溶けない109号室

(がいろとうにあかりがつく)

街路灯に明かりがつく

(ぐれいのそら、とけてゆく)

グレイの空、溶けてゆく

(はずれのこうえんでさめためのきみとであう)

はずれの公園で冷めた瞳の君と出逢う

(ふりつもるゆきのようにであいのときはかさなる)

降り積もる雪のように出会いの刻は重なる

(そのひとみがねつををおびたきがした)

その瞳が熱をを帯びた気がした

(てとてをかさねあわせて)

手と手を重ね合わせて

(いとなみをかわして、)

営みを交わして、

(くちづけして、どこかちのあじがして)

口付けして、何処か血の味がして

(たとえば、あのひにみたひとまくが)

たとえば、あの日に見た一幕が

(まぼろしではなかったとして)

幻ではなかったとして

(それがきみをとおざけるりゆうにはならない)

それが君を遠ざける理由にはならない

(だから、ぼくはきみをあざむくよ)

だから、僕は君を欺くよ

(そのめをくもらせはしないよ)

その瞳を曇らせはしないよ

(ふるえ、とまれ、とまれ)

震え、止まれ、とまれ

(つみをかんかするぼくにそのしかくなどない)

罪を看過する僕にその資格などない

(おだやかなるちょうしょくとだえてゆくしょうそく)

穏やかなる朝食途絶えてゆく消息

(きみのくびにあかいあと、にじんでいた)

君の首に赫い跡、滲んでいた

(ささやかなるほほえみを)

ささやかなる微笑を

(がらすのようなこえを、)

硝子のような声を、

(まもるためにはかりをかたむけるよ)

守る為に秤を傾けるよ

(からまりあういとをつよくひきあう)

絡まり合う糸を強く引き合う

(それはぼくがえらんださだめ)

それは僕が選んだ運命

(ほどくことのできないかたく、もろいいとだ)

解くことのできない硬く、脆い意図だ

(だからせかいよ、あとすこしだけ)

だから世界よ、あと少しだけ

(ぼくらのことをみのがしてくれ)

僕らのことを見逃してくれ

(なんて、おろかなのか)

なんて、愚かなのか

(かみのみもとにかえれはしないな)

神の御許に還れはしないな

(かじかむてでなぞったかみにひめたおもい)

悴む手でなぞった紙に秘めた想い

(まえぶれなくあくどあにおちつきためごとを)

前触れなく開くドアに落ち尽きた秘事を

(てにとったきみはぼくをみてた)

手に取った君は僕を見てた

(めはゆらいでいた)

瞳は揺らいでいた

(こごえていく、つまさきも)

凍えていく、爪先も

(さめていく、ちのくだも)

冷めていく、血の管も

(さじなことだよ)

些事なことだよ

(だましきれず、ごめんね)

騙しきれず、ごめんね

(かのじょはとうけつしたかれをまえに)

彼女は凍結した彼を前に

(はじめてそのみをいみきらう)

初めてその身を忌み嫌う

(つみをしらぬかいぶつへのばつなのだろうか)

罪を知らぬ怪物への罰なのだろうか

(せめてさいしょでさいごのしょくざいは)

せめて最初で最期の贖罪は

(かれにささげようとかのじょは)

彼に捧げようと彼女は

(そのみ、ともにこおりに)

その身、共に氷に

(あるあぱーとめんとのひとつのへや、)

或るアパートメントの一つの部屋、

(とけないこおりでとざされている)

溶けない氷で閉ざされている