魔術1 芥川龍之介

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プレイ回数4734難易度(5.0) 3140打 長文 長文モード可
人はなかなか欲を捨てられないというはなし。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りく 5671 A 5.8 97.6% 543.2 3158 77 45 2024/03/26
2 曙太郎 3578 D+ 3.9 91.6% 782.2 3079 280 45 2024/04/02

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問題文

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(あるしぐれのふるばんのことです。 わたしをのせたじんりきしゃは、なんどもおおもりかいわいのけわしい)

ある時雨の降る晩のことです。 私を乗せた人力車は、何度も大森界隈の険しい

(さかをのぼったりおりたりして、やっとたけやぶにかこまれた、ちいさなせいようかんのまえに)

坂を上ったり下りたりして、やっと竹藪に囲まれた、小さな西洋館の前に

(かじぼうをおろしました。もうねずみいろのぺんきのはげかかった、せまくるしいげんかんには、)

梶棒を下しました。もう鼠色のペンキの剥げかかった、狭苦しい玄関には、

(しゃふのだしたちょうちんのあかりでみると、いんどじんまてぃらむ・みすらとにほんじでかいた)

車夫の出した提灯の明りで見ると、印度人マティラム・ミスラと日本字で書いた

(これだけはあたらしい、せともののひょうさつがかかっています。)

これだけは新しい、瀬戸物の標札がかかっています。

(まてぃらむ・みすらくんといえば、もうみなさんのなかにも、ごぞんじのかたが)

マティラム・ミスラ君と云えば、もう皆さんの中にも、御存じの方が

(すくなくないかもしれません。みすらくんはえいねんいんどのどくりつをはかっている)

少くないかも知れません。ミスラ君は永年印度の独立を計っている

(かるかったうまれのあいこくしゃで、どうじにまたはっさん・かんというなだかいばらもんの)

カルカッタ生れの愛国者で、同時にまたハッサン・カンという名高い婆羅門の

(ひほうをまなんだ、としのわかいまじゅつのたいかなのです。わたしはちょうどひとつきばかりいぜんから)

秘法を学んだ、年の若い魔術の大家なのです。私はちょうど一月ばかり以前から

(あるゆうじんのしょうかいでみすらくんとこうさいしていましたが、せいじけいざいのもんだいなどは)

ある友人の紹介でミスラ君と交際していましたが、政治経済の問題などは

(いろいろぎろんしたことがあっても、かんじんのまじゅつをつかうときには、まだいちども)

いろいろ議論したことがあっても、肝腎の魔術を使う時には、まだ一度も

(いあわせたことがありません。そこでこんやはまえもって、まじゅつをつかってみせて)

居合せたことがありません。そこで今夜は前以て、魔術を使って見せて

(くれるように、てがみでたのんでおいてから、とうじみすらくんのすんでいた、)

くれるように、手紙で頼んで置いてから、当時ミスラ君の住んでいた、

(さびしいおおもりのまちはずれまで、じんりきしゃをいそがせてきたのです。)

寂しい大森の町はずれまで、人力車を急がせて来たのです。

(わたしはあめにぬれながら、おぼつかないしゃふのちょうちんのあかりをたよりにそのひょうさつのしたにある)

私は雨に濡れながら、覚束ない車夫の提灯の明りを便りにその標札の下にある

(よびりんのぼたんをおしました。するとまもなくとがあいて、げんかんへかおをだしたのは、)

呼鈴の釦を押しました。すると間もなく戸が開いて、玄関へ顔を出したのは、

(みすらくんのせわをしている、せのひくいにほんじんのおばあさんです。)

ミスラ君の世話をしている、背の低い日本人の御婆さんです。

(「みすらくんはおいでですか。」 「いらっしゃいます。さきほどからあなたさまを)

「ミスラ君は御出でですか。」 「いらっしゃいます。先ほどからあなた様を

(おまちかねでございました。」 おばあさんはあいそよくこういいながら、)

御待ち兼ねでございました。」  御婆さんは愛想よくこう言いながら、

(すぐそのげんかんのつきあたりにある、みすらくんのへやへわたしをあんないしました。)

すぐその玄関のつきあたりにある、ミスラ君の部屋へ私を案内しました。

など

(「こんばんは、あめのふるのによくおいででした。」 いろのまっくろな、めのおおきい、)

「今晩は、雨の降るのによく御出ででした。」  色のまっ黒な、眼の大きい、

(やわらなくちひげのあるみすらくんは、てえぶるのうえにあるせきゆらんぷのしんをねじりながら、)

柔な口髭のあるミスラ君は、テエブルの上にある石油ランプの心を撚りながら、

(げんきよくわたしにあいさつしました。 「いや、あなたのまじゅつさえはいけんできれば、)

元気よく私に挨拶しました。 「いや、あなたの魔術さえ拝見出来れば、

(あめくらいはなんともありません。」 わたしはいすにこしかけてから、うすぐらい)

雨くらいは何ともありません。」  私は椅子に腰かけてから、うす暗い

(せきゆらんぷのひかりにてらされた、いんきなへやのなかをみまわしました。)

石油ランプの光に照された、陰気な部屋の中を見廻しました。

(みすらくんのへやはしっそなせいようまで、まんなかにてえぶるがひとつ、かべがわに)

ミスラ君の部屋は質素な西洋間で、まん中にテエブルが一つ、壁側に

(てごろなしょだながひとつ、それからまどのまえにつくえがひとつーーほかにはただわれわれの)

手ごろな書棚が一つ、それから窓の前に机が一つ――ほかにはただ我々の

(こしをかける、いすがならんでいるだけです。しかもそのいすやつくえが、みんな)

腰をかける、椅子が並んでいるだけです。しかもその椅子や机が、みんな

(ふるぼけたものばかりで、ふちへあかくはなもようをおりだした、はでなてえぶるがけでさえ、)

古ぼけた物ばかりで、縁へ赤く花模様を織り出した、派手なテエブル掛でさえ、

(いまにもずたずたにさけるかとおもうほど、いとめがあらわになっていました。)

今にもずたずたに裂けるかと思うほど、糸目が露になっていました。

(わたしたちはあいさつをすませてから、しばらくはそとのたけやぶにふるあめのおとを)

私たちは挨拶をすませてから、しばらくは外の竹藪に降る雨の音を

(きくともなくきいていましたが、やがてまたあのめしつかいのおばあさんが、)

聞くともなく聞いていましたが、やがてまたあの召使いの御婆さんが、

(こうちゃのどうぐをもってはいってくると、みすらくんははまきのはこのふたをあけて、)

紅茶の道具を持ってはいって来ると、ミスラ君は葉巻の箱の蓋を開けて、

(「どうです。いっぽん。」とすすめてくれました。 「ありがとう。」)

「どうです。一本。」と勧めてくれました。 「難有う。」

(わたしはえんりょなくはまきをいっぽんとって、まっちのひをうつしながら、 「たしかあなたの)

私は遠慮なく葉巻を一本取って、燐寸の火をうつしながら、 「確かあなたの

(おつかいになるせいれいは、じんとかいうなまえでしたね。するとこれからわたしがはいけんする)

御使いになる精霊は、ジンとかいう名前でしたね。するとこれから私が拝見する

(まじゅつというのも、そのじんのちからをかりてなさるのですか。」)

魔術と言うのも、そのジンの力を借りてなさるのですか。」

(みすらくんはじぶんもはまきへひをつけると、にやにやわらいながら、)

ミスラ君は自分も葉巻へ火をつけると、にやにや笑いながら、

(においのよいけむりをはいて、 「じんなどというせいれいがあるとおもったのは、)

匂いの好い煙を吐いて、 「ジンなどという精霊があると思ったのは、

(もうなんびゃくねんもむかしのことです。あらびややわのじだいのこととでもいいましょうか。)

もう何百年も昔のことです。アラビヤ夜話の時代のこととでも言いましょうか。

(わたしがはっさん・かんからまなんだまじゅつは、あなたでもつかおうとおもえばつかえますよ。)

私がハッサン・カンから学んだ魔術は、あなたでも使おうと思えば使えますよ。

(たかがしんぽしたさいみんじゅつにすぎないのですから。ーーごらんなさい。このてをただ、)

高が進歩した催眠術に過ぎないのですから。――御覧なさい。この手をただ、

(こうしさえすればよいのです。」 みすらくんはてをあげて、23どわたしのめのまえへ)

こうしさえすれば好いのです。」 ミスラ君は手を挙げて、二三度私の眼の前へ

(さんかくけいのようなものをえがきましたが、やがてそのてをてえぶるのうえへやると、)

三角形のようなものを描きましたが、やがてその手をテエブルの上へやると、

(ふちへあかくおりだしたもようのはなをつまみあげました。)

縁へ赤く織り出した模様の花をつまみ上げました。

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