夏目漱石 明暗(6)

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1 布ちゃん 5546 A 5.8 95.6% 459.6 2670 121 59 2024/04/29

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問題文

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(「おいおのべ」)

「おいお延」

(かれはふすまごしにさいくんのなをよびながら、)

彼は襖越しに細君の名を呼びながら、

(すぐからかみをあけてちゃのまのいりぐちにたった。)

すぐ唐紙を開けて茶の間の入口に立った。

(するとながひばちのそばにすわっているかのじょのまえに、)

すると長火鉢の傍に坐っている彼女の前に、

(いつのまにかとりひろげられたうつくしいおびと)

いつの間にか取り拡げられた美くしい帯と

(きもののいろがたちまちかれのめにうつった。)

着物の色がたちまち彼の眼に映った。

(くらいげんかんからきゅうにあかるいでんとうのついたへやをのぞいたかれのめに)

暗い玄関から急に明るい電灯の点いた室を覗いた彼の眼に

(それがつねよりもきわだってかれいにみえたとき、)

それが常よりも際立って華麗に見えた時、

(かれはちょっとたちどまってさいくんのかおとはでやかなもようとをとうぶんにみくらべた。)

彼はちょっと立ち留まって細君の顔と派出やかな模様とを等分に見較べた。

(「いまじぶんそんなものをだしてどうするんだい」)

「今時分そんなものを出してどうするんだい」

(おのべはひおうぎもようのまるおびのはしをひざのうえにのせたまま、)

お延は檜扇模様の丸帯の端を膝の上に載せたまま、

(とおくからつだをみやった。)

遠くから津田を見やった。

(「ただだしてみたのよ。あたしこのおびまだいっぺんもしめたことがないんですもの」)

「ただ出して見たのよ。あたしこの帯まだ一遍も締めた事がないんですもの」

(「それでこんどそのふくそうでしばいにでかけようというのかね」)

「それで今度その服装で芝居に出かけようと云うのかね」

(つだのことばにはひにくにともなうあるひややかさがあった。)

津田の言葉には皮肉に伴う或冷やかさがあった。

(おのべはなんにもこたえずにしたをむいた。)

お延は何にも答えずに下を向いた。

(そうしていつもするとおりくろいまゆをぴくりとうごかしてみせた。)

そうしていつもする通り黒い眉をぴくりと動かして見せた。

(かのじょにとくいなこのしょさはときとしてへんにつだのこころをそそのかすとともに、)

彼女に特異なこの所作は時として変に津田の心を唆かすと共に、

(ときとしてみょうにかれのきもちをわるくさせた。)

時として妙に彼の気持を悪くさせた。

(かれはだまってえんがわへでてかわやのとをあけた。)

彼は黙って縁側へ出て厠の戸を開けた。

など

(それからまたにかいへあがろうとした。)

それからまた二階へ上がろうとした。

(するとこんどはさいくんのほうからかれをよびとめた。)

すると今度は細君の方から彼を呼びとめた。

(「あなた、あなた」)

「あなた、あなた」

(どうじにかのじょはたってきた。そうしてかれのまえをふさぐようにしてきいた。)

同時に彼女は立って来た。そうして彼の前を塞ぐようにして訊いた。

(「なにかごようなの」)

「何か御用なの」

(かれのようじはいまのかれにとってさいくんのおびよりもながじゅばんよりも)

彼の用事は今の彼にとって細君の帯よりも長襦袢よりも

(むしろだいじなものであった。)

むしろ大事なものであった。

(「おとうさんからまだてがみはこなかったかね」)

「御父さんからまだ手紙は来なかったかね」

(「いいえくればいつものとおりおつくえのうえにのせておきますわ」)

「いいえ来ればいつもの通り御机の上に載せておきますわ」

(つだはそのよきしたてがみがつくえのうえにのっていなかったから、)

津田はその予期した手紙が机の上に載っていなかったから、

(わざわざおりてきたのであった。)

わざわざ下りて来たのであった。

(「ゆうびんばこのなかをさがさせましょうか」)

「郵便函の中を探させましょうか」

(「くればかきとめだから、ゆうびんばこのなかへなげこんでいくはずはないよ」)

「来れば書留だから、郵便函の中へ投げ込んで行くはずはないよ」

(「そうね、だけどねんのためだから、あたしちょいとみてくるわ」)

「そうね、だけど念のためだから、あたしちょいと見て来るわ」

(おのべはげんかんのしょうじをあけてくつぬぎへおりようとした。)

御延は玄関の障子を開けて沓脱へ下りようとした。

(「だめだよ。かきとめがそんななかにはいってるわけがないよ」)

「駄目だよ。書留がそんな中に入ってる訳がないよ」

(「でもかきとめでなくってただのがはいってるかもしれないから、)

「でも書留でなくってただのが入ってるかも知れないから、

(ちょっとまっていらっしゃい」)

ちょっと待っていらっしゃい」

(つだはようやくちゃのまへひきかえして、せんこくめしをくうときにすわったざぶとんが、)

津田はようやく茶の間へ引き返して、先刻飯を食う時に坐った座蒲団が、

(まだひばちのまえにもとのとおりすえてあるうえにあぐらをかいた。)

まだ火鉢の前に元の通り据えてある上に胡坐をかいた。

(そうしてそこにさんらんととりみだされたこいゆうぜんもようのいろをみまもった。)

そうしてそこに燦爛と取り乱された濃い友染模様の色を見守った。

(すぐげんかんからとってかえしたおのべのてにははたしていっつうのしょじょうがあった。)

すぐ玄関から取って返したお延の手にははたして一通の書状があった。

(「あってよ、いっぽん。ことによるとおとうさまからかもしれないわ」)

「あってよ、一本。ことによると御父さまからかも知れないわ」

(こういいながらかのじょはあかるいでんとうのひかりにしろいふうとうをてらした。)

こう云いながら彼女は明るい電灯の光に白い封筒を照らした。

(「ああ、やっぱりあたしのおもったとおり、おとうさまからよ」)

「ああ、やっぱりあたしの思った通り、御父さまからよ」

(「なんだかきとめじゃないのか」)

「何だ書留じゃないのか」

(つだはてがみをうけとるなり、すぐふうをきってよみくだした。)

津田は手紙を受け取るなり、すぐ封を切って読み下した。

(しかしそれをよんでしまって、)

しかしそれを読んでしまって、

(またふうとうへおさめるためにまきかえしたときには、)

また封筒へ収めるために巻き返した時には、

(かれのてがただきかいてきにうごくだけであった。)

彼の手がただ器械的に動くだけであった。

(かれはじぶんのてもともみなければ、またおのべのかおもみなかった。)

彼は自分の手元も見なければ、またお延の顔も見なかった。

(ぼんやりさいくんのよそいきぎのあらいおめしのしまがらをながめながら)

ぼんやり細君のよそ行着の荒い御召の縞柄を眺めながら

(ひとりごとのようにいった。)

独りごとのように云った。

(「こまるな」)

「困るな」

(「どうなすったの」)

「どうなすったの」

(「なにたいしたことじゃない」)

「なに大した事じゃない」

(みえのつよいつだはてがみのなかにかいてあることを、)

見栄の強い津田は手紙の中に書いてある事を、

(けっこんしてまだまもないさいくんにはなしたくなかった。)

結婚してまだ間もない細君に話したくなかった。

(けれどもそれはまたさいくんにはなさなければならないことでもあった。)

けれどもそれはまた細君に話さなければならない事でもあった。

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