ツルゲーネフ はつ恋 ⑱

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(じゅう わたしのほんとうのせめくは、そのしゅんかんからはじまった。)

十 わたしの本当の責苦は、その瞬間から始まった。

(わたしはあたまがいたくなるほどかんがえつめたり、しあんをかさねたり、)

わたしは頭が痛くなるほど考えつめたり、思案を重ねたり、

(かんがえなおしたりしながら、もちろんできるだけこっそりと、しゅうねんぶかく)

考え直したりしながら、勿論できるだけこっそりと、執念ぶかく

(じないーだをみはっていた。かのじょにあるへんかがしょうじたことはもはやめいはくだった。)

ジナイーダを見張っていた。彼女にある変化が生じたことはもはや明白だった。

(かのじょはひとりでさんぽにでかけて、ながいことあるきまわっていた。)

彼女は一人で散歩に出かけて、長いこと歩き回っていた。

(ときによると、きゃくたちにかおをみせずに、なんじかんもじぶんのへやにひっこもっていた。)

時によると、客たちに顔を見せずに、何時間も自分の部屋に引っこもっていた。

(それまでは、ついぞなかったこである。わたしはとつぜん、ひどくめがみえだした。)

それまでは、ついぞなかったこである。わたしは突然、ひどく目が見えだした。

(すくなくとも、みえだしたようなきがした。)

少なくとも、見えだしたような気がした。

(「あいつじゃないかしら?それとも、いっそあいつかな?」)

「あいつじゃないかしら?それとも、いっそあいつかな?」

(とわたしは、かのじょのすうはいしゃのひとりからまたひとりへ、せわしなくおもいをはせながら、)

と私は、彼女の崇拝者の一人からまた一人へ、せわしなく思いを馳せながら、

(むねのなかでじもんするのだった。なかんずくまれーふすきいはくしゃくは、)

胸の中で自問するのだった。なかんずくマレーフスキイ伯爵は、

((もっとも、こんなことをみとめるのは、じないーだのためしんがいのいたりだったが))

(もっとも、こんなことを認めるのは、ジナイーダのため心外の至りだったが)

(ほかのだれよりもきけんじんぶつのように、ひそかにわたしはおもっていた。)

ほかの誰よりも危険人物のように、ひそかにわたしは思っていた。

(わたしのけいがんは、ざんねんながらじぶんのはなのさきまでしかとどかず、またせっかくの)

わたしの炯眼は、残念ながら自分の鼻の先までしか届かず、また折角の

(わたしのみっけいも、だれひとりだましおおせることはできなかったらしい。)

わたしの密計も、誰ひとり騙しおおせることはできなかったらしい。

(すくなくともどくとるるーしんは、じきにわたしのはらをみぬいた。)

少なくともドクトル・ルーシンは、じきにわたしの腹を見抜いた。

(とはいえかれだって、ちかごろはようすがかわって、めっきりやせもしたし、)

とはいえ彼だって、近頃は様子が変わって、めっきり痩せもしたし、

(あいかわらずわらいじょうごではあったものの、そのわらいごえはみょうににぶく、)

相変わらず笑い上戸ではあったものの、その笑い声は妙に鈍く、

(どくをふくんで、みじかくなったし、へいせいのかるいひにくや、とってつけたようなれいしょうへきは、)

毒を含んで、短くなったし、平生の軽い皮肉や、とってつけたような冷笑癖は、

(われにもないしんけいしつないらだちにかわっていた。)

我にもない神経質ないらだちに変わっていた。

など

(「ねえきみ、なんだってそうしょっちゅう、ここへやってくるんです」とかれは、)

「ねえ君、なんだってそうしょっちゅう、ここへやって来るんです」と彼は、

(あるひざせーきんけのきゃくまでふたりきりになったとき、わたしにいった。)

ある日ザセーキン家の客間で二人きりになった時、わたしに言った。

((れいじょうはまださんぽからかえってこなかったし、ふじんのがみがみこえが)

(令嬢はまだ散歩から帰って来なかったし、夫人のがみがみ声が

(ちゅうにかいでしていた。こまづかいとけんかしていたのだ)--「わかいうちにせっせと)

中二階でしていた。小間使いと喧嘩していたのだ)--「若いうちにせっせと

(べんきょうしとかにゃならんのに、どうしたことです?」)

勉強しとかにゃならんのに、どうしたことです?」

(「ぼくがいえでべんきょうしてるかどうか、あなたにわからないでしょう」とわたしは、)

「僕が家で勉強してるかどうか、あなたにわからないでしょう」とわたしは、

(いささかたかびしゃにいいかえしたが、たじたじのきみもないことはなかった。)

いささか高飛車に言い返したが、たじたじの気味もないことはなかった。

(「なにがべんきょうなものですか?そんなこと、きみのあたまにはありはしませんよ。)

「何が勉強なものですか?そんなこと、君の頭にはありはしませんよ。

(だがまあこれいじょうなにもいいますまい・・きみのとしごろでは、まあむりもないからな。)

だがまあこれ以上何もいいますまい・・君の年頃では、まあ無理もないからな。

(ただしきみのけんとうは、おおいにくるっているですよ。このいえがどういういえか、)

ただし君の見当は、大いに狂っているですよ。この家がどういう家か、

(それがきみにはみえんのですか?」)

それが君には見えんのですか?」

(「なんのことだか、わかりませんね」と、わたしはそらとぼけた。)

「なんのことだか、わかりませんね」と、わたしは空とぼけた。

(「わからないって?そりゃますますいかん。ぼくはぎむとして、)

「わからないって?そりゃますますいかん。僕は義務として、

(ひとこときみにちゅういします。われわれこうらをへたどくしんしゃは、ここへきてもさしつかえない。)

一言君に注意します。我々甲羅をへた独身者は、ここへ来てもさしつかえない。

(なんのことがあるものですか?われわれはたんれんができてるからびくともしないです。)

なんのことがあるものですか?我々は鍛錬ができてるからびくともしないです。

(ところがきみは、まだひふがよわい。ここのくうきは、きみにはどくですよ)

ところが君は、まだ皮膚が弱い。ここの空気は、君には毒ですよ

(ーーほんとですとも、うっかりするとでんせんしますぞ?」)

ーーほんとですとも、うっかりすると伝染しますぞ?」

(「どうしてです?」「どうもこうもあったものですか。いったいきみは、)

「どうしてです?」「どうもこうもあったものですか。いったい君は、

(いまけんこうですか?はたしてのーまるなじょうたいにありますか?)

いま健康ですか?果たしてノーマルな状態にありますか?

(きみがいまかんじていることは、きみのためになりますか、いいことですか?」)

君がいま感じていることは、君のためになりますか、いいことですか?」

(「でも、ぼくがなにをかんじてるというんです?」と、わたしはいったが、)

「でも、僕が何をかんじてるというんです?」と、わたしは言ったが、

(こころのなかでは、なるほどいしゃのいうとおりだとおもった。)

心の中では、なるほど医者の言う通りだと思った。

(「いやいや、きみはわかい、まだわかい」といしゃは、さもこのふたつのことばのなかに、)

「いやいや、君は若い、まだ若い」と医者は、さもこの二つの言葉の中に、

(わたしにたいするなにかひどくぶべつてきなかんじがこめてありでもするような、)

私に対する何かひどく侮蔑的な感じが籠めてありでもするような、

(そんないいぶりでことばをつづけた。ーー「ごまかそうたってだめですよ。)

そんな言いぶりで言葉を続けた。ーー「ごまかそうたって駄目ですよ。

(だってまだまだ、きみのこころにあることは、ちゃんとかおにでているもの、)

だってまだまだ、君の心にあることは、ちゃんと顔に出ているもの、

(ありがたいことにね。だがしかし、こんなはなしをしたってはじまらない。)

ありがたいことにね。だがしかし、こんな話をしたって始まらない。

(だいいちこのぼくにしたって、こんなところへくるはずはないんですよ、もしも・・・)

第一この僕にしたって、こんな所へ来るはずはないんですよ、もしも・・・

((いしゃははをくいしばった)・・・もしも、ぼくがこんなとうへんぼくでなかったらね。)

(医者は歯をくいしばった)・・・もしも、僕がこんな唐変木でなかったらね。

(ただひとつ、ぼくがふしぎでならんのは、きみのようなあたまのいいひとが、)

ただ一つ、僕が不思議でならんのは、君のような頭のいい人が、

(じぶんのすぐそばでおこっていることに、どうしてきがつかないんだろうな?」)

自分のすぐそばで起こっていることに、どうして気がつかないんだろうな?」

(「でも、なにがおこっているんです」と、わたしはすばやくあいてをうけて、)

「でも、何がおこっているんです」と、わたしは素早く相手を受けて、

(すっかりきんちょうした。いしゃは、みょうにあざけるようなどうじょうのいろをうかべて、)

すっかり緊張した。医者は、妙に嘲るような同情の色を浮かべて、

(わたしをじろりとみた。「なるほど、ぼくもたいしたものだ」)

私をじろりと見た。「なるほど、僕も大したものだ」

(とかれは、ひとりごとのようにいった。--「すこぶるもって、このひとのみみにいれとく)

と彼は、独り言のように言った。--「頗るもって、この人の耳に入れとく

(ひつようのあることだて。・・まあようするに」と、そこでこえをたかめて、)

必要のあることだて。・・まあ要するに」と、そこで声を高めて、

(「もういっぺんいいますが、ここのふんいきはきみにはよくない。きみはここで、)

「もう一遍いいますが、ここの雰囲気は君にはよくない。君はここで、

(いいきもちになっているが、ゆだんたいてきですぞ!そりゃおんしつのなかだって、)

いい気持になっているが、油断大敵ですぞ!そりゃ温室のなかだって、

(やはりいいにおいはするが、そこでくらすわけにはゆかんですからね。)

やはりいい匂いはするが、そこで暮らすわけにはゆかんですからね。

(ねえ!わるいことはいわないから、またあのかいだーのふせんせいにもどりたまえ」)

ねえ!悪いことは言わないから、またあのカイダーノフ先生に戻りたまえ」

(こうしゃくふじんがはいってきて、はがいたいといしゃにこぼしだした。)

侯爵夫人が入って来て、歯が痛いと医者にこぼしだした。

(やがてじないーだがあらわれた。「そうそう」と、ふじんはいいたした。)

やがてジナイーダが現れた。「そうそう」と、夫人は言い足した。

(「ねえどくとるこのこをしかってやってくださいな。いちにちじゅう、こおりみずばかり)

「ねえドクトルこの子を叱ってやって下さいな。一日中、氷水ばかり

(のんでるんですよ。それが、からだにいいことでしょうかねえ、むねがよわいくせに」)

飲んでるんですよ。それが、体にいいことでしょうかねえ、胸が弱いくせに」

(「なぜ、そんなことをなさるんです?」と、るーしんがきいた。)

「なぜ、そんなことをなさるんです?」と、ルーシンが訊いた。

(「やったらどうなるとおっしゃるの?」)

「やったらどうなるとおっしゃるの?」

(「なんですって?かぜをひいて、しぬかもしれませんよ」)

「なんですって?風邪を引いて、死ぬかもしれませんよ」

(「ほんと?まさか?でも、かまやしないーーそれがとうぜんだわ!」)

「ほんと?まさか?でも、かまやしないーーそれが当然だわ!」

(「おやおや!」と、いしゃはうなった。ふじんはでていった。)

「おやおや!」と、医者はうなった。夫人は出て行った。

(「おやおや」と、じないーだはくちまねをして、「いきることが、)

「おやおや」と、ジナイーダは口真似をして、「生きることが、

(そんなにおもしろいかしら?ぐるりをみまわしてごらんなさい。・・・どう?よくって?)

そんなに面白いかしら?ぐるりを見回して御覧なさい。・・・どう?よくって?

(それともあなたは、わたしがそれさえわからない、かんのにぶいおんなだとおもって)

それともあなたは、わたしがそれさえわからない、感の鈍い女だと思って

(らっしゃるの?わたしはこおりみずをのむといいきもちなの。だのにあなたはこんなじんせいが、)

らっしゃるの?私は氷水を飲むといい気持なの。だのにあなたはこんな人生が、

(つかのまのまんぞくのためにきけんをおかしてはならないほどだいじなものだと、)

束の間の満足のために危険を冒してはならないほど大事なものだと、

(まがおでわたしにせっきょうなさるおつもりね。わたし、もうこうふくなんかどうでもいいの」)

真顔でわたしに説教なさるおつもりね。私、もう幸福なんかどうでもいいの」

(「つまり、その」と、るーしんがひにくった。--「きまぐれとじぶんかって。)

「つまり、その」と、ルーシンが皮肉った。--「気まぐれと自分勝手。

(・・・このにごにあなたはつきるんですな。)

・・・この二語にあなたは尽きるんですな。

(あなたというひとは、ぜんぶこのにごのうちにありますよ」)

あなたという人は、全部この二語のうちにありますよ」

(じないーだは、しんけいしつにわらいだした。「しょうもんのだしおくれよ、どくとるせんせい。)

ジナイーダは、神経質に笑い出した。「証文の出しおくれよ、ドクトル先生。

(あんがい、めがきかないのねえ。だいぶておくれだわ。めがねでも、おかけになったら?)

案外、目が利かないのねえ。だいぶ手遅れだわ。眼鏡でも、おかけになったら?

(わたしいま、きまぐれどころじゃないの。あなたがたをからかったり、)

わたし今、気まぐれどころじゃないの。あなた方をからかったり、

(じぶんをわらいものにしたり・・・そんなこと、なにがおもしろいものですか!)

自分を笑いものにしたり・・・そんなこと、何が面白いものですか!

(じぶんかってだとおっしゃるけれど・・・ヴぉるでまーるさん」と、)

自分勝手だとおっしゃるけれど・・・ヴォルデマールさん」と、

(そこでとつぜんじないーだはほうがくをかえて、ちいさなあしをとんとならした。)

そこで突然ジナイーダは方角を変えて、小さな足をトンと鳴らした。

(「そんなゆううつなかおをしないでよ。わたし、ひとにどうじょうされることなんかだいきらい」)

「そんな憂鬱な顔をしないでよ。わたし、人に同情されることなんか大嫌い」

(かのじょはあしばやにでていった。「きみにはどくだ。まったくどくだよ、ここのくうきは、ねえきみ」)

彼女は足早に出て行った。「君には毒だ。全く毒だよ、ここの空気は、ねえ君」

(と、またるーしんはわたしにいった。)

と、またルーシンはわたしに言った。

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