平家物語・祇園精舎

(ぎおんしょうじゃのかねのこえ、しょぎょうむじょうのひびきあり。)

祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。

(しゃらそうじゅのはなのいろ、じょうしゃひっすいのことわりをあらわす。)

娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

(おごれるひともひさしからず、ただはるのよのゆめのごとし。)

驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

(たけきものもついにはほろびぬ、ひとえにかぜのまえのちりにおなじ。)

猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

(とおくいちょうをとぶらえば、しんのちょうこう、かんのおうもう、りょうのしゅうい、とうのろくさん、)

遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌、唐の祿山、

(これらはみなきゅうしゅせんこうのまつりごとにもしたがわず、たのしみをきわめ、)

これらは皆舊主先皇の政にもしたがはず、樂しみをきはめ、

(いさめをもおもいいれず、てんかのみだれんことをさとらずして、)

諌めをも思ひ入れず、天下の亂れん事を悟らずして、

(みんかんのうれうるところをしらざつしかば、ひさしからずして、ぼうじにしものどもなり。)

民間の愁ふるところを知らざりしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。

(ちかくほんちょうをうかがうに、じょうへいのまさかど、てんぎょうのすみとも、こうわのぎしん、へいじののぶより、)

近く本朝をうかがふに、承平の將門、天慶の純友、康和の義親、平治の信賴、

(これらはおごれるこころもたけきことも、みなとりどりにこそありしかども、)

これらはおごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、

(まぢかくはろくはらのにゅうどう、さきのだいじょうだいじんたいらのあそんきよもりこうともうししひとのありさま、)

まぢかくは六波羅の入道、前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、

(つたえうけたまわるこそこころもことばもおよばれね。)

傳へ承るこそ心もことばも及ばれね。

(そのせんぞをたずぬればかんむてんのうだいごのおうじ、いっぽんしきぶきょうかずらはらしんのうくだいのこういん、)

その先祖を尋ぬれば桓武天皇第五の皇子、一品式部卿葛原親王九代の後胤、

(さぬきのかみまさもりがまご、ぎょうぶきょうただもりのあそんのちゃくなんなり。)

讃岐守正盛が孫、刑部卿忠盛朝臣の嫡男なり。

(かのしんのうのみこ、たかみのおう、むかんむいにしてうせたまいぬ。)

かの親王の御子、高見王、無官無位にして失せ給ひぬ。

(そのみこ、たかもちのおうのとき、はじめてへいのしょうをたまわって、かずさのすけになりたまいしより、)

その御子、高望王の時、初めて平の姓を賜はつて、上総介に成り給ひしより、

(たちまちにおうしをいでてじんしんにつらなる。)

たちまちに王氏を出でて人臣に列なる。

(そのこちんじゅふのしょうぐんよしもち、のちにはくにかとあらたむ。)

その子鎮守府将軍良望、後には國香と改む。

(くにかよりまさもりにいたるまでろくだいは、しょこくのずりょうたりしかども、)

國香より正盛に至る六代は、諸国の受領たりしかども、

(てんじょうのせんせきをばいまだゆるされず。)

殿上の仙籍をば未だ赦されず。