歪んだ窓 2/2

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タグ小説 長文
著者:山川方夫

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問題文

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(はじめわたしは、しっかりもののおねえさんが、)

はじめ私は、しっかり者のお姉さんが、

(どうしてあんなおとこにきをゆるしたのか、)

どうしてあんな男に気をゆるしたのか、

(それがふしぎだったわ。)

それが不思議だったわ。

(でも、いまはわかっている。)

でも、いまはわかっている。

(わたしは、わたしというこぶが、)

私は、私というコブが、

(いつもおねえさんのえんだんのじゃまになっていたことをおもいだしたの。)

いつもお姉さんの縁談の邪魔になっていたことを思い出したの。

(あのおとこは、そんなおねえさんのよわみに、あせりにつけこんで、)

あの男は、そんなお姉さんの弱みに、焦りにつけこんで、

(うまくおねえさんにとりいってしまったんだわ。)

うまくお姉さんに取り入ってしまったんだわ。

(わたしにはよくわかってるの。)

私にはよくわかってるの。

(みんな、みんなわたしが、おにもつでしかないわたしがわるいんだわ。)

みんな、みんな私が、お荷物でしかない私が悪いんだわ。

(わたし、ほんとうにすまないとおもっている。)

私、本当にすまないと思っている。

(だからわたし、わたしのたいせつな、だいすきなおねえさんのためだったら、)

だから私、私の大切な、大好きなお姉さんのためだったら、

(わたしなんかどうなったってもいい。)

私なんかどうなったってもいい。

(ほんとう。これはほんとなのよ。)

本当。これはほんとなのよ。

(・・・・・・そうだわ、わたし、きょうこそそのしょうこをみせてあげる。)

……そうだわ、私、今日こそその証拠をみせてあげる。

(かのじょはゆびでなみだをふき、すばやくだいどころへはしった。)

彼女は指で涙を拭き、すばやく台所へ走った。

(するどいふれんちないふをてにとり、わきのしたにかくして、)

鋭いフレンチ・ナイフを手にとり、脇の下にかくして、

(またまどによった。)

また窓に寄った。

(ほほがあつくほてってくる。)

頬が熱く火照ってくる。

(かのじょはよこめでまどからみちをながめおろしながら、こころのなかでいった。)

彼女は横目で窓から道を眺め下ろしながら、心の中でいった。

など

(いからないで。なかないでねおねえさん。)

怒らないで。泣かないでねお姉さん。

(わたしが、おねえさんにしてあげられることは、これぐらいしかないの。)

私が、お姉さんにしてあげられることは、これぐらいしかないの。

(みててね、おねえさん。そして、しんじて。)

見ててね、お姉さん。そして、信じて。

(わたしが、おねえさんのこうふくを、それだけを、こころからいのっているのを。)

私が、お姉さんの幸福を、それだけを、心から祈っているのを。

(・・・・・・あいかわらず、ふりつづくあめがまどがらすをあらっていて、)

……あいかわらず、降りつづく雨が窓ガラスを洗っていて、

(そのせいでふうけいもゆがみ、)

そのせいで風景も歪み、

(かげろうをすかしてみるようにゆれながらながれつづけている。)

陽炎を透かして見るように揺れながら流れつづけている。

(おねえさんは、きっときょうもまたさえきときっさてんであい、)

お姉さんは、きっと今日もまた佐伯と喫茶店で逢い、

(それから、かれをこのへやにつれてくるのにきまっている。)

それから、彼をこの部屋につれてくるのにきまっている。

(あせばんだみぎてのないふを、かのじょはしっかりとにぎりしめた。)

汗ばんだ右手のナイフを、彼女はしっかりと握りしめた。

(めに、さえきがこのへやにあしをふみいれたとたん、)

目に、佐伯がこの部屋に足をふみ入れたとたん、

(ものもいわずそのからだにおどりかかるじぶん、)

ものもいわずその体におどりかかる自分、

(ぜっきょうするかれのむねにさくしんくのちのはなのあざやかさがうかんでくる。)

絶叫する彼の胸に咲く真紅の血の花の鮮やかさがうかんでくる。

(かのじょは、はじめてじぶんがあねのやくにたつよろこびにむねをみたし、)

彼女は、はじめて自分が姉の役に立つよろこびに胸を充たし、

(こきゅうをころしながら、ゆがんだそのふうけいのなかに、)

呼吸をころしながら、歪んだその風景の中に、

(ふたりがあらわれるのをまちつづけた。)

二人があらわれるのを待ちつづけた。

(そのころ、ちょうどえきまえのきっさてんをでたふたりは、)

そのころ、ちょうど駅前の喫茶店を出た二人は、

(おともなくふりつづくながあめのなかをあるきながら、)

音もなく降りつづく長雨の中を歩きながら、

(こんなかいわをかわしていた。)

こんな会話を交わしていた。

(「・・・・・・でもねえ、どうやらいもうとさんは)

「……でもねえ、どうやら妹さんは

(もうきがついているみたいですよ。)

もう気がついているみたいですよ。

(ぼくが、あなたにたのまれて、ちょいちょいびょうじょうをみによっている)

僕が、あなたに頼まれて、ちょいちょい病状を見に寄っている

(しんけいかのいしだっていうことをね」)

神経科の医師だっていうことをね」

(「いいえ、それはまだきづいてはいないとおもいますわ。)

「いいえ、それはまだ気づいてはいないと思いますわ。

(でも、ちかごろはだいぶしょうじょうがわるいようで、)

でも、近ごろはだいぶ症状が悪いようで、

(さくやなんかひとばんじゅうないておりましたの」)

昨夜なんか一晩じゅう泣いておりましたの」

(「なるほど。つゆどきにはああいうびょうきはきゅうげきにあっかしますからね。)

「なるほど。梅雨どきにはああいう病気は急激に悪化しますからね。

(・・・・・・なにしろ、ちかごろはぼくをみるめつきも、ふつうじゃない。)

……なにしろ、近ごろは僕を見る目つきも、普通じゃない。

(あきらかにけいかいしちゃっている」)

あきらかに警戒しちゃっている」

(「あの、やっぱりいもうとはびょういんへいれるべきなんでしょうか。)

「あの、やっぱり妹は病院へ入れるべきなんでしょうか。

(・・・・・・わたしたち、しまいふたりきりですし、なにかかわいそうで・・・・・・」)

……私たち、姉妹二人きりですし、なにか可哀そうで……」

(「おきもちはよくわかります。)

「お気持ちはよくわかります。

(でも、そろそろあなたもけっしんをなさるときだとおもいますよ。)

でも、そろそろあなたも決心をなさるときだと思いますよ。

(・・・・・・ま、きょう、これからよってみて、)

……ま、今日、これから寄ってみて、

(それをはっきりときめることにしましょう」)

それをはっきりと決めることにしましょう」

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