長文練習(歴史)

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プレイ回数183順位2155位  難易度(5.0) 2345打 長文
長文練習の歴史です。歴史好きや練習したい方はやってみてください!
室町時代から安土桃山時代までの出来事をおおまかに長文でまとめてみました。とても長いので頑張ってください。

不具合があったので変更しました。本当にすいません。
6月9日 1698位
6月10日 2155位
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 なお氏 6066 A++ 6.2 97.0% 374.0 2340 71 45 2026/06/10
2 rui 5901 A+ 6.1 96.5% 394.0 2411 86 45 2026/06/09
3 あきは 5393 B++ 5.5 98.0% 422.7 2327 47 45 2026/06/10
4 2982 E+ 3.4 88.1% 674.9 2327 314 45 2026/06/09

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問題文

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(にほんのれきしにおいて、もっともげきどうのじだいといえば) 日本の歴史において、最も激動の時代といえば (むろまちじだいのこうはんからあづちももやまじだいにかけてのせんごくじだいでしょう。) 室町時代の後半から安土桃山時代にかけての戦国時代でしょう。 (かくちのゆうりょくなせんごくだいみょうたちが、みずからのりょうどをひろげ、にほんぜんこくをしはいする) 各地の有力な戦国大名たちが、自らの領土を広げ、日本全国を支配する (「てんかとういつ」) 「天下統一」 (のゆめをおいもとめて、はげしいたたかいをくりひろげていました。) の夢を追い求めて、激しい戦いを繰り広げていました。 (このこんらんのよにすいせいのごとくあらわれ、) この混乱の世に彗星のごとく現れ、 (これまでのふるいじょうしきをつぎつぎとうちやぶったのが、) これまでの古い常識を次々と打ち破ったのが、 (おわりのくに、げんざいのあいちけんにうまれたおだのぶながです。) 尾張の国、現在の愛知県に生まれた織田信長です。 (のぶながはわかいころ、きばつなふくそうやこうどうがめだち、しゅういから) 信長は若い頃、奇抜な服装や行動が目立ち、周囲から (「おわりのうつけもの」とよばれてみくびられていました。) 「尾張のうつけ者」と呼ばれて見くびられていました。
(しかし、そのないめんには、するどいせんけんのめいとれいてつなまでのごうりしゅぎ、) しかし、その内面には、鋭い先見の明と冷徹なまでの合理主義、 (そしてはてしないやぼうがひめられていたのです。) そして果てしない野望が秘められていたのです。 (のぶながのなまえがにほんじゅうにとどろいたきっかけは、1560ねんにおきた「おけはざまのたたかい」) 信長の名前が日本中に轟いたきっかけは、一五六〇年に起きた「桶狭間の戦い」 (です。) です。 (するがのきょうだいなだいみょうであるいまがわよしもとが、) 駿河の強大な大名である今川義元が、 (すうまんのたいぐんをひきいておわりにせめこんできました。) 数万の大軍を率いて尾張に攻め込んできました。 (これにたいしておだぐんのへいりょくはわずかすうせんであり、) これに対して織田軍の兵力はわずか数千であり、 (だれもがおだのはいぼくをかくしんしていました。) 誰もが織田の敗北を確信していました。 (しかし、のぶながははげしいごううにまぎれていまがわのほんじんへとちかづき、) しかし、信長は激しい豪雨に紛れて今川の本陣へと近づき、 (ゆだんしていたよしもとのくびをみごとにうちとったのです。) 油断していた義元の首を見事に討ち取ったのです。
など
(このきせきてきなだいぎゃくてんしょうりにより、のぶながはてんかへといっぽをふみだしました。) この奇跡的な大逆転勝利により、信長は天下へと一歩を踏み出しました。 (のぶながのつよさは、せんじゅつだけではありませんでした。) 信長の強さは、戦術だけではありませんでした。 (にほんにはいってきたばかりのさいしんへいきである「てっぽう」のかちをいちはやくみぬき、) 日本に入ってきたばかりの最新兵器である「鉄砲」の価値をいち早く見抜き、 (そしきてきにたたかいへととりいれました。) 組織的に戦いへと取り入れました。 (1575ねんの「ながしののたたかい」では、) 一五七五年の「長篠の戦い」では、 (とうじさいきょうとおそれられていたたけだのきばたいにたいし、) 当時最強と恐れられていた武田の騎馬隊に対し、 (たいりょうのてっぽうともくせいのさくをつかったかっきてきなせんじゅつであっしょうしました。) 大量の鉄砲と木製の柵を使った画期的な戦術で圧勝しました。 (また、けいざいのかっせいかにもちからをそそぎました。じょうかまちでのぜいきんをめんじょし、) また、経済の活性化にも力を注ぎました。城下町での税金を免除し、 (だれでもじゆうにしょうばいができるようにした) 誰でも自由に商売ができるようにした (「らくいちらくざ」というせいさくをじっししたのです。) 「楽市楽座」という政策を実施したのです。 (これにより、おおくのしょうにんがあつまり、おだけのざいせいはひじょうにゆたかになりました。) これにより、多くの商人が集まり、織田家の財政は非常に豊かになりました。 (のぶながは「てんかふぶ」といういんしょうをもちい、) 信長は「天下布武」という印章を用い、 (ぶりょくによっててんかをとういつするというつよいけついをひょうめいしました。) 武力によって天下を統一するという強い決意を表明しました。 (ひえいざんえんりゃくじのやきうちや、むろまちばくふのめつぼうなど、) 比叡山延暦寺の焼き討ちや、室町幕府の滅亡など、 (はげしいしゅだんでてきをつぎつぎとはいじょし、) 激しい手段で敵を次々と排除し、 (ついにてんかとういつのいぎょうまであといっぽのところまでせまりました。) ついに天下統一の偉業まであと一歩のところまで迫りました。 (しかし、うんめいのときはとつぜんおとずれます。) しかし、運命の時は突然訪れます。 (1582ねんのきょうと、のぶなががわずかなともをつれて) 一五八二年の京都、信長がわずかな供を連れて (「ほんのうじ」にたいざいしていたときのことです。) 「本能寺」に滞在していた時のことです。 (もっともしんらいしていたかしんのひとりであるあけちみつひでが、) 最も信頼していた家臣の一人である明智光秀が、 (とつじょとしてむほんをおこしました。) 突如として謀反を起こしました。 (おてらをとりかこまれたのぶながは、もはやのがれられないとさとり、) お寺を取り囲まれた信長は、もはや逃れられないと悟り、 (「ぜひにおよばず」) 「是非に及ばず」 (といいのこしてほのおのなかでじがいしました。) と言い残して炎の中で自害しました。 (のぶながのてんかとういつのゆめは、ここではかなくちることとなりました。) 信長の天下統一の夢は、ここで儚く散ることとなりました。
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