ああ玉杯に花うけて 第四部 2

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大正時代の少年向け小説です!
佐藤紅緑のああ玉杯に花うけてです。現在では不適切とされている表現を含みます。

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問題文

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(「だがせんせいたちのかおいろでみると、やなぎのほうへつくほうがりえきだ、)

「だが先生達の顔色で見ると、柳の方へつく方が利益だ、

(そうだ、やなぎのみまいにいってやろう」がっこうではしょくいんかいぎがたけなわであった。)

そうだ、柳の見舞いにいってやろう」学校では職員会議がたけなわであった。

(さかいのらんぼうについてはなんにんもへいそふんがいしていることである。)

阪井の乱暴については何人も平素憤慨していることである。

(ひとびとはくちをそろえてさかいをたいこうにしょすべきむねをしゅちょうした。)

人々は口をそろえて阪井を退校に処すべき旨を主張した。

(「しけんのとうあんに、えんぐんきたらずれいはいすとかくなんて、こんならんぼうなはなしは)

「試験の答案に、援軍きたらず零敗すと書くなんて、こんな乱暴な話は

(ありません」ときかがくのせんせいがいった。「しかし」とかんがくのせんせいがいった、)

ありません」と幾何学の先生がいった。「しかし」と漢学の先生がいった、

(「さかいはらんぼうだがきわめてじゅんなてんがあります、うそをつかない、)

「阪井は乱暴だがきわめて純な点があります、うそをつかない、

(てづかのようにこざいくをしない、おだてられてけんかをするが、もののりくつが)

手塚のように小細工をしない、おだてられて喧嘩をするが、ものの理屈が

(わからないほうでもない、むろんこんどのことはとうかんにふすべからざることですが、)

わからないほうでもない、無論今度のことは等閑に付すべからざることですが、

(たいこうはすこしこくにすぎはしますまいか」「いや、あいつははれんちざいをおかして)

退校は少し酷にすぎはしますまいか」「いや、あいつは破廉恥罪をおかして

(へいきでいます、ひとのはたけのいもをほる、だがしやのかしをかっぱらう、)

平気でいます、人の畑のいもを掘る、駄菓子屋の菓子をかっぱらう、

(ついこのごろとうふやのおりづめをごうだつしてそのためにとうふやのおやじがふくしゅうをして)

ついこのごろ豆腐屋の折詰を強奪してそのために豆腐屋の親父が復讐をして

(ろうごくにとうぜられたしまつ、わたしがいくどもくんかいしたがききません、)

牢獄に投ぜられた始末、私がいくども訓戒したがききません、

(かれのためにぜんこうのきふうがあっかしてきました、ざっそうをかりとらなければ)

かれのために全校の気風が悪化してきました、雑草を刈り取らなければ

(ほかのゆうしゅうなくさがせいちょうをさまたげられます、これはなんとかして)

他の優秀な草が生長をさまたげられます、これはなんとかして

(だんこたるしょぶんにでなければなりますまい、いかがですかこうちょう」)

断固たる処分にでなければなりますまい、いかがですか校長」

(あさいせんせいがこういったとき、いちどうのめがこうちょうにそそがれた。こうちょうはせんこくから)

朝井先生がこういったとき、一同の目が校長に注がれた。校長は先刻から

(もくねんとしてひとこともいわずにまなこをとじていたがこのときようやくまなこを)

黙然として一言もいわずにまなこを閉じていたがこのときようやくまなこを

(みひらいた。なみだがまつげをつたうててーぶるにぽたりぽたりこぼれた。)

みひらいた。涙が睫毛を伝うてテーブルにぽたりぽたりこぼれた。

(「わかりました、しょくんのいうところがよくわかりました、じつはわたしは)

「わかりました、諸君のいうところがよくわかりました、実は私は

など

(このことあるをうれいて、ぜんごごかいほどさかいのちちをたずねてちゅうこくしたのです、)

このことあるを憂いて、前後五回ほど阪井の父をたずねて忠告したのです、

(それにかかわらずかれのちちはかれをげんじゅうにいましめないのです、これだけに)

それにかかわらずかれの父はかれを厳重にいましめないのです、これだけに

(てをつくしてもかいしゅんせず、そのあくふうをぜんこうにおよぼすのをみると、いまは)

手を尽くしても改悛せず、その悪風を全校におよぼすのを見ると、いまは

(だんこたるしょちをとらなきゃならないばあいだとおもいます。しかしながらしょくん、)

断固たる処置をとらなきゃならない場合だと思います。しかしながら諸君、

(しかしながら・・・・・・」こうちょうのごきはしだいにねっしてきた。「きりすとのことばに)

しかしながら……」校長の語気は次第に熱してきた。「キリストの言葉に

(きゅうじゅうきゅうのひつじをさしおいてもいっとうのまよえるひつじをすくえというのがあります)

九十九のひつじをさしおいても一頭の迷える羊を救えというのがあります

(あれだけわるいかていにそだってあれだけわるいことをするさかいはにくいにちがい)

あれだけ悪い家庭に育ってあれだけ悪いことをする阪井は憎いにちがい

(ないが、それだけになおかわいそうじゃありませんか、)

ないが、それだけになおかわいそうじゃありませんか、

(あんなわるいことをはたらいてそれがわるいことだとしらずにいるさかいいわおをだれが)

あんな悪いことを働いてそれが悪いことだと知らずにいる阪井巌をだれが

(すくうてくれるでしょうか、ぜんりょうなひつじはてをかけずともぜんりょうにそだつが、)

救うてくれるでしょうか、善良なひつじは手をかけずとも善良に育つが、

(わるいひつじをぜんりょうにするのはひつじかいのぎむではありますまいか、いまここで)

悪いひつじを善良にするのはひつじかいの義務ではありますまいか、いまここで

(たいこうにされればかれはふりょうしょうねんとしてふたたびただしきがっこうへゆくことが)

退校にされればかれは不良少年としてふたたび正しき学校へ行くことが

(できなくなり、ますますじぼうじきになります、そうすると、ひとりのおとこを)

できなくなり、ますます自暴自棄になります、そうすると、ひとりの男を

(みすみすだらくさせるようなものです、すくいえるみちがあるならすくうてやりたい)

みすみす堕落させるようなものです、救い得る道があるなら救うてやりたい

(ですな」「いかにもなあ」かんたんのこえがおこった、ひとびとはこうちょうが)

ですな」「いかにもなア」感嘆の声が起こった、人々は校長が

(せいとをあいするねんのふかきにいまさらながらおどろいた。)

生徒を愛する念の深きにいまさらながらおどろいた。

(「ごもっともです」とあさいせんせいはいった。「こうちょうのなさけぶかいおせつにたいしては)

「ごもっともです」と朝井先生はいった。「校長の情け深いお説に対しては

(もうしあげようもありません、しかしきょういくしゃはいっとうのひつじのためにきゅうじゅうきゅうのひつじ)

もうしあげようもありません、しかし教育者は一頭のひつじのために九十九の羊

(をすてることはできません、ひとりのこれらかんじゃのためにぜんこうのせいとを)

を捨てることはできません、ひとりのコレラ患者のために全校の生徒を

(ころすことはできません、さかいについてはしはんこうからもくじょうがきております、)

殺すことはできません、阪井については師範校からも苦情がきております、

(かれのちちはかれよりもきょうあくです、しかもせいとうのゆうりょくしゃでありじょやくであるところ)

かれの父はかれよりも凶悪です、しかも政党の有力者であり助役であるところ

(からしてそのこがどんなわるいことをしてもばっすることができないのだと)

からしてその子がどんな悪いことをしても罰することができないのだと

(せけんでがっこうをちょうしょうしています、がっこうのいげんがひとたびくずれるとせいとが)

世間で学校を嘲笑しています、学校の威厳が一たびくずれると生徒が

(けっしてわれわれのくんかいをきかなくなります。かたがたこのばあい)

決してわれわれの訓戒をきかなくなります。かたがたこの場合

(だんこたるしょちをとられることをきぼういたします」)

断固たる処置をとられることを希望致します」

(「よろしい、きめましょう、いっしゅうかんのていがくにしましょう、それでもだめだったら)

「よろしい、きめましょう、一週間の停学にしましょう、それでもだめだったら

(たいこうにしましょう、どんなつみがあろうと、そのつみのいっぱんはわたしのとくの)

退校にしましょう、どんな罪があろうと、その罪の一半は私の徳の

(たらないためだとわたしはおもいます、わたしもふかくはんせいしましょう、しょくんもよりいじょうに)

足らないためだと私は思います、私も深く反省しましょう、諸君もより以上に

(ちゅういしてください、わるいおやをもったいちしょうねんをがっこうがみすてたら、)

注意してください、悪い親を持った一少年を学校が見捨てたら、

(もうそれっきりですからなあ」かんだいすぎるとはおもったがあさいせんせいはこうちょうの)

もうそれっきりですからなあ」寛大すぎるとは思ったが朝井先生は校長の

(うつくしいこころにうたれてはんたいすることができなくなった、ひとびとはちんもくした。)

美しい心に打たれて反対することができなくなった、人々は沈黙した。

(そうしてしずかにかいぎをおわった。「こんなにありがたいこうちょうおよび)

そうしてしずかに会議をおわった。「こんなにありがたい校長および

(しょくいんいちどうのこころもちがさかいにわからんのかなあ」としょういはなみだぐんでいった。)

職員一同の心持ちが阪井にわからんのかなア」と少尉は涙ぐんでいった。

(ていがくをめいずというけいじがよくじつかかげられたとき、せいといちどうはばんざいをさけんだ。)

停学を命ずという掲示が翌日掲げられたとき、生徒一同は万歳を叫んだ。

(だがそれとどうじにさかいはたいこうとどけをだした。こうちょうはいくどもさかいのいえをとうて)

だがそれと同時に阪井は退校届けをだした。校長はいくども阪井の家を訪うて

(たいこうとどけのてっかいをすすめたがきかなかった。こうちょうはまたまたやなぎのみまいにいった)

退校届けの撤回をすすめたがきかなかった。校長はまたまた柳の見舞いにいった

(こういちのふしょうはあさかったが、なにかのばいきんにふれてかおがいちめんにはれあがった。)

光一の負傷は浅かったが、なにかの黴菌にふれて顔が一面にはれあがった。

(かれのはははまいにちみまいのひとびとにこういってなみだをこぼした。「さかいのせがれに)

かれの母は毎日見舞いの人々にこういって涙をこぼした。「阪井のせがれに

(こんなにひどいめにあわされましたよ」それをみてちちのとしさぶろうは)

こんなにひどいめにあわされましたよ」それを見て父の利三郎は

(ははをしかりつけた。「ぐちをいうなよ、おとこのこはそとへでると)

母をしかりつけた。「愚痴をいうなよ、男の子は外へ出ると

(けんかをするのはしかたがない、せんぽうのこをけがさせるよりも)

喧嘩をするのは仕方がない、先方の子をけがさせるよりも

(いえのこがけがするほうがいい」そのころまちまちはちょうかいぎいんのせんきょで)

家の子がけがするほうがいい」そのころ町々は町会議員の選挙で

(かなえのわくがごとくこんらんした、あらゆるしょうてんのしゅじんはほとんどみせをからにして)

鼎のわくがごとく混乱した、あらゆる商店の主人はほとんど店を空にして

(ほんそうした。えんぜつかいのびらがでんしんばしらやつじつじにはりだされ、いえいえはうんどういんのおうせつに)

奔走した。演説会のビラが電信柱や辻々にはりだされ、家々は運動員の応接に

(せわしく、りょうりやにはどうしかいせんぞくのものとりっけんとうせんぞくのものとができた。)

せわしく、料理屋には同志会専属のものと立憲党専属のものとができた。

(さかいごうたはいわおのちちである、むかしからどうしかいにぞくしそのかんぶとしてしられている、)

阪井猛太は巌の父である、昔から同志会に属しその幹部として知られている、

(そのはんたいにやなぎとしさぶろうはりっけんとうであった、そういうじじょうからりょうけはなんとなく)

その反対に柳利三郎は立憲党であった、そういう事情から両家はなんとなく

(ふわである、のみならずこのせわしいせんきょさわぎのさいちゅうにさかいのむすこが)

不和である、のみならずこのせわしい選挙さわぎの最中に阪井の息子が

(やなぎのむすこのひたいをわったというので、それをせいとうあらそいのいみにいいふらすものも)

柳の息子の額をわったというので、それを政党争いの意味にいいふらすものも

(あった。しだいしだいにかいふくにむかったこういちはきくともなしにせんきょのはなしをきいた。)

あった。次第次第に快復に向かった光一は聞くともなしに選挙の話を聞いた。

(「わたしはしょうにんだからな、せいとうにはあまりふかいりせんようにしている」)

「私は商人だからな、政党にはあまり深入りせんようにしている」

(こういつもいっていたちちが、きゅうにせんきょにねっしてきたことをふしぎにおもった、)

こういつもいっていた父が、急に選挙に熱してきたことをふしぎに思った、

(せんきょはほけつせんきょであるから、たったひとりのそうだつである)

選挙は補欠選挙であるから、たったひとりの争奪である

(だがひとりであるだけにきょうそうがはげしい。せいとうのことなんか)

だがひとりであるだけに競争がはげしい。政党のことなんか

(どうでもかまわないとおもったこういちも、ちちがねっししんせきがねっし)

どうでもかまわないと思った光一も、父が熱し親戚が熱し

(でいりのものどもがねっするにつれて、しぜんなんとかしてりっけんとうがかてばよいと)

出入りの者どもが熱するにつれて、自然なんとかして立憲党が勝てばよいと

(おもうようになった。せんきょのきじつがちかづくにしたがってまちまちのきょうねつがますます)

思うようになった。選挙の期日が近づくにしたがって町々の狂熱がますます

(くわわった。ちょうどそのときだれがいうとなく、)

加わった。ちょうどそのときだれが言うとなく、

(とうふやのかくへいがしゅつごくするといううわさがひろまった。)

豆腐屋の覚平が出獄するといううわさが拡まった。

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