芸名ヒコロヒーの意外な由来
| 順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | takeshi | 6088 | A++ | 6.3 | 95.5% | 478.3 | 3056 | 144 | 48 | 2026/09/01 |
| 2 | Par2 | 4214 | C | 4.2 | 98.5% | 698.6 | 2988 | 44 | 48 | 2026/08/26 |
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問題文
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(ひころひーさんのなまえのゆらいやばっくぐらうんどをしると、かのじょのためんてきな)
ヒコロヒーさんの名前の由来やバックグラウンドを知ると、彼女の多面的な
(みりょくがどこからきているのかがさらによくみえてきます。かのじょはほんみょうを)
魅力がどこから来ているのかがさらによく見えてきます。彼女は本名を
(いっさいひこうかいにしていることもゆうめいですが、そのぷろふぃーるにはかのじょらしい)
一切非公開にしていることも有名ですが、そのプロフィールには彼女らしい
(えぴそーどがまんさいです。どこかがいこくごのようにもきこえるどくとくなひびきですが)
エピソードが満載です。どこか外国語のようにも聞こえる独特な響きですが
(じつはとくにいみはないというのがほんにんのせつめいです。さいしょのぶたいにあがるちょくぜん)
実は特に意味はないというのが本人の説明です。最初の舞台に上がる直前
(げいめいをどうするかせまられたかのじょは、わずか2びょうでこのなまえをきめたそうです。)
芸名をどうするか迫られた彼女は、わずか2秒でこの名前を決めたそうです。
(ほんにんのべん:「ちいさいころから90どのちょっかくがあるかくどのついたもじがすきだった)
本人の弁:「小さい頃から90度の直角がある角度のついた文字が好きだった
(だからひ・こ・ろ・ひというちょっかくをもつかたかなをぎゅっとあつめただけで)
だからヒ・コ・ロ・ヒという直角を持つカタカナをギュッと集めただけで
(ことばじたいにいみはなんでもよかった」)
言葉自体に意味はなんでもよかった」
(いみせい(~なひとになりたいなど)をあえてはいじょし、もじのかたちだけでなまえを)
意味性(〜な人になりたいなど)をあえて排除し、文字の形だけで名前を
(きめてしまうあたりひじょうにあーとなきしつで、かのじょらしいとがったせんすが)
決めてしまうあたり非常にアートな気質で、彼女らしい尖ったセンスが
(かんじられます。)
感じられます。
(しゅっしんだいがくとおわらいのせかいにはいったきっかけ)
出身大学とお笑いの世界に入ったきっかけ
(しゅっしんだいがく:きんきだいがくぶんげいがくぶげいじゅつがっかぶたいげいじゅつせんこう(ちゅうたい))
出身大学:近畿大学 文芸学部 芸術学科 舞台芸術専攻(中退)
(さーくる:ぶんかかいらくごこうだんけんきゅうかい)
サークル:文化会落語講談研究会
(だいがくでは、えんげきなどをまなぶがっかにしょぞくしつつ、せんぱいにさそわれておちけんに)
大学では、演劇などを学ぶ学科に所属しつつ、先輩に誘われて落研に
(にゅうぶしました。ぶしつではおちけんそっちのけでまーじゃん、えいが、どくしょ、おしゃべりに)
入部しました。部室では落研そっちのけで麻雀、映画、読書、おしゃべりに
(あけくれるという、まさにげんざいのかのじょのべーすとなるやさぐれかるちゃーを)
明け暮れるという、まさに現在の彼女のベースとなるやさぐれカルチャーを
(まんきつしていたようです。)
満喫していたようです。
(でびゅーのきっかけはがくさいのすかうと)
デビューのきっかけは学祭のスカウト
など
(おわらいげいにんをめざしてようせいじょにはいったわけではなく、だいがく2ねんせいのとき)
お笑い芸人を目指して養成所に入ったわけではなく、大学2年生の時
(だいがくさいのすてーじでひろうした「らくごをべーすにしたひとりこんと」がてんきと)
大学祭のステージで披露した「落語をベースにした一人コント」が転機と
(なりました。それをみたしょうちくげいのうのすたっふにすかうとされ)
なりました。それを見た松竹芸能のスタッフにスカウトされ
(とくたいせい(じゅぎょうりょうめんじょ)としてしょうちくげいのうたれんとすくーるおおさかこうへはいることに。)
特待生(授業料免除)として松竹芸能タレントスクール大阪校へ入ることに。
(とうじはおもしろいともだちにあいにいくくらいのかんかくで、しゅうしょくかつどうもへいこうして)
当時は面白い友達に会いに行くくらいの感覚で、就職活動も並行して
(おこなっていましたが、さいしゅうてきにはげいにんかつどうとがくせいせいかつのりょうりつがむずかしくなった)
行っていましたが、最終的には芸人活動と学生生活の両立が難しくなった
(というりゆうでだいがくをちゅうたいし、ぷろのみちへすすみました。)
という理由で大学を中退し、プロの道へ進みました。
(したづみじだいからぶれいくへのけいれき)
下積み時代からブレイクへの経歴
(おおさかででびゅーしたとうしょは、どうとんぼりのげきじょうをちゅうしんにじみちにらいぶしゅつえんを)
大阪でデビューした当初は、道頓堀の劇場を中心に地道にライブ出演を
(かさねていました。そのご、きょてんをとうきょうにうつしますが、しばらくはなかずとばず)
重ねていました。その後、拠点を東京に移しますが、しばらくは鳴かず飛ばず
(のじきがつづき、しゃっきんをかかえたり、すなっくでのあるばいとでせいけいを)
の時期が続き、借金を抱えたり、スナックでのアルバイトで生計を
(たてたりするりあるなやさぐれせいかつをおくります。かざむきがかわったのは)
立てたりするリアルなやさぐれ生活を送ります。風向きが変わったのは
(2019ねん~2021ねんごろです。)
2019年〜2021年ごろです。
(m-1ぐらんぷりでのちゅうもく:ぴんげいにんでありながら、おなじじむしょのせんぱい)
M−1グランプリでの注目:ピン芸人でありながら、同じ事務所の先輩
(みなみかわさんとそくせきこんびをくんでm-1ぐらんぷりにしゅつじょうし、じゅんじゅんけっしょう)
みなみかわさんと即席コンビを組んでM−1グランプリに出場し、準々決勝
(までしんしゅつしておわらいふぁんのあいだでわだいに。)
まで進出してお笑いファンの間で話題に。
(きょころひーのすたーと:2021ねん、ひなたざか46(とうじ)のさいとうきょうこさんとの)
キョコロヒーのスタート:2021年、日向坂46(当時)の齊藤京子さんとの
(かんむりばんぐみきょころひーがすたーと。2りのかみあわないようでぜつみょうにかみあう)
冠番組キョコロヒーがスタート。2人の噛み合わないようで絶妙に噛み合う
(ろーてんしょんなとーくがだいぶれいくし、いっきにぜんこっくのにんきものとなりました)
ローテンションなトークが大ブレイクし、一気に全国区の人気者となりました
(きんねんのとぴっく:ぶんぴつかとしてのたかいひょうか)
近年のトピック:文筆家としての高い評価
(かのじょのちせいやかんせいをしょうめいするできごととして、2025ねんにはじしんのちょしょ)
彼女の知性や感性を証明する出来事として、2025年には自身の著書
(「だまってしゃべって」でだい31かいしませいれんあいぶんがくしょうをじゅしょうしています。げいにんが)
「黙って喋って」で第31回島清恋愛文学賞を受賞しています。芸人が
(じゅんすいなぶんがくしょうをじゅしょうするのはきわめていれいのかいきょであり、たんなるおわらいげいにんの)
純粋な文学賞を受賞するのは極めて異例の快挙であり、単なるお笑い芸人の
(わくをこえた、するどいげんごせんすとぶんかじんとしてのばっくぐらうんどをうらづける)
枠を超えた、鋭い言語センスと文化人としてのバックグラウンドを裏付ける
(ものとなりました。)
ものとなりました。
(ちょっかくのもじがすきだからと2びょうでなまえをきめ、おちけんでまーじゃんとえいがにおぼれ、いまや)
直角の文字が好きだからと2秒で名前を決め、落研で麻雀と映画に溺れ、今や
(ぶんがくしょうまでとってしまう。かのじょのもつふしぎなふかみ(いわかん)は)
文学賞まで獲ってしまう。彼女の持つ不思議な深み(違和感)は
(このゆにーくすぎるあゆみからしぜんとかもしだされているようです。)
このユニークすぎる歩みから自然と醸し出されているようです。