ちくしょう谷 ㉚

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プレイ回数1207難易度(4.5) 4739打 長文 長文モードのみ
隼人は罪人が暮らした流人村へ役で赴くことになる。
現在、流人村に罪人はおらず子孫だけが独特な風習で暮らす。
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。

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問題文

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(「おりべさんのてがみのないようも、はなしのぐあいでおよそわかりました、)

「織部さんの手紙の内容も、話のぐあいでおよそわかりました、

(しかし、しかしですね」おかむらはむきなくちぶりでいった、)

しかし、しかしですね」岡村はむきな口ぶりで云った、

(「なくなったおりべさんが、いまはそのおとこをゆるしているだろう、)

「亡くなった織部さんが、いまはその男をゆるしているだろう、

(というあなたのいけんは、あやまっているとはおもいませんか」)

という貴方の意見は、誤っているとは思いませんか」

(はやとはめをつむったままだまっていた。「それはほうというものを)

隼人は眼をつむったまま黙っていた。「それは法というものを

(ちょうろうすることになるとはおもいませんか」)

嘲弄することになるとは思いませんか」

(はやとはしずかにあたまをさゆうにふった、「ほうはさいじょうのものではない、)

隼人は静かに頭を左右に振った、「法は最上のものではない、

(ほうをかんぜんにおこなおうとすれば、このよでつみをまぬがれるものはないだろう、)

法を完全におこなおうとすれば、この世で罪をまぬがれる者はないだろう、

(にんげんはみなだいなりしょうなりつみをおかしている、このよにはあらわれずにいるつみが)

人間はみな大なり小なり罪を犯している、この世にはあらわれずにいる罪が

(じゅうまんしているといってもいいくらいだ」「それはりくつです」とおかむらがいった、)

充満しているといってもいいくらいだ」「それは理屈です」と岡村が云った、

(「そういういっぱんろんはいいですよ、しかしこれはあなたにとって)

「そういう一般論はいいですよ、しかしこれは貴方にとって

(にくしんのもんだいでしょう、あにうえであるおりべさんをころし、あさだけにおめいを)

肉親の問題でしょう、兄上である織部さんを殺し、朝田家に汚名を

(きせたひれつなおとこを、あなたはゆるしきることができますか、)

きせた卑劣な男を、貴方はゆるしきることができますか、

(にんげんがにんげんをゆるすとか、すくうとかいうことにはげんどがありますよ」)

人間が人間をゆるすとか、救うとかいうことには限度がありますよ」

(「こいけとのはなしをきいたのなら、おぼえているはずだ、おれはあになら)

「小池との話を聞いたのなら、覚えている筈だ、おれは兄なら

(こうするだろうとおもうとおりにやるだけだ」はやとはたちあがりながらいった、)

こうするだろうと思うとおりにやるだけだ」隼人は立ちあがりながら云った、

(「ゆるすということはむずかしいが、もしゆるすとなったらげんどはない、)

「ゆるすということはむずかしいが、もしゆるすとなったら限度はない、

(ここまではゆるすが、ここからさきはゆるせないということがあれば、)

ここまではゆるすが、ここから先はゆるせないということがあれば、

(それははじめからゆるしてはいないのだ」)

それは初めからゆるしてはいないのだ」

(「おりべさんがほんとうにそうのぞまれると、しんじていらっしゃるんですか」)

「織部さんが本当にそう望まれると、信じていらっしゃるんですか」

など

(「おれはあにをよくしっているよ」はやとはかわひもをむすんだかなてことつちをとりあげ、)

「おれは兄をよく知っているよ」隼人は革紐を結んだ鉄梃と槌を取りあげ、

(ひもをかたにかけてつりぐあいをためした、「もういちどねんをおしておく、)

紐を肩に掛けて吊りぐあいをためした、「もういちど念を押しておく、

(このはなしはもうけっしてしないでくれ」おかむらしちろうべえはかたをゆりあげ、)

この話はもう決してしないでくれ」岡村七郎兵衛は肩をゆりあげ、

(「あなたをひとつおもいっきりなぐれたらいいんだがな」そういって、)

「貴方を一つ思いっきり殴れたらいいんだがな」そう云って、

(くいをつくっているあしがるたちのほうへさった。はやとはまゆをしかめた。)

杭を作っている足軽たちのほうへ去った。隼人は眉をしかめた。

(きばったようなことをいったあとのこうかいで、くちのなかいっぱいに)

気張ったようなことを云ったあとの後悔で、口の中いっぱいに

(にがいあじがひろがるようにかんじ、まゆをしかめながらしたうちをした。)

苦い味がひろがるように感じ、眉をしかめながら舌打ちをした。

(そこへいぬいとうきちろうがはしってきて「しちゅうのすんぽうをみてください」といった。)

そこへ乾藤吉郎が走って来て「支柱の寸法を見て下さい」と云った。

(しちゅうにするくいはちょっけいななすん、ながさはろくしゃくでななほんつくった。)

支柱にする杭は直径七寸、長さは六尺で七本作った。

(あなへはめこむところをにしゃくだけかわをはぎ、あとはかわつきのままで、)

穴へ嵌め込むところを二尺だけ皮を剥ぎ、あとは皮付きのままで、

(これはできあがるとすぐ、はざまをまわってさんどうへはこばせておいた。)

これは出来あがるとすぐ、はざまをまわって桟道へ運ばせておいた。

(はやとはすぎのわりきで、くさびをとおばかりつくると、それをりょうのたもとに)

隼人は杉の割り木で、楔を十ばかり作ると、それを両の袂に

(いれてたちあがった。そのとき、くいをはこんだあしがるたちといっしょに、)

入れて立ちあがった。そのとき、杭を運んだ足軽たちといっしょに、

(むらのあやがやってきた。あやははにかみわらいをしながらこっちへちかよって、)

村のあやがやって来た。あやははにかみ笑いをしながらこっちへ近よって、

(こくんとおじぎをした。おかむらしちろうべえがよこめではやとをみた。)

こくんとお辞儀をした。岡村七郎兵衛が横眼で隼人を見た。

(「どうしたんだ」とはやとはあやにいった。)

「どうしたんだ」と隼人はあやに云った。

(「しょうないのおじいさんからきいて」とあやはまだかたでいきをしながらいった、)

「正内のおじいさんから聞いて」とあやはまだ肩で息をしながら云った、

(「しんぱいでしようがないからみにきましたの、そうしたらあのひとたちに)

「心配でしようがないから見に来ましたの、そうしたらあの人たちに

(あったので、ここへつれてきてもらったんです」はやとがうなずくと、)

会ったので、ここへ伴れて来てもらったんです」隼人が頷くと、

(おかむらしちろうべえがつっけんどんに「したにだれかいなくていいのですか」ときいた。)

岡村七郎兵衛がつっけんどんに「下に誰かいなくていいのですか」と訊いた。

(「したにいてもてつだいはできないんだ」とはやとはしずかにこたえた、)

「下にいても手伝いはできないんだ」と隼人は静かに答えた、

(「みんなでつなにかかってくれ、おかむらはきのうのようにあいずやくだ」)

「みんなで綱にかかってくれ、岡村は昨日のように合図役だ」

(それからあやにいった、「みるならおとなしくしておいで、いいね」)

それからあやに云った、「見るなら温和しくしておいで、いいね」

(あやはきまじめなかおでこっくりをした。)

あやはきまじめな顔でこっくりをした。

(かなてことつちをかたからつり、がけのはしへいってからまたあてをつけた。)

鉄梃と槌を肩から吊り、崖の端へいってから股当てを着けた。

(そしてずきんをかぶり、つなをひきこころみてから、ゆっくりとがけをおりはじめた。)

そして頭巾をかぶり、綱を引きこころみてから、ゆっくりと崖をおり始めた。

(いわくずがちってき、めのまえにあるいわはだが、ひにあたためられてさわやかににおった。)

岩屑が散って来、眼の前にある岩肌が、陽にあたためられて爽やかに匂った。

(またあてのぐあいはよく、からだにくわわるつなのちからがずっとやわらげられた。)

股当てのぐあいはよく、躯に加わる綱の力がずっとやわらげられた。

(あしをいわにふんばりながら、はやとはふと「そうか」とつぶやいた、)

足を岩に踏張りながら、隼人はふと「そうか」と呟いた、

(「かけはしがおちたときいたとき、こちらからふたつめかとすぐききかえしたのは、)

「かけはしが落ちたと聞いたとき、こちらから二つめかとすぐ訊き返したのは、

(ろうじんのうちでねているときに、だれかはなしていたことがきおくにのこっていたんだな」)

老人のうちで寝ているときに、誰か話していたことが記憶に残っていたんだな」

(はやとはそっとくびをふった、「つまらないことがきおくにのこるものだな」)

隼人はそっと首を振った、「つまらないことが記憶に残るものだな」

(さんどうのところでかれはつなをとめろとめいじた。かけはしののこったぶぶんは、)

桟道のところで彼は綱を止めろと命じた。かけはしの残った部分は、

(そこからすこしひだりよりにある。はやとはいわをけってはずみをつけ、)

そこから少し左寄りにある。隼人は岩を蹴ってはずみをつけ、

(ふりこのようにからだをふって、かけはしのうえへうつった。そののこったぶぶんも、)

振子のように躯を振って、かけはしの上へ移った。その残った部分も、

(おちたほうのしちゅうのいっぽんがくさっていた。はやとはようじんしてそのうえをあるき、)

落ちたほうの支柱の一本が腐っていた。隼人は用心してその上を歩き、

(あたらしいしちゅうのおいてあるばしょをたしかめた。そこはだんがいのせんたんを)

新しい支柱の置いてある場所を慥かめた。そこは断崖の尖端を

(むこうへまわった、かけはしのたもとにおいてあり、いっぽんずつにあさなわで)

向うへまわった、かけはしの袂に置いてあり、一本ずつに麻繩で

(せおいひもがついていた。それをたしかめてから、はやとはまたつなをひきこころみ、)

背負い紐が付いていた。それを慥かめてから、隼人はまた綱を引きこころみ、

(からだをだんがいのほうへもどした。つなのながさをすこしのばさせ、まずひだりのはしにある)

躯を断崖のほうへ戻した。綱の長さを少し伸ばさせ、まず左の端にある

(あなからしごとをはじめた。くさっておれたしちゅうののこりを、かなてこでこじりだし、)

穴から仕事を始めた。腐って折れた支柱の残りを、鉄梃でこじり出し、

(あなのなかをきれいにするのだが、あなはななめにうえへむいているし、)

穴の中をきれいにするのだが、穴は斜めに上へ向いているし、

(しちゅうのいちばんもとにあたるところは、どれもまだしっかりしているため、)

支柱のいちばん元に当るところは、どれもまだしっかりしているため、

(こじりだすだけでもよそうがいにひまがかかった。)

こじり出すだけでも予想外に暇がかかった。

(「とにかく」とはやとはあせをふきながらつぶやいた、)

「とにかく」と隼人は汗を拭きながら呟いた、

(「うまくゆくかどうか、まずいっぽんためしてみるとしよう」)

「うまくゆくかどうか、まず一本ためしてみるとしよう」

(かなてこのかわひもをしっかりとかたにかけ、いわをけってはずみをつけると、)

鉄梃の革紐をしっかりと肩に掛け、岩を蹴ってはずみをつけると、

(はやとはかけはしへうつって、しちゅうのいっぽんをせおいあげた。)

隼人はかけはしへ移って、支柱の一本を背負いあげた。

(あさひもはしっかりしてい、じゅうぶんにしちゅうのおもさにたえそうである。)

麻紐はしっかりしてい、充分に支柱の重さに耐えそうである。

(はやとはげんにいわれたことを、あたまのなかでくりかえしながら、うえをみあげてさけんだ。)

隼人は源に云われたことを、頭の中で繰り返しながら、上を見あげて叫んだ。

(「くいをせおったぞ、きこえるか」「きこえます」とおかむらがどなりかえした、)

「杭を背負ったぞ、聞えるか」「聞えます」と岡村がどなり返した、

(「どうしますか」「つなにおもみがかかるからちゅういしてくれ」)

「どうしますか」「綱に重みがかかるから注意してくれ」

(「だいじょうぶです、こっちはそうがかりです」はやとはみにつけたものを、)

「大丈夫です、こっちは総掛りです」隼人は身に付けた物を、

(いちいちてでさわってみてから、しずかにかけはしからみをはなした。)

いちいち手で触ってみてから、静かにかけはしから身を放した。

(またあてをおもいついたのはよかった。かたをしめつけるしちゅうのおもさが、)

股当てを思いついたのはよかった。肩を緊めつける支柱の重さが、

(いがいなほどおおきいのにおどろきながら、はやとはじぶんにほほえみかけた。)

意外なほど大きいのにおどろきながら、隼人は自分に頬笑みかけた。

(つなをまいただけでは、そのおもみだけでてもあしもでなかったであろう。)

綱を巻いただけでは、その重みだけで手も足も出なかったであろう。

(しかしこのまたあてがあればやれるぞ、とかれはおもった。)

しかしこの股当てがあればやれるぞ、と彼は思った。

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