきなりふり向いて、

(「おまえはもうねたほうがいいぜ」とかわいたこえでいった。)

「お前はもう寝た方がいいぜ」と乾いた声で言った。

(「ええ」かのじょはすなおにへんじをして、)

「ええ」彼女は素直に返事をして、

(わたしのかたからてをすこしためらいながらはなすと、べっどにもどっていった。)

私の肩から手を少しためらいながら放すと、ベッドに戻って行った。

(「なんだかねられそうもないわ」にさんぷんするとかのじょが)

「なんだか寝られそうもないわ」二三分すると彼女が

(べっどのなかでひとりごとのようにいった。)

ベッドの中で独り言のように言った。

(「じゃ、あかりをけしてやろうか?おれはもういいのだ」そういいながら、)

「じゃ、明りを消してやろうか? おれはもういいのだ」そう言いながら、

(わたしはあかりをけしてたちあがると、かのじょのまくらもとにちかづいた。)

私は明りを消して立ち上ると、彼女の枕もとに近づいた。

(そうしてべっどのへりにこしをかけながら、かのじょのてをとった。)

そうしてベッドの縁に腰をかけながら、彼女の手を取った。

(わたしたちはしばらくそうしたまま、くらやみのなかにだまりあっていた。)

私達はしばらくそうしたまま、暗やみの中に黙り合っていた。

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