ちくしょう谷 19

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隼人は罪人が暮らした流人村へ役で赴くことになる。
現在、流人村に罪人はおらず子孫だけが独特な風習で暮らす。
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。

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問題文

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(かれはやぐのなかへはいっても、なかなかねむることができなかった。)

彼は夜具の中へはいっても、なかなか眠ることができなかった。

(おんなたちがしめしたきょうたいやさけびごえのきょうれつないんしょうが、)

女たちが示した嬌態や叫び声の強烈な印象が、

(めにもみみにもなまなましくやきついていて、それがしんけいをかきみだし、)

眼にも耳にもなまなましく灼きついていて、それが神経をかき乱し、

(ちをわきたたせた。そのうえあめのおとにまじって、こがいからおんなたちの)

血をわきたたせた。そのうえ雨の音にまじって、戸外から女たちの

(こえがきこえてき、とだえたかとおもうとまたきこえてくる。)

声が聞えて来、とだえたかと思うとまた聞えて来る。

(げんじつのものかそらみみか、あめのおとがじゃまではっきりくべつはつかなかったが、)

現実のものかそら耳か、雨の音が邪魔ではっきり区別はつかなかったが、

(はやとがねむりつくまで、そのこえはだんぞくしてきこえていたようであった。)

隼人が眠りつくまで、その声は断続して聞えていたようであった。

(そういうことがあったため、あめのよるでもたちばんはかかさなかったが、)

そういうことがあったため、雨の夜でも立番は欠かさなかったが、

(おんなたちがあらわれるときには、あとからかならずしょうないろうじんもきた。)

女たちがあらわれるときには、あとから必ず正内老人も来た。

(ろうじんはたちばんのものをさらせ、おんなたちがさわぎつかれるのをまって、)

老人は立番の者を去らせ、女たちが騒ぎ疲れるのを待って、

(なだめすかしながらつれもどる。なかにはひどくあばれくるい、よるのあけるまで)

なだめすかしながら伴れ戻る。中にはひどく暴れ狂い、夜の明けるまで

(さくにしがみついているようなものもあるが、ろうじんはしんぼうづよく、)

柵にしがみついているような者もあるが、老人は辛抱づよく、

(なにもいわずにそばでみている。そして、おんながすっかりせいをきらせて、)

なにも云わずに側で見ている。そして、女がすっかり精をきらせて、

(こえをあげることもできなくなるまで、まっているのであった。)

声をあげることもできなくなるまで、待っているのであった。

(「どんなにおどしても、ちからずくでもだめです」とのちにろうじんはいった、)

「どんなにおどしても、力ずくでもだめです」とのちに老人は云った、

(「ああしてあばれたり、わめきさけんだりしているうちに、おんなたちのちも)

「ああして暴れたり、喚き叫んだりしているうちに、女たちの血も

(しずまるのでしょう、ふたばんかみばんもつづければ、)

しずまるのでしょう、二た晩か三晩も続ければ、

(それでつぎのめぐりまでおさまっているようです」)

それで次のめぐりまでおさまっているようです」

(これはおんなたちの、せいりてきななみにつよくしはいされるらしい。)

これは女たちの、生理的な波に強く支配されるらしい。

(またそのなみはたがいにきょうめいすることがおおく、さわぎだすときにはいくにんかが)

またその波は互いに共鳴することが多く、騒ぎだすときには幾人かが

など

(どうじにそういうじょうたいになり、しずまるときもどうじにしずまるようである、)

同時にそういう状態になり、しずまるときも同時にしずまるようである、

(とろうじんはいった。もっともごようりんのしごとがあり、ひるのろうどうでつかれることも、)

と老人は云った。尤も御用林の仕事があり、昼の労働で疲れることも、

(おんなたちにとってひとつのはけくちになっているであろう。)

女たちにとって一つのはけ口になっているであろう。

(ごようりんのほうがおわったら、なにかまたかんがえなければなるまい、)

御用林のほうが終ったら、なにかまた考えなければなるまい、

(とろうじんがいい、はやともそのとおりだとおもった。)

と老人が云い、隼人もそのとおりだと思った。

(おんなたちのこういうさわぎが、きどのものにしげきをあたえたことはいうまでもない。)

女たちのこういう騒ぎが、木戸の者に刺げきを与えたことは云うまでもない。

(きどのなかでもごようりんでも、きゅうにらんぼうなことをするとか、)

木戸の中でも御用林でも、急に乱暴なことをするとか、

(はげしいこうろんやけんかがしばしばおこった。いちどはおのだいくろうと)

激しい口論や喧嘩がしばしば起こった。いちどは小野大九郎と

(いぬいとうきちろうがけっとうしようといいだし、おかむらしちろうべえがたちあいにんにたのまれた。)

乾藤吉郎が決闘しようと云いだし、岡村七郎兵衛が立会い人に頼まれた。

(おかむらはこまってはやとのところへつげにき、はやとがいって)

岡村は困って隼人のところへ告げに来、隼人がいって

(「けっとうはゆるさぬ」としかった。ふたりはしょうちしなかった。たちあいにんのあるけっとうは)

「決闘は許さぬ」と叱った。二人は承知しなかった。立会い人のある決闘は

(むかしからゆるされている。ばんがしらにそれをきんずるけんげんはない、としゅちょうした。)

昔から許されている。番頭にそれを禁ずる権限はない、と主張した。

(「おれにはそのけんげんがある」とはやとはいった、「じょうかならしらぬこと、)

「おれにはその権限がある」と隼人は云った、「城下なら知らぬこと、

(きどではおれのしはいにしたがわなければならない、いったいけんかのげんいんはなんだ」)

木戸ではおれの支配に従わなければならない、いったい喧嘩の原因はなんだ」

(ふたりはこたえなかった。「いえないのか」とはやとがついきゅうした、)

二人は答えなかった。「云えないのか」と隼人が追求した、

(「いえないようなことでいのちのやりとりをしようというのか」)

「云えないようなことで命の遣り取りをしようというのか」

(いぬいとうきちろうのかおがあかくなった。だいくろうがわたしのことを、といぬいはうつむいたままいった。)

乾藤吉郎の顔が赤くなった。大九郎が私のことを、と乾は俯いたまま云った。

(しゃみせんやたいこはうまいかもしれないが、けんじゅつはなっていないといった、)

三味線や太鼓はうまいかもしれないが、剣術はなっていないと云った、

(というのである。はやとはおのだいくろうをみた。)

というのである。隼人は小野大九郎を見た。

(「いやちがいます」とおのがいった、「しゃみせんやたいこほどけんじゅつがうまければ、)

「いや違います」と小野が云った、「三味線や太鼓ほど剣術がうまければ、

(というのはさむらいだましいがあればということですが、そうすれば)

というのは侍だましいがあればということですが、そうすれば

(きどづめになどされずにすんだろう、といったのです」)

木戸詰になどされずに済んだろう、と云ったのです」

(「それはおかしい」はやとのめにいつものやさしいいろがうかんだ、)

「それはおかしい」隼人の眼にいつものやさしい色がうかんだ、

(「おのじしんもきどづめになっているんじゃないか、それともおのは、)

「小野自身も木戸詰になっているんじゃあないか、それとも小野は、

(さむらいだましいできどづめになったのか」こんどはおのだいくろうがあかくなった。)

侍だましいで木戸詰になったのか」こんどは小野大九郎が赤くなった。

(「ここではけっとうはゆるさない」とはやとはかわるがわるふたりをみながらいった、)

「ここでは決闘は許さない」と隼人は代る代る二人を見ながら云った、

(「しかしかたなをつかわず、すででなぐりあいをするだけなら、)

「しかし刀を使わず、素手で殴りあいをするだけなら、

(じじょうによってはゆるしてもいい、このばあいはゆるしてやろう、)

事情によっては許してもいい、この場合は許してやろう、

(やるならぞんぶんにやれ」ふたりはかおをみあわせた。)

やるなら存分にやれ」二人は顔を見合せた。

(「よそう」とおのがいった、「おれがわるかった、あやまる」)

「よそう」と小野が云った、「おれが悪かった、あやまる」

(「あやまってもらうほどのことでもないさ」といぬいがおうじた、)

「あやまってもらうほどのことでもないさ」と乾が応じた、

(「おれもいいすぎたよ」こういうことは、おんなたちのさわぎのあとで)

「おれも云いすぎたよ」こういうことは、女たちの騒ぎのあとで

(よくおこったが、けっとうなどということはそのいちどだけであった。)

よく起こったが、決闘などということはその一度だけであった。

(ごようりんのしごとがおわりかけていたあるひ、みまわりにいったあさだはやとは、)

御用林の仕事が終りかけていた或る日、見廻りにいった朝田隼人は、

(ひのきばやしのなかであやにつかまった。あめはみっかまえからあがったままで、)

檜林の中であやに捉まった。雨は三日まえからあがったままで、

(はやしのなかのみずをたっぷりすったつちには、こもれびがはんてんになってゆらぎ、)

林の中の水をたっぷり吸った土には、木洩陽が斑点はんてんになってゆらぎ、

(ひのきのわかばがむせるほどつよく、しかしさわやかににおっていた。)

檜の若葉がむせるほどつよく、しかし爽やかに匂っていた。

(はやとはひとりで、くちばをふみながらはやしのはしまでいった。どこかでろうおうがなき、)

隼人はひとりで、朽葉を踏みながら林の端までいった。どこかで老鶯が鳴き、

(つつどりのこえがかんだかくたににこだましてきこえた。はやしのそとはこうばいのきゅうなしゃめんが)

筒鳥の声が甲高く谷にこだまして聞えた。林の外は勾配の急な斜面が

(たにそこまでつづき、すぎのわかぎやぞうきばやしがしげっていて、たにそこのほうから、)

谷底まで続き、杉の若木や雑木林が茂っていて、谷底のほうから、

(だいぶつがわへおちるけいりゅうのおとがきこえてきた。めぶいてまのないぞうきばやしは、)

大仏川へ落ちる渓流の音が聞えて来た。芽ぶいてまのない雑木林は、

(ごくうすいむらさきいろにかすんでみえ、そのなかにところどころわかぎのすぎが、)

ごく薄い紫色に霞んでみえ、その中にところどころ若木の杉が、

(しろっぽいわかみどりのほをぬいていた。はやとはひのきのにおいにつつまれながら、)

白っぽい若みどりの秀をぬいていた。隼人は檜の匂いに包まれながら、

(とおいけいりゅうのおとをぼんやりときいている。すると、とつぜん)

遠い渓流の音をぼんやりと聞いている。すると、突然

(うしろからひとにだきつかれた。さんどめだ。はやとはいきがとまるようにおもった。)

うしろから人に抱きつかれた。三度めだ。隼人は息が止るように思った。

(いわかげからいかけられたねらいや、ずじょうへおそいかかったいわ、)

岩蔭から射かけられた狙矢、頭上へ襲いかかった岩、

(そしえこんどはとおもったのはひかりのひらめくようないっしゅんのことであった。)

そしてこんどはと思ったのは光りの閃くような一瞬のことであった。

(うしろからだきついたてはやわらかく、ちいさく、そしてくくとはとのなくような、)

うしろから抱きついた手は柔らかく、小さく、そしてくくと鳩の鳴くような

(ふくみわらいのこえがきこえた。「なんだ」かれはかたのちからをぬきながらいった、)

含み笑いの声が聞えた。「なんだ」彼は肩の力をぬきながら云った、

(「あやだな」それはあやであった。かのじょはのどでふくみわらいをしながら、)

「あやだな」それはあやであった。彼女は喉で含み笑いをしながら、

(うしろからぴったりおしつけたからだで、かれをぐいぐいとおした。)

うしろからぴったり押しつけた躯で、彼をぐいぐいと押した。

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