黒蜥蜴3

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プレイ回数1946難易度(5.0) 4341打 長文 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(じごくふうけい)

地獄風景

(あまみやじゅんいちが、やくそくのきょうばしのたもとにたちつくして、くろこふじんをまちかねている)

雨宮潤一が、約束の京橋の袂に立ちつくして、黒衣婦人を待ちかねている

(ところへ、いちだいのじどうしゃがていしゃして、くろのせびろにとりうちぼうをかぶったわかいうんてんしゅが)

ところへ、一台の自動車が停車して、黒の背広に鳥打帽をかぶった若い運転手が

(まどからてまねきをした。いらない、いらない ながしたくしーにしては、すこし)

窓から手まねきをした。「いらない、いらない」流しタクシーにしては、少し

(くるまがじょうとうすぎるがとおもいながら、てまねでおいやろうとすると、ぼくだよ、)

車が上等すぎるがと思いながら、手まねで追いやろうとすると、「僕だよ、

(ぼくだよ、はやくのりたまえ うんてんしゅが、わらいをふくんだおんなのこえでいった。)

僕だよ、早く乗りたまえ」運転手が、笑いをふくんだ女の声で言った。

(ああ、まだむか。あんたうんてんができるんですか じゅんいいちせいねんは、あのほうせきおどりの)

「ああ、マダムか。あんた運転ができるんですか」潤一青年は、あの宝石躍りの

(くろてんしが、たったじゅっぷんほどのあいだにせびろのおとこすがたになって、じどうしゃを)

黒天使が、たった十分ほどのあいだに背広の男姿になって、自動車を

(うんてんしてきたのをしると、いっきょうをきっしないではいられなかった。もういちねんいじょうの)

運転してきたのを知ると、一驚を喫しないではいられなかった。もう一年以上の

(つきあいだけれど、このくろこふじんのすじょうは、かれにもまったくなぞであった。)

つき合いだけれど、この黒衣婦人の素性は、彼にもまったく謎であった。

(けいべつするわね。ぼくだってくるまくらいうごかせるさ。そんなみょうなかおしてないで、)

「軽蔑するわね。僕だって車くらい動かせるさ。そんな妙な顔してないで、

(はやくおのりなさい。もうにじはんよ。はやくしないと、よるがあけちゃうわ じゅんいちが)

早くお乗りなさい。もう二時半よ。早くしないと、夜があけちゃうわ」潤一が

(めんくらいながら、きゃくせきにこしをおろすと、じどうしゃはじゃまもののないよるのだいどうを、)

面くらいながら、客席に腰をおろすと、自動車は邪魔者のない夜の大道を、

(やのようにはしりだした。このおおきなふくろ、なんです かれはふとくっしょんのすみに)

矢のように走りだした。「この大きな袋、なんです」彼はふとクッションの隅に

(まるめてあった、おおきなあさぶくろにきづいて、うんてんだいにたずねかけた。そのふくろが)

丸めてあった、大きな麻袋に気づいて、運転台にたずねかけた。「その袋が

(あんたをすくってくれるのよ うつくしいうんてんしゅがふりむいてこたえた。なんだか)

あんたを救ってくれるのよ」美しい運転手が振り向いて答えた。「なんだか

(へんだなあ。いったいこれからどこへ、なにをしにいくんです。ぼく、すこしきみが)

へんだなア。一体これからどこへ、何をしに行くんです。僕、少し気味が

(わるくなってきた gがいのえいゆうがよわねをはくわね。なんにもきかないって)

わるくなってきた」「G街の英雄が弱音をはくわね。なんにも聞かないって

(やくそくじゃないか。ぼくをしんようしないとでもいいうの?いや、そういうわけじゃ)

約束じゃないか。僕を信用しないとでもいいうの?」「いや、そういうわけじゃ

(ないけど それからは、なにをはなしかけてもうんてんしゅはぜんぽうをみつめたまま、)

ないけど」それからは、何を話しかけても運転手は前方をみつめたまま、

など

(ひとこともこたえなかった。くるまはuこうえんのおおきないけのふちをまわってさかみちをのぼると、)

一ことも答えなかった。車はU公園の大きな池の縁をまわって坂道をのぼると、

(ながいへいばかりがつづいているみょうにさびしいばしょでていしゃした。じゅんちゃん、てぶくろ)

長い塀ばかりがつづいている妙にさびしい場所で停車した。「潤ちゃん、手袋

(もっているでしょう。こーとをぬいで、てぶくろをはめて、うわぎのぼたんをすっかり)

持っているでしょう。外套をぬいで、手袋をはめて、上衣のボタンをすっかり

(はめて、ぼうしをまぶかにおかぶりなさい そうめいれいしながらも、だんそうのれいじんは、)

はめて、帽子をまぶかにおかぶりなさい」そう命令しながらも、男装の麗人は、

(じどうしゃのへっど・らいともている・らいともしゃないのまめでんとうも、すっかりけして)

自動車のヘッド・ライトもテイル・ライトも車内の豆電燈も、すっかり消して

(しまった。あたりはがいとうもないくらやみであった。そのやみのなかに、まったく)

しまった。あたりは街燈もないくらやみであった。その闇の中に、まったく

(ひかりをけし、えんじんをとめたしゃたいが、めくらのようにたちすくんでいた。)

光を消し、エンジンを止めた車体が、めくらのように立ちすくんでいた。

(さあ、そのふくろをもって、くるまをおりてぼくのあとからついてくるのよ じゅんいちが)

「さあ、その袋を持って、車をおりて僕のあとからついてくるのよ」潤一が

(めいぜられたとおりにして、くるまをでると、くろいせびろのえりをたてたせいようどろぼうみたいな)

命ぜられた通りにして、車を出ると、黒い背広の襟を立てた西洋泥棒みたいな

(ふうていのくろこふじんは、かのじょもてぶくろをはめたてで、かれのてをとって、ぐんぐん)

風体の黒衣婦人は、彼女も手袋をはめた手で、彼の手を取って、グングン

(ひきずるようにして、そこにひらいていたもんのなかへはいっていく。そらをおおう)

ひきずるようにして、そこにひらいていた門の中へはいって行く。空を覆う

(きょぼくのしたをいくどもとおりすぎた。ひろびろとしたあきちをよこぎった。なにかしらよこに)

巨木の下をいくども通りすぎた。広々とした空地を横ぎった。なにかしら横に

(ながいせいようかんのそばをとおった。ちらほらとほたるびのようながいとうが、わずかに)

長い西洋館のそばを通った。ちらほらと螢火のような街燈が、わずかに

(みえるばかりで、ゆくてはいつまでもやみであった。まだむ、ここtだいがくの)

見えるばかりで、行く手はいつまでも闇であった。「マダム、ここT大学の

(こうないじゃありませんか しっ、ものをいっちゃいけない にぎったてさきにぎゅっと)

構内じゃありませんか」「シッ、物をいっちゃいけない」握った手先にギュッと

(ちからをこめてしかられた。こおるようなさむさのなかに、つなぎあわせたてのひらだけが、)

力をこめて叱られた。凍るような寒さの中に、つなぎ合わせた手の平だけが、

(にじゅうのてぶくろをとおしてあたたかくあせばんでいる。だが、さつじんはんのあまみやじゅんいちは、このさい)

二重の手袋を通して暖かく汗ばんでいる。だが、殺人犯の雨宮潤一は、この際

(おんな をかんじるよゆうなどもたなかった。やみをあるいていると、ともすれば、)

「女」を感じる余裕など持たなかった。闇を歩いていると、ともすれば、

(ついに、さんじかんまえのげきじょうがよみがえり、かれのかつてのこいびとのさきこが、のどを)

つい二、三時間前の激情がよみがえり、彼のかつての恋人の咲子が、喉を

(しめつけられながら、はのあいだからしたをだして、くちのはしからたらたらとちを)

しめつけられながら、歯のあいだから舌を出して、口の端からタラタラと血を

(ながして、うしのようにおおきなめで、かれをにらみつけたぎょうそうが、くうちゅうから)

流して、牛のように大きな眼で、彼をにらみつけた形相が、空中から

(ひっかくようにしてだんまつまのごほんのゆびが、いくていっぱいのきょだいなまぼろしとなって、)

引っかくようにして断末魔の五本の指が、行く手一ぱいの巨大な幻となって、

(かれをおびやかした。しばらくいくと、ひろいあきちのまんなかに、あかれんがらしいひらやの)

彼をおびやかした。しばらく行くと、広い空地のまん中に、赤煉瓦らしい平屋の

(ようかんがぽっかりとたって、そのまわりをこわれかけたいたべいがかこんでいた。)

洋館がポッカリと建って、そのまわりをこわれかけた板塀がかこんでいた。

(このなかよ くろこふじんはひくくつぶやいて、いたどのじょうをさがしていたが、)

「このなかよ」黒衣婦人は低くつぶやいて、板戸の錠をさがしていたが、

(あいかぎをもっていたのか、かちかちとおとがすると、なんとなくそれがひらいた。)

合鍵を持っていたのか、カチカチと音がすると、なんとなくそれがひらいた。

(へいのなかへはいって、いたどをしめると、かのじょははじめてよういのかいちゅうでんとうをつけ、)

塀の中へはいって、板戸をしめると、彼女ははじめて用意の懐中電燈をつけ、

(じめんをてらしながらたてもののほうへすすんでいく。じめんにはいちめんにかれはがみだれて、)

地面を照らしながら建物の方へ進んで行く。地面には一面に枯葉がみだれて、

(すむひともないばけものやしきへでもふみこんだかんじである。さんだんほどのいしだんをあがると)

住む人もない化物屋敷へでもふみこんだ感じである。三段ほどの石段をあがると

(しろぺんきのところがまだらにはげたてすりの、ぽーちのようなものがあって、)

白ペンキのところがまだらにはげた手すりの、ポーチのようなものがあって、

(そこのこわれたしっくいをふんでご、ろっぽいったところに、こふうながっしりした)

そこのこわれた漆喰を踏んで五、六歩行ったところに、古風ながっしりした

(どあがしまっている。くろこふじんは、それをまたかちかちとあいかぎでひらいて、)

ドアがしまっている。黒衣婦人は、それをまたカチカチと合鍵でひらいて、

(さらにおなじようなどあをもうひとつひらくと、がらんとしたへやにでた。)

さらに同じようなドアをもう一つひらくと、ガランとした部屋に出た。

(げかびょういんにいったような、きょうれつなしょうどくざいのにおいが、なにかしらいっしゅいようの)

外科病院に行ったような、強烈な消毒剤のにおいが、なにかしら一種異様の

(あまずっぱいにおいとまじってはなをつく。ここがもくてきのばしょよ。じゅんちゃん、)

甘ずっぱいにおいとまじって鼻をつく。「ここが目的の場所よ。潤ちゃん、

(あんたなにをみても、こえをたてたりしちゃいけませんよ。このたてものにはだれも)

あんた何を見ても、声を立てたりしちゃいけませんよ。この建物には誰も

(いないはずだけれど、へいのそとをときどきじゅんかいのひとがとおるんだから くろてんしの)

いないはずだけれど、塀のそとをときどき巡回の人が通るんだから」黒天使の

(ささやきごえが、おびやかすようにきこえた。じゅんいちせいねんは、なんとも)

ささやき声が、おびやかすように聞こえた。潤一青年は、なんとも

(えたいのしれぬきょうふに、ぞっとたちすくまないではいられなかった。)

えたいの知れぬ恐怖に、ゾッと立ちすくまないではいられなかった。

(このばけものやしきみたいなれんがだてはいったいどこなのだ。このはなをつくいしゅうは)

この化物屋敷みたいな煉瓦建ては一体どこなのだ。この鼻をつく異臭は

(なんであろう。ものいえばしほうのかべにこだまするかとおもわれるひろまには、)

なんであろう。物いえば四方の壁にこだまするかと思われる広間には、

(なにがあるのだろう。)

何があるのだろう。

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