ああ玉杯に花うけて 第六部 1

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プレイ回数484難易度(4.5) 5646打 長文
大正時代の少年向け小説!
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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りっつ 5062 B+ 5.2 97.0% 1060.8 5540 170 78 2024/04/14
2 Par100 3623 D+ 3.7 95.8% 1463.9 5543 239 78 2024/04/14

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問題文

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(こはらほしゅはいつもよりはやくめをさましそれからじゅっぱいのつるべみずをあびしんしんを)

小原捕手はいつもよりはやく目をさましそれから十杯のつるべ水を浴び心身を

(きよめてからやねにあがってあさひをおがんだ。これはいかなるげんとうといえども)

きよめてから屋根にあがって朝日をおがんだ。これはいかなる厳冬といえども

(いちどもやすんだことのないかれのにっかである。れいすいによってねむけとだきとを)

一度も休んだことのないかれの日課である。冷水によって眠気と惰気とを

(はらい、さわやかなあさひをおがんでせいしんなえいきをうける。だがこのひはいつも)

はらい、さわやかな朝日をおがんで清新な英気を受ける。だがこの日はいつも

(よりかなしかった、ぜんこうせいとのたんがんがあったにかかわらずくぼいこうちょうのてんにんを)

より悲しかった、全校生徒の歎願があったにかかわらず久保井校長の転任を

(ひるがえすことができなかった。きょうはこうちょうがいよいようらわをさるひである。)

ひるがえすことができなかった。今日は校長がいよいよ浦和を去る日である。

(おおいそぎであさめしをすましかれはすぐやなぎのいえをたずねた、やなぎもまたこはらをたずねよう)

大急ぎで朝飯をすましかれはすぐ柳の家をたずねた、柳もまた小原をたずねよう

(といえをでかけたところであった。「いよいよだめだね」とやなぎはいった、へいそ)

と家をでかけたところであった。「いよいよだめだね」と柳はいった、平素

(おんわなかれににずこのひはさっとかおをそめていちまつひふんのきがかおにあふれていた。)

温和なかれに似ずこの日はさっと顔を染めて一抹悲憤の気が顔にあふれていた。

(「しかたがないよ」とこはらはいった。ふたりはあさひのひかりがたてにながれるまちをひがしに)

「しかたがないよ」と小原はいった。ふたりは朝日の光が縦に流れる町を東に

(むかってあるいた。「ところでねきみ」とこはらはしばらくあっていった。)

向かって歩いた。「ところでね君」と小原はしばらくあっていった。

(「きょうのみおくりだがね、もしせいとがかるがるしくさわぎだすようなことがあると、)

「今日の見送りだがね、もし生徒が軽々しくさわぎだすようなことがあると、

(こうちょうせんせいがぼくらをせんどうしたとうたぐられるから、このてんだけはどうしても)

校長先生がぼくらを扇動したと疑られるから、この点だけはどうしても

(つつしまなきゃならんよ」「ぼくもそうおもったからきみにそうだんしようと)

つつしまなきゃならんよ」「ぼくもそう思ったからきみに相談しようと

(おもってでかけたんだ」「そうか、そうか」とこはらはおとならしくうなずいて、)

思ってでかけたんだ」「そうか、そうか」と小原はおとならしくうなずいて、

(「いちばんもうれつなのはさんねんだからね、ぼくはさくやもおそくまであるきまわって)

「一番猛烈なのは三年だからね、ぼくは昨夜もおそくまで歩きまわって

(せっぽうしたよ、にねんはきみにたのむよ、いいか、どうしてもわかれなきゃならない)

説法したよ、二年は君にたのむよ、いいか、どうしてもわかれなきゃならない

(ものならぼくらはせいしゅくにこうちょうをみおくろうじゃないか」「ぼくもそうおもうよ」)

ものならぼくらは静粛に校長を見送ろうじゃないか」「ぼくもそう思うよ」

(「じゃそのつもりでやってくれ、だがさんねんはどうかな」こはらはしきりに)

「じゃそのつもりでやってくれ、だが三年はどうかな」小原はしきりに

(さんねんのことをしんぱいしていた、いずれのちゅうがっこうでもいちばんぎょしがたいのはさんねんせいで)

三年のことを心配していた、いずれの中学校でも一番御しがたいのは三年生で

など

(ある、いちねんにねんはまだこどもらしいてんがある、よねんごねんになると、そろそろ)

ある、一年二年はまだ子供らしい点がある、四年五年になると、そろそろ

(しりょふんべつができる、ひとりさんねんはたんじゅんであるかわりにげんきがはつらつとして)

思慮分別ができる、ひとり三年は単純であるかわりに元気が溌剌として

(じょうきをいっする、しかもゆうめいなきまたらいおんがぎゅうじをとっている、こうちょうてんにんの)

常軌を逸する、しかも有名な木俣ライオンが牛耳をとっている、校長転任の

(ひろうがあってかららいおんはじゅっぴきのへびをまちやくばへはなそうとけいかくしている)

披露があってからライオンは十ぴきのへびを町役場へ放そうと計画している

(といううわさをきいた、またこうちょうをみおくってからそのあしでけんちょうややくばをおそおう)

といううわさを聞いた、また校長を見送ってからその足で県庁や役場を襲おう

(というけいかくもあるときいている。こはらにはかれらのきもちはじゅうぶんにわかっていた)

という計画もあると聞いている。小原にはかれらの気持ちは十分にわかっていた

(かれらがそんなことをせずとも、こはらじしんがまっさきになってぼうどうをおこしたい)

かれらがそんなことをせずとも、小原自身がまっさきになって暴動を起こしたい

(のである、だがかれはこうちょうのねつれつなえんぜつと、そのいわんとしていわざるまんぷくの)

のである、だがかれは校長の熱烈な演説と、そのいわんとしていわざる満腹の

(ふへいをしのんで、がくせいはがくせいらしくすべしというくんかいをたれたけいけんなたいど)

不平をしのんで、学生は学生らしくすべしという訓戒をたれた敬虔な態度

(をみると、たけやりむしろばたのぼうどうよりも、せいしゅくのほうがどれだけりっぱかしれない)

を見ると、竹やりむしろ旗の暴動よりも、静粛の方がどれだけりっぱかしれない

(というようようたいかいのごときかんかつなきもちがぜんしんにみなぎった。かれははじめて)

という溶々大海のごとき寛濶な気持ちが全身にみなぎった。かれははじめて

(こうちょうせんせいのいだいさがわかった。せんせいはなんのていこうもせずにこのちほうのきょういくかいの)

校長先生の偉大さがわかった。先生はなんの抵抗もせずにこの地方の教育界の

(しょうらいのためによろこんでじゅうじかについたのである、せんせいはうらわのまちびとが)

将来のために喜んで十字架についたのである、先生は浦和の町人が

(かならずそのふせいふぎをはんせいするときがくるとじしんしているのだ。)

かならずその不正不義を反省するときがくると自信しているのだ。

(こはらはこういうことをやなぎにかたった。「ねえきみ、ぼくにはよくせんせいのきもちが)

小原はこういうことを柳に語った。「ねえきみ、ぼくにはよく先生の気持ちが

(わかった、それはね、ぼくがきゃっちゃをやってるからだよ、きゃっちゃはけっして)

わかった、それはね、ぼくが捕手をやってるからだよ、捕手は決して

(じぶんだけのことをかんがえちゃいかんのだ、ぜんたいのことを・・・・・・みんなのことをだいいちに)

自分だけのことを考えちゃいかんのだ、全体のことを……みんなのことを第一に

(かんがえなけりゃならない、ちょうどこうちょうはきゃっちゃのようなものだからね」)

考えなけりゃならない、ちょうど校長は捕手のようなものだからね」

(「そうかね」やなぎはひどくかんがいにうたれていった。そうしてくちのなかで、)

「そうかね」柳はひどく感慨にうたれていった。そうして口の中で、

(「みんなのことみんなのこと」とくりかえした。ふたりはていしゃじょうへゆくと)

「みんなのことみんなのこと」とくりかえした。ふたりは停車場へゆくと

(はやひがしからにしからみなみからきたからみおくりのせいとがさんさんごごあつまりつつあった。)

はや東から西から南から北から見送りの生徒が三々五々集まりつつあった。

(きのうのもうしあわせでせいとはことごとくわふくであつまることになっていた、)

昨日の申しあわせで生徒はことごとく和服で集まることになっていた、

(しろがすりにおぐらのはかま、てぬぐいをひだりのこしにさげて、ほおばのげたを)

白がすりに小倉のはかま、手ぬぐいを左の腰にさげて、ほおばのげたを

(がらがらひきずるさまがめずらしいので、まちのひとびとはなにごとがはじまったかと)

がらがら引きずるさまがめずらしいので、町の人々はなにごとがはじまったかと

(あやしんだ。あつまるものはことごとくしょうそうのし、ふきだしそうなちは)

あやしんだ。集まるものはことごとく少壮の士、ふきだしそうな血は

(ぜんしんにおどっている、そのうつぼつたるかっきはなにものかにふれるとばくはつする、)

全身におどっている、その欝勃たる客気はなにものかにふれると爆発する、

(しかもいまやなみだをもってじふのごとくけいあいするこうちょうとわかれんとするのである。)

しかも今や涙をもって慈父のごとく敬愛する校長とわかれんとするのである。

(きけんはこっこくにせまってくる。かれらはなにをみてもさわいだ。うまがにぐるまをひいて)

危険は刻々にせまってくる。かれらはなにを見てもさわいだ。馬が荷車をひいて

(はしったといってはかっさいし、おばあさんがころんだといってはかっさいし、)

走ったといっては喝采し、おばあさんが転んだといっては喝采し、

(じゅんさがまんじゅうをくっているのをみてはかっさいした。こはらはきわめててぎわよく)

巡査が饅頭を食っているのを見ては喝采した。小原はきわめて手際よく

(かれらをちんぶした、かれはへいそちんもくであるかわりにこういうときには)

かれらを鎮撫した、かれは平素沈黙であるかわりにこういうときには

(われがねのようなこえでいちどうをせいするのであった。やきゅうじあいのときどんな)

われ鐘のような声で一同を制するのであった。野球試合のときどんな

(なんせんにおちいってもかれはますくをぬぎりょうてをあげて「しっかりやれよ」と)

難戦におちいってもかれはマスクをぬぎ両手をあげて「しっかりやれよ」と

(さけぶと、さんぐんのげんきにわかにしんしゅくするのであった。かれはいちどうをひろばのかたがわに)

叫ぶと、三軍の元気にわかに振粛するのであった。かれは一同を広場の片側に

(せいれつさせた、なんにんもかれのいのちにそむくものはなかった、がしかしひとびとのひつうとふんぬは)

整列させた、何人も彼の命に背くものはなかった、がしかし人々の悲痛と憤怒は

(どうしてもおさえきることはできなかった。いちねんをせいすればにねんがさわぎだし、)

どうしてもおさえきることはできなかった。一年を制すれば二年が騒ぎだし、

(にねんをせいすればまたいちねんがくずれる、さすがによねんごねんはしゅくぜんとして)

二年を制すればまた一年がくずれる、さすがに四年五年は粛然として

(なみだをのんでいる。これらのどうようのはとうのなかをくぐりぬけてこはらはとうざいに)

涙をのんでいる。これらの動揺の波濤の中をくぐりぬけて小原は東西に

(かけずりまわった、かれはぼうしをぬいでそれをもくひょうにふりふりさけんだ。)

かけずりまわった、かれは帽子をぬいでそれを目標にふりふり叫んだ。

(そのひとえはあせにびしょぬれていた、かれはひたいからあめのごとくつたわりおちる)

その単衣は汗にびしょぬれていた、かれはひたいから雨のごとく伝わり落ちる

(あせをてぬぐいでふきふきした。このさわぎのうちにひとびとはいっそうふあんのねんを)

汗を手ぬぐいで拭き拭きした。このさわぎのうちに人々は一層不安の念を

(おこしたのはさんねんせいのぜんぶがみえないことであった。「さんねんがこない」)

起こしたのは三年生の全部が見えないことであった。「三年がこない」

(くちからくちにつたわってひとびとはののしりたてた。「さんねんのやつはふらちだ」)

口から口に伝わって人々はののしりたてた。「三年のやつは不埓だ」

(だがこのののしりはすぐいっしゅのはんぱつてきなかっさいとかわった。「さんねんはぜんぶけっそくして)

だがこのののしりはすぐ一種の反撥的な喝采とかわった。「三年は全部結束して

(つぎのえきのわらびでこうちょうをみおくるらしい」「いやあかばねまでこうちょうとどうしゃするけいかくだ」)

つぎの駅の蕨で校長を見送るらしい」「いや赤羽まで校長と同車する計画だ」

(このほうちはたしかにひとびとのむねをうった、とまたひほうがきた。「かとれっとせんせいが)

この報知はたしかに人々の胸をうった、とまた飛報がきた。「カトレット先生が

(じひょうをだしたそうだ、かんぶんのせんせいはこうちょうをみおくってからじしょくするそうだ」)

辞表をだしたそうだ、漢文の先生は校長を見送ってから辞職するそうだ」

(このうわさはますますいちどうのしんけいをいらだたせた。「がっこうをやいてしまえ」)

このうわさはますます一同の神経をいらだたせた。「学校を焼いてしまえ」

(だれいうとなくこのこえがひじょうなちからをもってでんぱした。「しずかにしたまえ、しょくん)

だれいうとなくこの声が非常な力をもって伝播した。「しずかにしたまえ、諸君

(けっしてかるがるしいことをしてくれるな」こはらはちまなこになってさけびまわった、)

決して軽々しいことをしてくれるな」小原は血眼になって叫まわった、

(とこのときさんねんせいはつきのみやじんじゃにあつまってなにごとかをけいかくしているという)

とこのとき三年生は調神社に集まって何事かを計画しているという

(うわさがたった。「いってみる」とこはらはいった。「やなぎくん、しばらく)

うわさがたった。「いってみる」と小原はいった。「柳君、しばらく

(たのむぜ」かれはげたをぬぎすててはだしになった、そうしてはかまをたかく)

たのむぜ」かれはげたをぬぎすててはだしになった、そうしてはかまを高く

(かかげてはしりだした。このねつれつなこはらのせいいになんぴともかんたんせぬものはなかった。)

かかげて走りだした。この熱烈な小原の誠意に何人も感歎せぬものはなかった。

(「おれもゆく」「おれも・・・・・・」ごとうというとうしゅとはまいというさんるいしゅは)

「おれもゆく」「おれも……」後藤という投手と浜井という三塁手は

(すぐにつづいた。「がっこうのたいめんをおもえばこそこはらもはまいもごとうもあのとおりに)

すぐにつづいた。「学校の体面を思えばこそ小原も浜井も後藤もあのとおりに

(ほんそうしてるんだ、しょくんはどうおもうか」やなぎがこういったときいちどうはちんもくした。)

奔走してるんだ、諸君はどう思うか」柳がこういったとき一同は沈黙した。

(「ああありがたいものはせんぱいだ」とやなぎはつくづくかんじた。)

「ああありがたいものは先輩だ」と柳はつくづく感じた。

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