半七捕物帳 三河万歳4

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第17話

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問題文

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(あくるにじゅうはちにちのあさはからっかぜがふいた。やげんぼりのとしのいちは)

二 あくる二十八日の朝は空っ風が吹いた。薬研堀(やげんぼり)の歳の市は

(さむかろうとうわさしながら、はんしちはこうしのそとにたって、ちょうないのしごとしが)

寒かろうと噂しながら、半七は格子の外に立って、町内の仕事師が

(かどまつをたてるのをみていると、かめきちはさんじゅうごろくのおとこをつれてきた。)

門松を立てるのを見ていると、亀吉は三十五六の男を連れて来た。

(「おやぶん。このおとこをつれてきましたよ。わっしのまたぎきで)

「親分。この男を連れて来ましたよ。わっしの又聞きで

(なにかまちがうといけねえから、そのほんにんをひっぱってきました」)

何か間違うといけねえから、その本人を引っ張って来ました」

(「そうか。やあ、おまえさん。せっきのいそがしいところをごくろうでした。)

「そうか。やあ、おまえさん。節季の忙がしいところを御苦労でした。

(まあ、どうぞ、こっちへはいってください」)

まあ、どうぞ、こっちへはいってください」

(「ごめんください」)

「ごめんください」

(おとこはおそるおそるはいってきた。かれはあからがおのこぶとりに)

男は恐る恐るはいって来た。かれは赭(あか)ら顔の小ぶとりに

(ふとったおとこで、ひだりのまゆのはずれにほうそうのあとがふたつばかり)

肥(ふと)った男で、左の眉のはずれに疱瘡(ほうそう)の痕が二つばかり

(おおきくのこっているのがめについた。かれはしたやのいなりちょうにすんでいる)

大きく残っているのが眼についた。彼は下谷(したや)の稲荷町に住んでいる

(とみぞうとなのった。)

富蔵と名乗った。

(「ただいま、かめさんのおはなしをうかがいましたら、なにかわたくしに)

「ただいま、亀さんのお話をうかがいましたら、何かわたくしに

(ごようがありますそうで・・・・・・」)

御用がありますそうで……」

(「なに、ようというほどのむずかしいことじゃあねえので・・・・・・。)

「なに、用というほどのむずかしいことじゃあねえので……。

(かめきちはどんなことをいっておどかしたかしらねえが、じつはほんの)

亀吉はどんなことを云って嚇(おど)かしたか知らねえが、実はほんの

(つまらねえことで、わざわざきてもらうほどのことでもなかった。)

詰まらねえことで、わざわざ来て貰うほどのことでもなかった。

(ほかじゃあねえが、おまえさんはこのごろにねこのこをどうかしなすったかえ」)

ほかじゃあねえが、おまえさんは此の頃に猫の児をどうかしなすったかえ」

(「へえ」と、とみぞうはあんがいらしいかおをした。「それをなにかごせんぎに)

「へえ」と、富蔵は案外らしい顔をした。「それを何か御詮議に

(なるんでございますか」)

なるんでございますか」

など

(「いや、べつにせんぎというほどのかくばったことじゃねえ。)

「いや、別に詮議というほどの角張(かくば)ったことじゃねえ。

(ただわたしのこころえのためにすこしきいておきたいことがあるのだ」)

ただわたしの心得のために少し訊いて置きたいことがあるのだ」

(「へえ」と、とみぞうはまだのみこめないようにあいてのかおをながめていた。)

「へえ」と、富蔵はまだ吞み込めないように相手の顔をながめていた。

(「そんなことはうそかえ」)

「そんなことは嘘かえ」

(「なにかのおまちがいで・・・・・・。わたくしはいっこうにぞんじません」)

「なにかのお間違いで……。わたくしは一向に存じません」

(はなしがまるでちがっているので、かめきちもだまってはいられなくなった。)

話がまるで違っているので、亀吉も黙ってはいられなくなった。

(「おい、おい。なにをいうんだ。おまえがだいじのねこをにがしたといって、)

「おい、おい。なにを云うんだ。おまえが大事の猫を逃がしたと云って、

(さんざんぐちをこぼしていたということは、なかまのものからきいて)

さんざん愚痴(ぐち)をこぼしていたということは、仲間の者から聞いて

(しっているんだ。かくしちゃあいけねえ。さもねえと、おれがおやぶんに)

知っているんだ。隠しちゃあいけねえ。さもねえと、おれが親分に

(うそをついたことになる。よくあとさきをかんがえてへんじをしてくれ」)

嘘をついたことになる。よく後先(あとさき)をかんがえて返事をしてくれ」

(「でも、わたくしはなんにもしりませんのでございますから」)

「でも、わたくしはなんにも知りませんのでございますから」

(とみぞうはしゃがれごえですらすらとべんじながら、あくまでも)

富蔵は皺枯れ(しゃがれ)声ですらすらと弁じながら、飽くまでも

(ごうじょうをはった。かめきちはとうとうはらをたてて、けんかごしでしきりに)

強情を張った。亀吉はとうとう腹を立てて、喧嘩腰でしきりに

(といおとそうとこころみたが、かれはどうしてもくちをあかなかった。)

問い落そうと試みたが、彼はどうしても口をあかなかった。

(じぶんはしょうばいもののねこのこをなくしたおぼえはないとかたくいいきった。)

自分は商売物の猫の児をなくした覚えはないと固く云い切った。

(かめきちもこんまけがしておやぶんのかおいろをうかがうと、はんしちはしずかにうなずいた。)

亀吉も根負けがして親分の顔色をうかがうと、半七はしずかにうなずいた。

(「よし、わかった、わかった。こりゃあなにかのまちがいにそういねえ。)

「よし、判った、判った。こりゃあ何かの間違いに相違ねえ。

(おまえさん、あさっぱらからとんだめいわくをさせて、どうもおきのどくでした。)

おまえさん、朝っぱらから飛んだ迷惑をさせて、どうもお気の毒でした。

(まあ、かんにんしてかえってください」)

まあ、堪忍して帰ってください」

(「じゃあ、もうかえりましてもよろしゅうございますか」と、)

「じゃあ、もう帰りましても宜しゅうございますか」と、

(とみぞうはほっとしたようにいった。)

富蔵はほっとしたように云った。

(「ほんとうにかんにんしておくんなせえ。そのうちになにかでうめあわせをするから」)

「ほんとうに堪忍しておくんなせえ。そのうちに何かで埋め合わせをするから」

(「どういたしまして、おそれいります。じゃあ、これでごめんをこうむります」)

「どう致しまして、恐れ入ります。じゃあ、これで御免を蒙(こうむ)ります」

(そうそうにでてゆくとみぞうのうしろすがたをみおくって、かめきちは)

怱々(そうそう)に出てゆく富蔵のうしろ姿を見送って、亀吉は

(いまいましそうにしたうちをした。)

忌々(いまいま)しそうに舌打ちをした。

(「あのやろう、おうちゃくなやつだ。きょうはぶじにかえしてやっても、)

「あの野郎、横着な奴だ。きょうは無事に帰してやっても、

(すぐにしょうこをあげてもういちどひきずってきてやるからおぼえていやあがれ」)

すぐに証拠をあげてもう一度引き摺ってきてやるから覚えていやあがれ」

(「まあ、あつくなるな」と、はんしちはわらいながらいった。「あのやろう、)

「まあ、熱くなるな」と、半七は笑いながら云った。「あの野郎、

(ねこをなくしたにそういねえ。さっきからのようすでたいていわかっている。)

猫をなくしたに相違ねえ。さっきからの様子で大抵わかっている。

(だが、それをむやみにかくすというのがわからねえ。ここでいつまでも)

だが、それをむやみに隠すというのが判らねえ。ここでいつまでも

(いいあっていてもろんはひねえから、いまはおとなしくかえしてやって、)

云い合っていても論は干(ひ)ねえから、今はおとなしく帰してやって、

(あいつのいえのきんじょへいってそっときいてみるほうがいい。ごようじまいで)

あいつの家の近所へ行ってそっと訊いて見る方がいい。御用仕舞いで

(おれもきょうはひまだから、ひるめしでもくってからいっしょに)

おれもきょうは暇だから、午飯(ひるめし)でも食ってから一緒に

(ぶらぶらでかけてみよう」)

ぶらぶら出かけて見よう」

(「おまえさんがいっしょにきてくんなさりゃあだいじょうぶです。あのやろう、)

「おまえさんが一緒に来てくんなさりゃあ大丈夫です。あの野郎、

(おれにはじをかかしゃあがったから、じゃがひでもしょうこをあげて、)

おれに恥をかかしゃあがったから、邪が非でも証拠をあげて、

(ぎゅうというめにあわしてやらにゃあならねえ」と、)

ぎゅうという目に逢わしてやらにゃあならねえ」と、

(かめきちははげしいけんまくでじこくのくるのをまっていた。)

亀吉は激しい権幕(けんまく)で時刻の来るのを待っていた。

(ひるめしをくって、ふたりがこれからでかけようとするところへ、)

午飯を食って、二人がこれから出掛けようとするところへ、

(ぜんぱちがぼんやりしてやってきた。)

善八がぼんやりしてやって来た。

(「どうもおもしろいみつけものはありません。ごぞんじのとおり、こうじまちのみかわやは)

「どうも面白い見付け物はありません。御存知の通り、麹町の三河屋は

(やしきまんざいのじょうやどで、まいとしご、ろくにんはきっとすをつくっていますから、)

屋敷万歳の定宿で、毎年五、六人はきっと巣を作っていますから、

(ねんのためにそこへもいってみると、あんのじょうそこにもうごにんばかり)

念のために其処(そこ)へも行ってみると、案の定そこにもう五人ばかり

(きていました。そのなかでいちまるだゆうというおとこのさいぞうがまだそろわないので、)

来ていました。そのなかで市丸太夫という男の才蔵がまだ揃わないので、

(たゆうはしんぱいしてあさからさがしにでたそうです」)

太夫は心配して朝から探しに出たそうです」

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