未 本編 -48-(完)

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師匠シリーズ
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問題文

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(においのきおくというものはふしぎなもんだ。)

匂いの記憶というものは不思議なもんだ。

(すっかりわすれていたかこが、ふとしたときにかいだなつかしいにおいに)

すっかり忘れていた過去が、ふとした時に嗅いだ懐かしい匂いに

(いざなわれて、あざやかによみがえることがある。)

いざなわれて、鮮やかに蘇ることがある。

(ぼくはそのひとのいなくなったへやでひとりだいどころにたち、)

僕はその人のいなくなった部屋で一人台所に立ち、

(さわやかなにおいをはなつせっけんをただにぎっている。)

爽やかな匂いを放つ石鹸をただ握っている。

(すべてがかがやいていたあのころのきおくがとうとうとながれ、そしてきえていった。)

すべてが輝いていたあのころの記憶が滔々と流れ、そして消えていった。

(てのとどかないかこのどこかにひきだしのなかにしまわれていったのだろう。)

手の届かない過去のどこかに引き出しの中に仕舞われていったのだろう。

(じゃぐちからはみずがながれつづけている。それがてのこうをすべるようにながれおちていく。)

蛇口からは水が流れ続けている。それが手の甲を滑るように流れ落ちていく。

(ついおくのざんさいがぼくのめがしらをくすぐる。しかしそこからみずがながれなかった。)

追憶の残滓が僕の目頭をくすぐる。しかしそこから水が流れなかった。

(「おまえ、つよくなったな」)

「おまえ、強くなったな」

(いつか、そのひとはそういった。)

いつか、その人はそう言った。

(びょうしつのしーつがやけにしろかった。)

病室のシーツがやけに白かった。

(「もうめがみえないんだ。とけいを、みてくれないか」)

「もう目が見えないんだ。時計を、見てくれないか」

(きおくのさいせいを、とめた。)

記憶の再生を、止めた。

(つよくなんかなっていないですよ。)

強くなんかなっていないですよ。

(そうこたえたのだったか。)

そう答えたのだったか。

(もうわすれてしまった。)

もう忘れてしまった。

(じゃぐちをとじる。みずがでるまではじかんがかかるのに、とまるのはいっしゅんだ。)

蛇口を閉じる。水が出るまでは時間がかかるのに、止まるのは一瞬だ。

(しばらくたたずんだあと、ぼくはもういちどせっけんをにぎった。じゃぐちをひねり、)

しばらく佇んだ後、僕はもう一度石鹸を握った。蛇口を捻り、

(せっけんをりょうてをはさみなおす。みずがながれでてくるまでのあいだ、)

石鹸を両手を挟み直す。水が流れ出てくるまでの間、

など

(ぼくはりょうてをすりあわせる。そのひとはそうしていたように。そのわずかなじかん。)

僕は両手を擦り合わせる。その人はそうしていたように。そのわずかな時間。

(そっとよこめでそのこうけいをみつめていたぼくには、いのりのようにみえた。)

そっと横目でその光景を見つめていた僕には、祈りのように見えた。

(このにほんにかぎらず、せかいじゅうのあらゆるみんぞくのあまごいのふうしゅうがあった。)

この日本に限らず、世界中のあらゆる民族の雨乞いの風習があった。

(そのさほうはさまざまだ。しかしたったひとつきょうつうしていることがある。)

その作法は様々だ。しかしたった一つ共通していることがある。

(それはいのりだ。いのりがいつかだいちにあめをふらせる。)

それは祈りだ。祈りがいつか大地に雨を降らせる。

(そのあいだ、ひとはかみと、あるいはしぜんそのものといったいとなり、)

その間、人は神と、あるいは自然そのものと一体となり、

(かようはずのないおもいをかよわせる。)

通うはずのない想いを通わせる。

(あまごいのふうしゅうがあれば、そこにはあまごいをなりわいとするひとびともいる。)

雨乞いの風習があれば、そこには雨乞いを生業とする人々もいる。

(おかみをまつるじんじゃのまもりてたちのように。そうしたあまごいしのことを)

オカミを祀る神社の守り手たちのように。そうした雨乞い師のことを

(えいごではれいんめーかーというそうだ。そしてそのことばにはどうじに、)

英語ではレインメーカーというそうだ。そしてその言葉には同時に、

(べんぜついがいなにももたずにたいきんをかせぐべんごしをさししめす、うらのいみもある。)

弁舌以外なにも持たずに大金を稼ぐ弁護士を指し示す、裏の意味もある。

(ぼくはせっけんをする。)

僕は石鹸を擦る。

(さまざまなぺてんと、ほんのすこしのかくされたしんじつをあやつってみじかいしょうがいを)

様々なペテンと、ほんの少しの隠された真実を操って短い生涯を

(かけてきたそのひとのことをおもいながら。)

駆けてきたその人のことを思いながら。

(「あまごいなんて、ふりそうなときにするもんだ」)

「雨乞いなんて、降りそうなときにするもんだ」

(かえりのでんしゃのなかでまどにほおづえをつきながら、すこしわらってそういった。)

帰りの電車の中で窓に頬づえをつきながら、少し笑ってそう言った。

(そのひとらしい、とおもった。)

その人らしい、と思った。

(ささやかなかべにくぎられたへやのそとを、くるまがとおるおとがする。)

ささやかな壁に区切られた部屋の外を、車が通る音がする。

(からからと、あなのあいたようなまふらーのおとをひびかせて。)

カラカラと、穴のあいたようなマフラーの音を響かせて。

(めをおとし、ぼくはせっけんをこする。)

目を落とし、僕は石鹸を擦る。

(いのるように。)

祈るように。

(さわやかなにおいがびこうにひろがる。)

爽やかな匂いが鼻腔に広がる。

(やがてじゃぐちからは・・・・・)

やがて蛇口からは・・・・・

(「れいんめーかー」かん)

「レインメーカー」完

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