ちいさこべ 山本周五郎 ⑭

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大火にあった若棟梁の茂次と、手伝いのりつ、親の無い子達の話。
宝塚歌劇団による舞台化・NHKによるドラマ化も行われた。
リメイクで漫画化もされている。

関連タイピング

問題文

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(みょうじんしたといわつきちょうがあがるとすぐに、しげじはにひゃくりょうもって「ふくだや」へゆき、)

明神下と岩附町があがるとすぐに、茂次は二百両持って「福田屋」へゆき、

(かりたうちきんにいれてくれといった。)

借りた内金に入れてくれと云った。

(きゅうべえはうけとらなかった。)

久兵衛は受取らなかった。

(そういそぐひつようはないし、かえすならごひゃくりょうそろえてかえしてくれ、)

そういそぐ必要はないし、返すなら五百両そろえて返してくれ、

(ときゅうべえはいった。しげじはちょっとかんがえていたが、)

と久兵衛は云った。茂次はちょっと考えていたが、

(あずけたかんばんのつつみをだしてもらい、そのなかへにひゃくりょうをつつんで)

預けた看板の包を出してもらい、その中へ二百両を包んで

(「このままあずかっておいてください」といってわたした。)

「このまま預かっておいて下さい」と云って渡した。

(「だが、」ときゅうべえはふしんそうにきいた、)

「だが、」と久兵衛は不審そうに訊いた、

(「とうぶんはまだかねがひつようじゃあないのかい」)

「当分はまだ金が必要じゃあないのかい」

(「きがゆるむといけねえから」としげじがいった、)

「気がゆるむといけねえから」と茂次が云った、

(「まあ、しめてやってゆくつもりです」)

「まあ、緊めてやってゆくつもりです」

(そして、しげじはてれくさそうに、たちあがった。)

そして、茂次はてれくさそうに、立ちあがった。

(おおみそかとさんがにちをやすんだだけで)

大晦日と三ガ日を休んだだけで

(「だいとめ」にはくれもしょうがつもないようであった。)

「大留」には暮も正月もないようであった。

(よしかわちょうのふしんはできるかぎりてをあつめてやったが、くれいっぱいにはしあがらず、)

吉川町の普請はできる限り手を集めてやったが、暮いっぱいには仕上らず、

(そのためしげじはがんたんにやすんだだけで、)

そのため茂次は元旦に休んだだけで、

(ふつかからしょうきちとまつぞうをつれてふしんばへかよった。)

二日から正吉と松三を伴れて普請場へかよった。

(だいろくやすけじろうたちはしらなかったろうが、さかんややたてぐやなどのしごとで、)

大六や助二郎たちは知らなかったろうが、左官屋や建具屋などの仕事で、

(じぶんたちにてつだえることをなんでもやった。)

自分たちに手伝えることをなんでもやった。

(「このしごとがあがったらやすみをやるからな」としげじはふたりにいった、)

「この仕事があがったら休みをやるからな」と茂次は二人に云った、

など

(「せっかくのしょうがつだががまんしてくれ」)

「せっかくの正月だががまんしてくれ」

(くろはちちおやがびょうきだそうで、くれのにじゅうはちにちから、)

くろは父親が病気だそうで、暮の二十八日から、

(ほんじょにあるじぶんのいえへかえっていた。)

本所にある自分の家へ帰っていた。

(おやのびょうきというのはこうじつで、もう「だいとめ」へもどるつもりはないらしい。)

親の病気というのは口実で、もう「大留」へ戻るつもりはないらしい。

(いつまでもいちにんまえのあつかいをしてもらえないので、)

いつまでもいちにんまえの扱いをしてもらえないので、

(じぶんでてまとりでもはじめるきになったのだろう。)

自分で手間取りでも始める気になったのだろう。

(しげじは「ばかなやろうだ」といっただけであった。)

茂次は「ばかな野郎だ」と云っただけであった。

(はつかに「うおまん」のふしんがしあがった。)

二十日に「魚万」の普請が仕上った。

(しげじはまんべえからいわいのせきへまねかれたが、)

茂次は万兵衛から祝いの席へ招かれたが、

(だいろくをかわりにやり、しょうきちとまつぞうにはなのかかんのやすみをやった。)

大六を代りにやり、正吉と松三には七日間の休みをやった。

(そしておりつに、おまえもしばいにでもいってきたらどうだ、とすすめたが、)

そしておりつに、おまえも芝居にでもいって来たらどうだ、とすすめたが、

(おりつはあいてにしないで、とうりょうこそいきぬきにでかけるがいいといった。)

おりつは相手にしないで、棟梁こそ息抜きにでかけるがいいと云った。

(「しごとにおわれづめ、うちにいづめではからだにさわってよ、)

「仕事に追われづめ、うちにいづめでは躯に障ってよ、

(きばらしにどこかへいってらっしゃいな」)

気ばらしにどこかへいってらっしゃいな」

(「としよりみてえにいやあがる」としげじはいった、「おれはうちでねしょうがつだ」)

「年寄りみてえに云やあがる」と茂次は云った、「おれはうちで寝正月だ」

(それこそとしよりみたようだ、とおりつはいったが、)

それこそ年寄りみたようだ、とおりつは云ったが、

(かおにはそれをよろこんでいるきもちがあらわれていた。)

顔にはそれをよろこんでいる気持があらわれていた。

(しげじはいったとおり、まるふつかうちにこもっていた。)

茂次は云ったとおり、まる二日うちにこもっていた。

(へやにやぐをしいたままで、しょくやすみをするとすぐよこになり、)

部屋に夜具を敷いたままで、食休みをするとすぐ横になり、

(ごうかんぼんをよんだり、ねむったりした。)

合巻本を読んだり、眠ったりした。

(ふつかめのゆうがた、うとうとしていると、とぐちでたかいひとごえがするのでめをさました。)

二日めの夕方、うとうとしていると、戸口で高い人声がするので眼をさました。

(こどものなきごえもするし、おとこのしゃがれたふといこえで、)

子供の泣き声もするし、男のしゃがれた太い声で、

(「ぬすっと」というのもきこえた。)

「ぬすっと」と云うのも聞えた。

(しげじはおきあがり、ひらぐけをしめなおしてでていった。)

茂次は起きあがり、平ぐけをしめ直して出ていった。

(いりぐちのどまにおとこがさんにん、しげきちはそのひとりにつかまえられてないており、)

入口の土間に男が三人、重吉はその一人に捉まえられて泣いており、

(おりつがしきりにあやまっていた。)

おりつがしきりにあやまっていた。

(おとこのひとりはにちょうめのやおとく、ひとりはじしんばんのへいすけ、)

男の一人は二丁目の八百徳、一人は自身番の平助、

(ひとりはしょうにんふうのちゅうねんもので、これはしらないかおだった。)

一人は商人ふうの中年者で、これは知らない顔だった。

(しげじはそこへいって、どうしたんだ、とわけをきいた。)

茂次はそこへいって、どうしたんだ、とわけを訊いた。

(しげきちがやおとくのみせさきでみかんをとったのだ、とおりつがこたえた。)

重吉が八百徳の店先で蜜柑を取ったのだ、とおりつが答えた。

(「わたしがしょうにんです」としょうにんふうのおとこがいった、)

「私が証人です」と商人ふうの男が云った、

(「とおりがかりにみると、このこがみかんをぬすんでいるものだから、)

「とおりがかりに見ると、この子が蜜柑をぬすんでいるものだから、

(わたしがつかまえたんですよ」しげじはわびをいった。)

私が捉まえたんですよ」茂次は詫びを云った。

(やおやのとくじろうはしげじよりひとつとしうえでにねんまえによめをもらい、)

八百屋の徳二郎は茂次より一つ年上で二年まえに嫁を貰い、

(もうおんなのこがひとりあるが、ちいさいじぶんはよくあそんだし、)

もう女の子が一人あるが、小さいじぶんはよく遊んだし、

(けんかもしたものである。かぎょうがちがうからしたしいつきあいはないが、)

喧嘩もしたものである。稼業が違うから親しいつきあいはないが、

(いまでもあえばたちばなしくらいはするあいだがらであった。)

いまでも会えば立ち話くらいはするあいだがらであった。

(だがしげじはいまことばにおりめをつけてわびた。)

だが茂次はいま言葉に折り目をつけて詫びた。

(じぶんたちのしつけがゆきとどかなかった、)

自分たちの躾がゆき届かなかった、

(むろんみかんのだいははらうし、これからはよくきをつける。)

むろん蜜柑の代は払うし、これからはよく気をつける。

(そうあやまっていると、とくじろうがさえぎった。)

そうあやまっていると、徳二郎が遮った。

(「とうりょうのおめえにあやまられてもしようがない」ととくじろうはいった、)

「棟梁のおめえにあやまられてもしようがない」と徳二郎は云った、

(「おめえのこというわけじゃあなし、それにいちどやにどじゃあないらしいんだ、)

「おめえの子というわけじゃあなし、それに一度や二度じゃあないらしいんだ、

(こういうがきはたちがわるくっていけねえから、)

こういうがきはたちが悪くっていけねえから、

(おらあもうじしんばんにまかせることにしたんだ」)

おらあもう自身番に任せることにしたんだ」

(しげじはへいすけにふりむいて、「こどもをはなせ」といった。)

茂次は平助に振向いて、「子供を放せ」と云った。

(しげきちをつかまえていたへいすけは、こまったようにとくじろうをみた。)

重吉を捉まえていた平助は、困ったように徳二郎を見た。

(しげじはまた「はなせ」といい、へいすけがてをはなすと、)

茂次はまた「放せ」と云い、平助が手を放すと、

(おりつに「あっちへつれてゆけ」といった。)

おりつに「あっちへ伴れてゆけ」と云った。

(しげきちはなきじゃくりをしながら、おりつといっしょにおくへさり、)

重吉は泣きじゃくりをしながら、おりつといっしょに奥へ去り、

(あがりかまちにみかんがふたつのこった。)

上り框に蜜柑が二つ残った。

(「いまだれかぬすっとっていったな」としげじはさんにんのかおをみくらべた、「ーーだれだ」)

「いま誰かぬすっとって云ったな」と茂次は三人の顔を見比べた、「ーー誰だ」

(へいすけがくちのなかでふめいりょうになにかつぶやいた。)

平助が口の中で不明瞭になにか呟いた。

(じぶんがいったというのであろう、しげじはかれをむししてとくじろうをみた。)

自分が云ったというのであろう、茂次は彼を無視して徳二郎を見た。

(「おいとくさん、おめえいまこういうがきはたちがわるいといったが、)

「おい徳さん、おめえいまこういうがきはたちが悪いと云ったが、

(こどもはみんなおなじこったぜ」としげじはつかえつかえいった、)

子供はみんな同じこったぜ」と茂次はつかえつかえ云った、

(「おれだってちいさいじぶんには、)

「おれだって小さいじぶんには、

(ひばちのひきだしからおふくろのこぜにをくすねたことがある、)

火鉢の抽出からおふくろの小銭をくすねたことがある、

(どてまえにあったえぞうしやのみせでえほんをぬすんだこともあった、)

土堤前にあった絵草紙屋の店で絵本をぬすんだこともあった、

(だいなりしょうなり、なかまはたいてえやった、)

大なり小なり、なかまはたいてえやった、

(おめえだってそんなおぼえがにどやさんどねえこたあねえだろう、)

おめえだってそんな覚えが二度や三度ねえこたあねえだろう、

(それともわすれてるんなら、おれがおもいださせてやってもいいぜ、)

それとも忘れてるんなら、おれが思いださせてやってもいいぜ、

(どうだ、そんなことはいちどもなかったか」)

どうだ、そんなことは一度もなかったか」

(とくじろうはむっとしてやりかえした、「それとこれとははなしがちがうだろう」)

徳二郎はむっとしてやり返した、「それとこれとは話が違うだろう」

(「たしかにちがう」としげじがうなずいた、「おれたちにはおやもありいえもあった、)

「たしかに違う」と茂次が頷いた、「おれたちには親もあり家もあった、

(だからいちどだってぬすっとなんていわれたことはない、)

だから一度だってぬすっとなんて云われたことはない、

(このこどもたちはいえをやかれ、おやきょうだいにもしにわかれて、)

この子供たちは家を焼かれ、親きょうだいにも死に別れて、

(たにんのおれのてにかかってる、それだけのちがいはあるが、)

他人のおれの手にかかってる、それだけの違いはあるが、

(こどもということにかわりはねえし、)

子供ということに変りはねえし、

(こどもはたいてえいちどはこういうとしごろをとおるんだ、)

子供はたいてえいちどはこういう年ごろをとおるんだ、

(おらあくちがへただからうまくいえねえが」)

おらあ口がへただからうまく云えねえが」

(しげじはもどかしさのあまりあかくなった、)

茂次はもどかしさのあまり赤くなった、

(「じぶんがふじゆうしていなくっても、ひょいとひとのものにてをだしてみたくなる、)

「自分が不自由していなくっても、ひょいと人の物に手を出してみたくなる、

(そういうとしごろがこどもにはあるんだ、)

そういう年ごろが子供にはあるんだ、

(だれにだってにどやさんどはおぼえのあるこった、)

誰にだって二度や三度は覚えのあるこった、

(もちろん、それだからいいとはいやあしねえが、)

もちろん、それだからいいとは云やあしねえが、

(ぬすっとだとかじしんばんへわたすなんていうのはあんまりだ、)

ぬすっとだとか自身番へ渡すなんていうのはあんまりだ、

(あんまりにんじょうがなさすぎるとはおもわねえか」)

あんまり人情がなさすぎるとは思わねえか」

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