『四つの署名』26

(りえきにあずかろうというのは、こうへいでめいよあることだろうか？)

利益に与ろうというのは、公平で名誉あることだろうか？

(げせんなかねめあてのおとことみなされるのではないか？)

下賤な金目当ての男と見なされるのではないか？

(かのじょのこころにそんなかんがえがうかぶきけんをおかすことなど、わたしにはできなかった。)

彼女の心にそんな考えが浮かぶ危険を冒すことなど、私にはできなかった。

(あーぐらのたからものが、のりこえられないかべとなって、)

アーグラの宝物が、乗り越えられない壁となって、

(ふたりのあいだにたちふさがっていた。)

二人の間に立ちふさがっていた。

(われわれがみせす・せしる・ふぉれすたーのもとへたどりついたのは)

我々がミセス・セシル・フォレスターの許へたどり着いたのは

(２じちかいじこくだった。)

2時近い時刻だった。

(しようにんたちはとっくにひきあげていたのだが、)

使用人たちはとっくに引き上げていたのだが、

(みせす・ふぉれすたーはみす・もーすたんのうけとった)

ミセス・フォレスターはミス・モースタンの受け取った

(きみょうなめっせーじにかなりつよくきょうみをいだいており、)

奇妙なメッセージにかなり強く興味を抱いており、

(かのじょのかえりをねずにまちわびていた。)

彼女の帰りを寝ずに待ちわびていた。

(かのじょはてずからどあをひらいてくれた。ちゅうねんの、ゆうびなじょせいだった。)

彼女は手ずからドアを開いてくれた。中年の、優美な女性だった。

(みす・もーすたんのこしにまわされたうでのやさしさや、かのじょをいたわる)

ミス・モースタンの腰に回された腕の優しさや、彼女をいたわる

(こえがおもいやりにあふれているのをめにして、わたしはうれしくなった。)

声が思いやりに溢れているのを目にして、私は嬉しくなった。

(かのじょはさいていげんのちんぎんでかいごろしにされているのではなく、)

彼女は最低限の賃金で飼い殺しにされているのではなく、

(ふじんのめいよあるゆうじんであることは、だれのめにもあきらかだった。)

夫人の名誉ある友人であることは、だれの目にも明らかだった。

(かのじょがわたしをしょうかいすると、みせす・ふぉれすたーはいえにあがり、)

彼女が私を紹介すると、ミセス・フォレスターは家に上がり、

(こんやのぼうけんたんをかたるようねっしんにねがいでた。)

今夜の冒険譚を語るよう熱心に願い出た。

(しかし、わたしは、じぶんのようむきのじゅうだいさと、じけんのしんてんを)

しかし、私は、自分の用向きの重大さと、事件の進展を

(ちくいちほうこくすることをほーむずとかたくやくそくしていることをせつめいした。)

逐一報告することをホームズと固く約束していることを説明した。

(ばしゃをはっしんさせながら、わたしはうしろをちらりとふりかえり、)

馬車を発進させながら、私は後ろをちらりと振り返り、

(げんかんぐちにまだひとがーーだきあったゆうびな２りのすがたが、はんびらきのとぐちが、)

玄関口にまだ人が--抱き合った優美な2人の姿が、半開きの戸口が、

(すてんどぐらすからもれでるしょうめいが、きあつけいが、)

ステンドグラスから漏れ出る照明が、気圧計が、

(じゅうたんのおもしがーーみえるようなきがした。)

絨毯のおもしが--見えるような気がした。

(われわれをまきこんだこのくらくてやばんなじけんのさなかにあって、)

我々を巻き込んだこの昏くて野蛮な事件の最中にあって、

(いぎりすのへいおんなかていのようすを、たとえちらりとでも)

イギリスの平穏な家庭の様子を、たとえちらりとでも

(めにすることができて、わたしはいくぶんかこころがなぐさめられたのだった。)

目にすることができて、私は幾分か心が慰められたのだった。

(そして、わたしがじけんについてかんがえをめぐらせるほど、)

そして、私が事件について考えを巡らせるほど、

(じけんはさらにやみをまし、やばんになっていくようだった。)

事件はさらに闇を増し、野蛮になっていくようだった。

(しずかな、がすとうのとぼるとおりをがたがたとはしりぬけながら、)

静かな、ガス灯の点る通りをガタガタと走り抜けながら、

(わたしはこの、じんじょうならざるいちれんのできごとをはんすうしていた。)

私はこの、尋常ならざる一連の出来事を反芻していた。

(ほったんとなったじけんは、いまとなってはめいりょうだ。)

発端となった事件は、今となっては明瞭だ。

(もーすたんたいいのし、おくられてきたしんじゅ、しんぶんこうこく、てがみーー)

モースタン大尉の死、贈られてきた真珠、新聞広告、手紙--

(われわれは、こうしたじぶつをときあかしてきた。)

我々は、こうした事物を解明してきた。

(ところが、そのさきには、よりそこしれぬ、)

ところが、その先には、より底知れぬ、

(ひげきてきななぞがまちうけていただけだった。)

悲劇的な謎が待ち受けていただけだった。

(いんどのほうもつ、もーすたんたいいのもちものからみつかったいわくありげなせっけいず、)

インドの宝物、モースタン大尉の持ち物から見つかった曰くありげな設計図、

(しょるとーしょうさのしのまぎわにおきたきみょうなできごと、)

ショルトー少佐の死の間際に起きた奇妙な出来事、

(たからのさいはっけんちょくごにはっけんしゃがころされたこと、)

宝の再発見直後に発見者が殺されたこと、

(ひじょうにきたいなきょうはんしゃのそんざい、あしあと、とくいなきょうき、)

非常に奇体な共犯者の存在、足跡、特異な凶器、

(もーすたんたいいのときとおなじもじがかかれたしへんーー)

モースタン大尉の時と同じ文字が書かれた紙片--

(かくじつに、わがどうきょにんほどのじんぶつでなければ、)

確実に、我が同居人ほどの人物でなければ、

(てがかりをつかむことすらままならないほどのめいきゅうがひろがっていた。)

手がかりをつかむことすらままならないほどの迷宮が広がっていた。