一房の葡萄(2/5)有島武郎

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問題文

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(ぼくはかわいいかおはしていたかもしれないが、からだもこころもよわいこでした。)

僕はかわいい顔はしていたかも知れないが、体も心も弱い子でした。

(そのうえおくびょうもので、いいたいこともいわずにすますようなたちでした。)

その上臆病者で、言いたいことも言わずに済ますような質(たち)でした。

(だからあんまりひとからは、かわいがられなかったし、ともだちもないほうでした。)

だからあんまり人からは、かわいがられなかったし、友達も無い方でした。

(ひるごはんがすむとほかのこどもたちはかっぱつにうんどうばにでて)

昼御飯がすむと他の子供達は活発に運動場(うんどうば)に出て

(はしりまわってあそびはじめましたが、ぼくだけはなおさらそのひはへんにこころがしずんで、)

走り回って遊び始めましたが、僕だけはなおさらその日は変に心が沈んで、

(ひとりだけきょうじょうにはいっていました。)

一人だけ教場(きょうじょう)に這入(はい)っていました。

(そとがあかるいだけに、きょうじょうのなかはくらくなってぼくのこころのなかのようでした。)

そとが明るいだけに、教場の中は暗くなって僕の心の中のようでした。

(じぶんのせきにすわっていながらぼくのめは、)

自分の席に坐っていながら僕の眼は、

(ときどきじむのていぶるのほうにはしりました。)

時々ジムの卓(テイブル)の方に走りました。

(ないふでいろいろないたずらがきがほりつけてあって、てあかでまっくろになっている)

ナイフで色々ないたずら書きが彫りつけてあって、手垢で真黒になっている

(あのふたをあげると、そのなかにほんやざっきちょうやせきばんといっしょになって、)

あの蓋を揚げると、その中に本や雑記帳や石板と一緒になって、

(あめのようなきのいろのえのぐばこがあるんだ。そしてそのはこのなかには)

飴のような木の色の絵具箱があるんだ。そしてその箱の中には

(ちいさなすみのようなかたちをした、あいやようこうのえのぐが・・・)

小さな墨のような形をした、藍や洋紅の絵具が・・・

(ぼくはかおがあかくなったようなきがして、おもわずそっぽをむいてしまうのです。)

僕は顔が赤くなったような気がして、思わずそっぽを向いてしまうのです。

(けれどもすぐまたよこめで、じむのていぶるのほうを)

けれどもすぐ又横眼で、ジムの卓(テイブル)の方を

(みないではいられませんでした。)

見ないではいられませんでした。

(むねのところがどきどきとしてくるしいほどでした。)

胸のところがどきどきとして苦しいほどでした。

(じっとすわっていながらゆめでおににでもおいかけられたときのように)

じっと坐っていながら夢で鬼にでも追いかけられた時のように

(きばかりせかせかしていました。きょうじょうにはいるかねが)

気ばかりせかせかしていました。教場に這入(はい)る鐘が

(かんかんとなりました。ぼくはおもわずぎょっとしてたちあがりました。)

かんかんとなりました。僕は思わずぎょっとして立ち上がりました。

など

(せいとたちがおおきなこえでわらったりどなったりしながら、せんめんじょのほうにてをあらいに)

生徒達が大きな声で笑ったり怒鳴ったりしながら、洗面所の方に手を洗いに

(でかけていくのがまどからみえました。)

出かけて行くのが窓から見えました。

(ぼくはきゅうにあたまのなかがこおりのようにつめたくなるのをきみわるくおもいながら、)

僕は急に頭の中が氷のように冷たくなるのを気味悪く思いながら、

(ふらふらとじむのていぶるのところにいって、はんぶんゆめのように)

ふらふらとジムの卓の所に行って、半分夢のように

(そこのふたをあげてみました。そこにはぼくがかんがえていたとおり)

そこの蓋を揚げて見ました。そこには僕が考えていたとおり

(ざっきちょうやえんぴつばことまじって、みおぼえのあるえのぐばこがしまってありました。)

雑記帳や鉛筆箱とまじって、見覚えのある絵具箱がしまってありました。

(なんのためだかしらないが、ぼくはあっちこちをみまわしてから、)

なんのためだか知らないが、僕はあっちこちを見廻してから、

(だれもみていないなとおもうと、てばやくそのはこのふたをあけて)

誰も見ていないなと思うと、手早くその箱の蓋を開けて

(あいとようこうとのふたいろをとりあげるがはやいか)

藍と洋紅との二色(ふたいろ)を取り上げるが早いか

(ぽっけっとのなかにおしこみました。そしていそいで)

ポッケットの中に押し込みました。そして急いで

(いつもせいれつしてせんせいをまっているところにはしっていきました。)

いつも整列して先生を待っている所に走って行きました。

(ぼくたちはわかいおんなのせんせいにつれられてきょうじょうにはいり、めいめいのせきにすわりました。)

僕達は若い女の先生に連れられて教場に這入り、銘々の席に坐りました。

(ぼくはじむがどんなかおをしているかみたくってたまらなかったけれども、)

僕はジムがどんな顔をしているか見たくってたまらなかったけれども、

(どうしてもそっちのほうをふりむくことができませんでした。)

どうしてもそっちの方を振り向く事ができませんでした。

(でもぼくのしたことをだれもきのついたようすがないので、きみがわるいような、)

でも僕のしたことを誰も気のついた様子がないので、気味が悪いような、

(あんしんしたようなこころもちでいました。ぼくのだいすきなわかいおんなのせんせいの)

安心したような心持ちでいました。僕の大好きな若い女の先生の

(おっしゃることなんかは、みみにはいりははいっても、)

仰ることなんかは、耳に這入りは這入っても、

(なんのことだかちっともわかりませんでした。)

何の事だかちっともわかりませんでした。

(せんせいもときどきふしぎそうにぼくのほうをみているようでした。)

先生も時々不思議そうに僕の方を見ているようでした。

(ぼくはしかしせんせいのめをみるのが、そのひにかぎってなんだかいやでした。)

僕は然(しか)し先生の眼を見るのが、その日に限ってなんだか嫌でした。

(そんなふうでいちじかんがたちました。なんだかみんな)

そんな風で一時間が経ちました。なんだかみんな

(みみこすりでもしているようだとおもいながらいちじかんがたちました。)

耳こすりでもしているようだと思いながら一時間が経ちました。

(きょうじょうをでるかねがなったので、ぼくはほっとあんしんしてためいきをつきました。)

教場を出る鐘が鳴ったので、僕はほっと安心して溜息をつきました。

(けれどもせんせいがいってしまうと、ぼくはぼくのきゅうでいちばんおおきな、)

けれども先生が行ってしまうと、僕は僕の級で一番大きな、

(そしてよくできるせいとに「ちょっとこっちにおいで」と)

そしてよく出来る生徒に「ちょっとこっちにお出で」と

(ひじのところをつかまれていました。ぼくのむねはしゅくだいをなまけたのに)

肱(ひじ)の所を掴まれていました。僕の胸は宿題を怠けたのに

(せんせいになをさされたときのように、おもわずどきんとふるえはじめました。)

先生に名を指された時のように、思わずどきんと震え始めました。

(けれどもぼくはできるだけしらないふりをしていなければならないとおもって、)

けれども僕は出来るだけ知らないふりをしていなければならないと思って、

(わざとへいきなかおをしたつもりで、しかたなしにうんどうばのすみにつれていかれました。)

わざと平気な顔をしたつもりで、仕方なしに運動場の隅に連れて行かれました。

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