ツルゲーネフ はつ恋 ⑬

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(はち あくるあさ、わたしがおちゃにおりてゆくと、はははわたしをしかったけれどーー)

八 あくる朝、わたしがお茶に下りてゆくと、母はわたしを叱ったけれど――

(おもったほどのことはなく、ゆうべどんなふうにしてすごしたのかを、わたしに)

思ったほどのことはなく、ゆうべどんな風にして過ごしたのかを、わたしに

(はなしをさせた。わたしはことばすくなにおうとうしながら、こまかなてんはどしどしはぶいて、)

話をさせた。私は言葉少なに応答しながら、細かな点はどしどしはぶいて、

(ぜんたいとしておおいにむじゃきなかんじをあたえるようにつとめた。)

全体として大いに無邪気な感じをあたえるようにつとめた。

(「とにかくあのひとたちは、まともなれんちゅう”こむ・いる・ふぉー”じゃありません」)

「とにかくあの人達は、まともな連中”コム・イル・フォー”じゃありません」

(と、はははくぎをさした。「だからおまえも、あんなところへでいりするかわりに、)

と、母は釘をさした。「だからお前も、あんなところへ出入りする代わりに、

(ちゃんとべんきょうして、しけんのじゅんびをするんですよ」)

ちゃんと勉強して、試験の準備をするんですよ」

(わたしのべんきょうにたいするははのはいりょが、わずかこのすうごにつきていることは、)

わたしの勉強に対する母の配慮が、わずかこの数語に尽きていることは、

(わたしもこころえているから、べつにくちごたえをするひつようはないとおもった。)

わたしも心得ているから、別に口答えをする必要はないと思った。

(ところがおちゃがすむと、ちちはわたしとうでをくんで、いっしょににわへでていきながら、)

ところがお茶が済むと、父はわたしと腕を組んで、一緒に庭へ出て行きながら、

(わたしがざせーきんけでみたことを、ちくいちわたしにものがたらせた。)

わたしがザセーキン家で見たことを、逐一わたしに物語らせた。

(ちちはわたしに、きみょうなえいきょうりょくをもっていたし、そういえば、たがいのかんけいにした)

父はわたしに、奇妙な影響力を持っていたし、そう言えば、互いの関係にした

(ところで、やはりきみょうなものだった。ちちはわたしのきょういくのことには、)

ところで、やはり奇妙なものだった。父はわたしの教育のことには、

(ふうばぎゅうだったが、さりとてわたしをばかにするようなまねはついぞしたことがない。)

風馬牛だったが、さりとて私を馬鹿にするような真似はついぞしたことがない。

(ちちはわたしのじゆうをそんちょうしていたばかりか、さらにすすんで、ちょっとみょうないいかただが、)

父は私の自由を尊重していたばかりか、更に進んで、ちょっと妙な言い方だが、

(わたしにたいしていんぎんでさえあった。・・・ただし、ちかくへはよせつけないのである。)

私に対して慇懃でさえあった。・・・ただし、近くへは寄せ付けないのである。

(わたしはちちをあいし、ちちにみとれて、これこそだんせいというもののてんけいだと)

わたしは父を愛し、父に見とれて、これこそ男性というものの典型だと

(おもっていた。だから、じっさいのはなしが、わたしはもっとつよくつよく、ちちになついた)

思っていた。だから、実際の話が、わたしはもっと強く強く、父になついた

(はずだが、ただちちのてがわたしをおしのけているようなかんじが、しょっちゅうあって)

はずだが、ただ父の手が私を押し退けているような感じが、しょっちゅうあって

(それがじゃまになったのだ!そのかわり、ちちさえそのきになれば、ほとんど)

それが邪魔になったのだ!その代り、父さえその気になれば、ほとんど

など

(いっしゅんにして、ただのひとこと、ただのひとうごきでもって、ちちにたいするむげんのしんらいかんを、)

一瞬にして、ただの一言、ただの一動きでもって、父に対する無限の信頼感を、

(わたしのむねによびさますことができた。わたしはこころにあけひろげて、)

わたしの胸に呼び覚ますことができた。わたしは心にあけひろげて、

(まるであいてがそうめいなともだちか、しんせつなせんせいでもあるように、ちちとおしゃべりを)

まるで相手が聡明な友達か、親切な先生でもあるように、父とおしゃべりを

(はじめるのだが・・・やがてまたふいに、ちちはわたしをほうりだしてしまう。)

始めるのだが・・・やがてまた不意に、父はわたしをほうり出してしまう。

(ーーまたしてもそのてがわたしをおしのける。)

ーーまたしてもその手がわたしを押し退ける。

(いかにもあいそのいい、ものやわらかなてつきだが、とにかくおしのけるのである。)

いかにも愛想のいい、もの柔らかな手つきだが、とにかく押し退けるのである。

(ちちもときには、うきうきしたきぶんになることがあって、そうなるとわたしをあいてに、)

父も時には、浮き浮きした気分になることがあって、そうなると私を相手に、

(まるでこどものように、ふざけたり、はねたりするのをいとわなかった)

まるで子供のように、ふざけたり、はねたりするのをいとわなかった

((ちちは、はげしいにくたいのうんどうなら、なんでもすきだった)。)

(父は、激しい肉体の運動なら、なんでも好きだった)。

(いちどーーあとにもさきにもただのいちどきりだが!--ちちがとてもやさしくわたしを)

一度ーーあとにも先にも唯の一度きりだが!--父がとても優しくわたしを

(かわいがってくれて、そのためあやうくわたしがなきだしそうになったことがある。)

可愛がってくれて、そのため危うくわたしが泣き出しそうになったことがある。

(・・・しかし、そのうきうきしたきぶんも、やさしさも、すぐまたあとかたもなく)

・・・しかし、その浮き浮きした気分も、やさしさも、すぐまた跡形もなく

(きえて、--げんにふたりのあいだにおこったことがらから、なにかしらこんごのきたいを)

消えて、--現に二人の間に起った事柄から、何かしら今後の期待を

(ひきだすなどということは、とてもできないそうだんだった。)

引き出すなどという事は、とてもできない相談だった。

(まあなにもかも、ゆめでみたようなものだったのだ。)

まあ何もかも、夢でみたようなものだったのだ。

(よくわたしは、ちちのかしこそうな、うつくしい、すみきったかおを、じっとみているうちに)

よくわたしは、父の賢そうな、美しい、澄みきった顔を、じっと見ているうちに

(・・・むねがどきどきして、みもこころもちちのほうへすいよせられるようなきがした。)

・・・胸がどきどきして、身も心も父の方へ吸い寄せられるような気がした。

(・・・するとちちは、そういうわたしのきもちにかんづきでもしたようにひょいと)

・・・すると父は、そういう私の気持ちに感づきでもしたようにひょいと

(とおりすがりにわたしのほおをかるくたたいて、--それなりむこうへいってしまうか、)

通りすがりに私の頬を軽く叩いて、--それなり向こうへ行ってしまうか、

(なにかしごとをやりだすか、さもなければ、いきなりあたまからあしのさきまで、)

何か仕事をやり出すか、さもなければ、いきなり頭から足の先まで、

(こおりついたようにつめたくなってしまう。そのつめたくなりようときたら、)

凍りついたように冷たくなってしまう。その冷たくなりようときたら、

(ほかのひとにはみられないちちどくとくのもので、)

ほかの人には見られない父独特のもので、

(それをみせられるとわたしはたちまちちぢみあがって、)

それを見せられると私はたちまち縮み上がって、

(やはりさむざむとしたきもちになるのだった。)

やはり寒々とした気持になるのだった。

(ごくまれに、ちちはほっさてきにわたしにこういをしめしはしたが、それはけっして、)

ごく稀に、父は発作的にわたしに好意を示しはしたが、それは決して、

(くちにこそださないがひとめでそれとさっせられるわたしのあいがんによって、ひきおこされた)

口にこそ出さないが一目でそれと察せられる私の哀願によって、引き起こされた

(ものではない。それは、いつもきまって、ふいにおこるのだった。)

ものではない。それは、いつも決まって、不意に起こるのだった。

(あとになって、ちちのせいかくをいろいろかんがえてみたあげく、わたしのたっしたけつろんは、)

あとになって、父の性格をいろいろ考えてみたあげく、私の達した結論は、

(ちちとしてはわたしやかていせいかつなんぞを、かえりみるひまがなかったということである。)

父としては私や家庭生活なんぞを、顧みる暇がなかったという事である。

(ちちは、あるべつのものをあいしていて、そのべつのもので、すっかりたんのう)

父は、ある別のものを愛していて、その別のもので、すっかり堪能

(していたのである。”とれるだけじぶんのてでつかめ、ひとのてにあやつられるな。)

していたのである。”取れるだけ自分の手でつかめ、人の手にあやつられるな。

(じぶんがじぶんみずからのものであることーーじんせいのみょうしゅはつまりそこだよ”)

自分が自分みずからのものであることーー人生の妙趣はつまりそこだよ”

(と、あるときちちはわたしにかたった。)

と、ある時父はわたしに語った。

(またべつのとき、わたしはわかきみんしゅしゅぎしゃとして、ちちのめんぜんで、)

また別の時、わたしは若き民主主義者として、父の面前で、

(とうとうとじゆうをろんじはじめたことがある(ちちはそのひは、)

とうとうと自由を論じ始めたことがある(父はその日は、

(わたしのとうじのいいかたでいうと”やさし”かった。)

わたしの当時の言い方でいうと”優し”かった。

(そんなときには、どんなはなしをもちだそうとかってだった)。)

そんな時には、どんな話を持ち出そうと勝手だった)。

(「じゆうか」と、ちちはひきとって、「だがね、にんげんにじゆうをあたえてくれるもの)

「自由か」と、父は引き取って、「だがね、人間に自由を与えてくれるもの

(はなにか。おまえはしっているかね?」「なんです?」)

は何か。お前はしっているかね?」「なんです?」

(「いしだよ。じぶんじしんのいしだよ。これは、けんりょくまでもあたえてくれる。)

「意志だよ。自分自身の意志だよ。これは、権力までも与えてくれる。

(じゆうよりもっととうといけんりょくをね。ほっするーーということができたら、)

自由よりもっと貴い権力をね。欲するーーということができたら、

(じゆうにもなれるし、うえにたつこともできるのだ」)

自由にもなれるし、上に立つこともできるのだ」

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