金起林「星を失った男」随筆

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(じゅうがつなかばをすぎるころ、かじゅえんをせいぎょうとするこのちいさなむらはきゅうにいそがしくなる。)

十月半ばを過ぎる頃、果樹園を生業とするこの小さな村は急に忙しくなる。

(おとこたちはふるいふくをひっぱりだしてきてふくろをかついでかじゅえんへとでていく。)

男たちは古い服を引っぱり出して着て袋を担いで果樹園へと出て行く。

(おんなたちはおっとやあにたちがつんだかじゅのふくろをあたまのうえにのせてせわしげにはこぶ。)

女たちは夫や兄たちが摘んだ果樹の袋を頭の上に載せて忙しげに運ぶ。

(ことしようやくごさいになったくむすんまでたらいにじぶんのあたまよりおおきな)

今年ようやく五歳になったクムスンまでたらいに自分の頭より大きな

(「めいげつ」(なしのなまえ)をよっつほどのせてははおやのあとについていくのをみる。)

「名月」(梨の名前)を四つほどのせて母親の後についていくのを見る。

(なしのきにこしかけたおじいさんのくちもとにはほほえみがうかぶ。)

梨の木に腰かけたおじいさんの口元には微笑が浮かぶ。

(すっかりじゅくしたくだものがはっさんするきょうれつなかおりがひとびとのはなにつく。)

すっかり熟した果物が発散する強烈な香りが人々の鼻につく。

(やがてじゅっけんをこえるちかしつのくらのすみずみには、かくようかくしょくのくだものがやまのように)

やがて十間を超える地下室の蔵の隅々には、各様各色の果物が山のように

(つまれる。つづいて、わたしたちはおばあさんたちがたきだすあついすーぷでいちにちじゅう)

積まれる。続いて、私たちはおばあさんたちが炊きだす熱いスープで一日中

(いてついたおなかをとかしたあと、わたしたちのちゅうじつなともであるおうぎゅうのくびにくだものかごを)

凍てついたおなかを溶かした後、私たちの忠実な友である黄牛の首に果物かごを

(いっぱいにつんだにぐるまをつないで、ここからじゅうり(にほんのいちり)はなれたていりゅうじょへ)

一杯に積んだ荷車をつないで、ここから十里(日本の一里)離れた停留所へ

(よぎしゃのじかんにまにあうようにせわしくぎっしゃをおう。)

夜汽車の時間に間に合うように忙しく牛車を追う。

(「やあ」)

「やあ」

(えきではかおなじみのえきいんがにっこりしてあーくとうをさしだしながら、)

駅では顔なじみの駅員がニッコリしてアーク燈を差し出しながら、

(つぎのかもつれっしゃがつくぷらっとほーむをゆびさす。)

次の貨物列車が着くプラットホームを指差す。

(さいごのつみにまでおろしておうぎゅうのあたまをまわしてやれば、)

最後の積み荷まで降ろして黄牛の頭を回してやれば、

(うしははらっぱのいっぽんのおおきなみちをじぶんのいえにむかってせわしげにあるいていくのである。)

牛は原っぱの一本の大きな道を自分の家に向って忙しげに歩いていくのである。

(わたしたちのこころははじめてきょういちにちのぎむからかいほうされておちつく。)

私たちの心は初めて今日一日の義務から解放されて落ち着く。

(わたしたちはそらのにぐるまのうえにねころぶ。)

私たちは空の荷車の上に寝ころぶ。

(いっぺんのきせつのうたがだれかのくちもとからか、ながれだしたりする。)

一片の季節の歌が誰かの口元からか、流れ出したりする。

など

(いつしかはらっぱはよるのとばりにつつまれる。)

いつしか原っぱは夜の帳に包まれる。

(うみからふいてくるしめったかぜがかおのうえをぬぐいさっていく。)

海から吹いてくる湿った風が顔の上を拭いさっていく。

(ちんもくしたやまはやみのむこうでひじょうにおおきなずうたいをちぢめてすわり、)

沈黙した山は闇の向こうで非常に大きな図体を縮めて座り、

(ほしたちのかくれたうたをぬすみぎきしているようだ。)

星たちの隠れた歌を盗み聞きしているようだ。

(そのころは、たそがれになればわたしはおかのうえにかけあがったりもした。)

その頃は、黄昏になれば私は丘の上に駆け上ったりもした。

(とんでくるほしたちともっとちかくにいってはなしでもしようというように。)

飛んでくる星たちともっと近くに行って話でもしようというように。

(だが、いまむすうのちいさなほしたちはぎんがをわたり、)

だが、今無数の小さな星たちは銀河を渡り、

(さらにとおくへ、とおくへととんでいくではないか。)

さらに遠くへ、遠くへと飛んでいくではないか。

(うちゅうのひみつをかくしたほしたちのうたはきわめてとおいやみのむこうで、)

宇宙の秘密を隠した星たちの歌は極めて遠い闇の向こうで、

(たぶんちいさなてんしたちのみみをたのしませているようだ。)

たぶん小さな天使たちの耳を楽しませているようだ。

(それらはいまのわたしからはひじょうにとおいところにある。)

それらは今の私からは非常に遠いところにある。

(がちゃん、がちゃん、がちゃん。)

がちゃん、がちゃん、がちゃん。

(にぐるまのしゃりんがはつごおりのはったかたいだいちをかむたびに、)

荷車の車輪が初氷の張った固い大地を噛むたびに、

(きんぞくせいのがりがりというおとがじめんからおこる。)

金属性のガリガリという音が地面から起こる。

(いまにぐるまはひろいのはらをつらぬいてころがっていく。)

今荷車は広い野原を貫いて転がっていく。

(そのうえでわたしのめはほしをひとつずつ、ふたつずつうしないながら、)

その上で私の目は星を一つずつ、二つずつ失いながら、

(わたしからとおざかっていくほしたちのながいしっぽについていく。)

私から遠ざかっていく星たちの長い尻尾についていく。

(かつてせいしゅんというとっけんがわたしにうつくしいあのほしたちをおいかけていくげんそうのつばさをくれ)

かつて青春という特権が私に美しいあの星たちを追いかけていく幻想の翼をくれ

(た。だが、いまそのつばさはしおれてしまった。)

た。だが、今その翼は萎れてしまった。

(わたしはいま、わたしのわかいそらをさんらんとかざっていたむすうのほしたちをなくしたかわりに、)

私は今、私の若い空を燦爛と飾っていた無数の星たちを失くした代わりに、

(だいちのうえになにかあしばをさがしている。)

大地の上に何か足場を探している。

(ながいふこうとくなんのあとにかえってくる「かじつをしゅうかくするよろこび」。)

長い不幸と苦難の後に返ってくる「果実を収穫する歓び」。

(はるになれば、わたしたちはのにたねをまく。)

春になれば、私たちは野に種を播く。

(そしてあきになれば、わたしたちのあせとあぶらでそだてたかじつをしゅうかくする。)

そして秋になれば、私たちの汗と脂で育てた果実を収穫する。

(やみのむこうにしずむながいきてきのおと。)

闇の向こうに沈む長い汽笛の音。

(こっきょういきのさいしゅうれっしゃがむこうのえきをしゅっぱつするようだ。)

国境行きの最終列車が向こうの駅を出発するようだ。

(よりたかいところへ、よりたかいところへ、とんでいくほしたち。)

より高いところへ、より高いところへ、飛んでいく星たち。

(わたしはそれらとははんたいのほうこうへ、むねによるをいだいてころがっていくにぐるまにみをまかせる。)

私はそれらとは反対の方向へ、胸に夜を抱いて転がっていく荷車に身を任せる。

(ずいひつ「ほしをうしなったおとこ」1932ねん2がつ「しんとうあ」けいさい。しじん、きむぎりむ23さい。)

随筆「星を失った男」1932年2月「新東亜」掲載。詩人、金起林23歳。

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