吸血鬼9

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投稿者投稿者桃仔いいね2お気に入り登録
プレイ回数1705難易度(4.2) 5863打 長文 かな 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 zero 5873 A+ 6.1 96.3% 961.5 5870 223 80 2024/03/13
2 みき 5694 A 5.9 95.9% 976.6 5809 248 80 2024/03/24

関連タイピング

問題文

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(あくまのじょうねつ)

悪魔の情熱

(なんというざんにんこくはくのしょぎょうであろう。しょうねんしょうじょをゆうかいして、そのみのしろきんを)

何という残忍酷薄の所業であろう。少年少女を誘拐して、その身代金を

(きょうようするはんざいはしばしばきくところではあるが、ゆうかいしたしょうねんじしんにきょうはくのもんくを)

強要する犯罪はしばしば聞く所ではあるが、誘拐した少年自身に脅迫の文句を

(しゃべらせ、そのひつうななきごえをきかせ、ははおやのこころをえぐらんとするにいたっては、)

喋らせ、その悲痛な泣き声を聞かせ、母親の心をえぐらんとするに至っては、

(かつてぜんれいのないあくまのかんしゅだんである。だが、しずこにしては、あくまのしょぎょうを)

かつて前例のない悪魔の奸手段である。だが、倭文子にしては、悪魔の所業を

(にくむよりは、でんわぐちでぞっとするような、きょうはくのもんくをしゃべっている、しげるしょうねんの、)

悪むよりは、電話口でゾッとする様な、脅迫の文句を喋っている、茂少年の、

(なんともいえないおそろしいきょうぐうに、きもこころもてんどうして、なにをかんがえるよゆうもなく、)

何とも言えない恐ろしい境遇に、気も心も顛動して、何を考える余裕もなく、

(でんわきにしがみついて、あいてのこえをうしなうまいと、はんきょうらんのていであった。)

電話器にしがみついて、相手の声を失うまいと、半狂乱の体であった。

(しげるちゃん。なくんじゃありません。かあさまはね、おまえのいうことなら、なんでも)

「茂ちゃん。泣くんじゃありません。母さまはね、お前のいうことなら、何でも

(きいてあげます。おかねなんぞおしくはありません。しょうちしました。)

聞いて上げます。お金なんぞ惜くはありません。承知しました。

(ええしょうちしましたと、そこにいるひとにいっておくれ、そのかわりしげるちゃんは、)

エエ承知しましたと、そこにいる人にいっておくれ、その代り茂ちゃんは、

(きっと、まちがいなく、かえしてくださいって それにこたえて、じゅわきからは、まるで)

きっと、間違いなく、返して下さいって」それに答えて、受話器からは、まるで

(むかんどうな、あんしょうでもするような、たどたどしいこどものこえがきこえてきた。)

無感動な、暗誦でもする様な、たどたどしい子供の声が聞こえて来た。

(こちらは、まちがいない。おまえのほうで、さっきのことを、ひとつでも)

「コチラハ、マチガイナイ。オマエノホウデ、サッキノコトヲ、一ツデモ

(たがえたら、しげるを、ころしてしまうぞ そして、かちゃんと、でんわが)

タガエタラ、シゲルヲ、コロシテシマウゾ」そして、カチャンと、電話が

(きれてしまった。いくらろくさいのようじでも、かれのいっているもんくが、どんな)

切れてしまった。いくら六歳の幼児でも、彼のいっている文句が、どんな

(おそろしいことだかは、わかっていたにそういない。それをあのむかんどうなちょうしで)

恐ろしいことだかは、分っていたに相違ない。それをあの無感動な調子で

(しゃべらせた、あくまのきょうはくが、どんなにはげしいものであったか。おもうだにみのけが)

喋らせた、悪魔の脅迫が、どんなに烈しいものであったか。思うだに身の毛が

(よだつ。みたにをはじめ、うばのおなみ、じょちゅうなどがでんわのまえになきふしたしずこを、)

よだつ。三谷を初め、乳母のお波、女中などが電話の前に泣き伏た倭文子を、

(なぐさめているところへ、やがて、しょかつのこうじまちけいさつから、しほうしゅにんのけいぶほが、いちめいの)

慰めている所へ、やがて、所轄の麹町警察から、司法主任の警部補が、一名の

など

(しふくをともなって、たずねてきた。よくあるてですよ、なあに、おかねなんかよういする)

私服を伴って、訪ねて来た。「よくある手ですよ、ナアニ、お金なんか用意する

(ひつようはありません、しんぶんかみづつみかなにかをもって、ともかくもそのやくそくのばしょへ)

必要はありません、新聞紙包か何かを持って、兎も角もその約束の場所へ

(いってみるのですね。そしてこどもとひきかえてしまうのです。あとはけいさつのほうで、)

行って見るのですね。そして子供と引換てしまうのです。あとは警察の方で、

(うまくやります。むろんはんにんをひっくくるのです。ただ、さいしょからわれわれがいったのでは)

うまくやります。無論犯人を引括るのです。ただ、最初から我々が行ったのでは

(はんにんのほうでようじんして、にげてしまいますから、あなたが、せんぽうのもうしでをまもって、)

犯人の方で用心して、逃げてしまいますから、あなたが、先方の申出を守って、

(けいさつのちからをかりず、たんどくでおかねをじさんしたようにみせかけるのですよ。)

警察の力を借りず、単独でお金を持参した様に見せかけるのですよ。

(ぼくはいつかも、このてではんにんをおびきよせて、うまくたいほしたけいけんが)

僕はいつかも、この手で犯人をおびき寄せて、うまく逮捕した経験が

(あるのです しほうしゅにんは、こともなげにいってのけた。しかし、はんにんはそのばで)

あるのです」司法主任は、事もなげにいってのけた。「しかし、犯人はその場で

(おかねをしらべてみるでしょうから、もしにせものとわかったら、こどもにてあらなまねを)

お金を検べて見るでしょうから、若し贋物と分ったら、子供に手荒な真似を

(するようなことはないでしょうか みたにがふあんそうにたずねると、けいさつは)

する様なことはないでしょうか」三谷が不安そうに尋ねると、警察は

(わらってみせて、われわれがついています。げんばふきんにすうめいのじゅんさをふせておいて、)

笑って見せて、「我々がついています。現場附近に数名の巡査を伏せて置いて、

(まんいちのばあいは、はっぽうからとびだして、うむをいわせずひっくくってしまいます。)

万一の場合は、八方から飛出して、有無をいわせず引括ってしまいます。

(それに、はんにんにとって、こどもはたいせつなしょうひんなのですから、たとえこのけいかくが)

それに、犯人にとって、子供は大切な商品なのですから、仮令この計画が

(しっぱいしても、きがいをくわえるようなことは、けっしてありません。いったい、)

失敗しても、危害を加える様なことは、決してありません。一体、

(みのしろきんせいきゅうなんていちじだいまえのふるくさいはんざいで、いまどき、こんなまねをするやつは、)

身代金請求なんて一時代前の古くさい犯罪で、今時、こんな真似をする奴は、

(よっぽどまぬけなぞくですよ。それに、じゅうらいこのてでせいこうしたれいは、ほとんどないと)

よっぽど間抜けな賊ですよ。それに、従来この手で成功した例は、殆どないと

(いってもよいくらいです けっきょく、とうやは、あらかじめげんばふきんのもりかげにしちはちめいのしふくけいじを)

いってもよい位です」結局、当夜は、予め現場附近の森蔭に七八名の私服刑事を

(せんぷくさせておいて、ひょうめんじょうはしずこがたんしん、しげるしょうねんをうけとりにでむく)

潜伏させて置いて、表面上は倭文子が単身、茂少年を受取りに出向く

(ということに、そうだんがいっけつしたが、みたにはしずこのみのうえをきづかうあまり、)

ということに、相談が一決したが、三谷は倭文子の身の上を気遣う余り、

(さらにきばつないちあんをていしゅつした。しずこさん、ぼくにあなたのきものをかしてください。)

更に奇抜な一案を提出した。「倭文子さん、僕にあなたの着物を貸て下さい。

(あなたにばけて、ぼくがいきましょう。ぼくはがくせいしばいのおやまをつとめたけいけんがある。)

あなたに化けて、僕が行きましょう。僕は学生芝居の女形を勤めた経験がある。

(かつらだってわけなくてにはいります。まっくらなもりのなかです。だいじょうぶごまかせますよ。)

鬘だって訳なく手に入ります。真暗な森の中です。大丈夫ごまかせますよ。

(それに、ぼくがいきさえすれば、うでずくだって、しげるちゃんをとりもどしてきます。)

それに、僕が行きさえすれば、腕ずくだって、茂ちゃんを取戻して来ます。

(そうさせてください。あなたをやるのは、どうもきけんなきがします)

そうさせて下さい。あなたをやるのは、どうも危険な気がします」

(それほどにしなくてもと、はんたいいけんもでたけれど、ついにみたにのねっしんなきぼうが)

それ程にしなくてもと、反対意見も出たけれど、遂に三谷の熱心な希望が

(いれられ、かれがしずこのみがわりをつとめることになった。とうや、みたには)

容れられ、彼が倭文子の身替りを勤めることになった。当夜、三谷は

(ひげのないかおにねんいりのけしょうをほどこし、かつらをかぶり、しずこのきものをきて、)

髭のない顔に念入の化粧を施し、鬘を冠り、倭文子の着物を着て、

(がくせいしばいいらいひさしぶりのじょそうをした。かれはこのきみょうなぼうけんにいさみたち、)

学生芝居以来久しぶりの女装をした。彼はこの奇妙な冒険に勇み立ち、

(じょそうそのものにも、すくなからぬきょうみをかんじているらしくみえた。)

女装そのものにも、少からぬ興味を感じているらしく見えた。

(みずからていあんしたほどあって、かれのじょそうは、ほんとうのおんなとしかおもわれぬほど、よくできた。)

自ら提案した程あって、彼の女装は、本当の女としか思われぬ程、よく出来た。

(きっとしげるちゃんをつれてかえります。あんしんしてまっててください かれはしゅっぱつするとき)

「きっと茂ちゃんを連れて帰ります。安心して待ってて下さい」彼は出発する時

(そういってしずこをなぐさめたが、そのとき、そうほうともおんなのすがたで、かおを)

そういって倭文子を慰めたが、その時、双方とも女の姿で、顔を

(みあわせたのが、しばらくのわかれになろうとは、だれがよちしえたろう。じょそうのみたにが)

見合わせたのが、暫くの別れになろうとは、誰が予知し得たろう。女装の三谷が

(やましたでじどうしゃをおりて、さんないをとおりぬけ、としょかんうらのくらやみにたどりついたのは、)

山下で自動車を降りて、山内を通り抜け、図書館裏の暗闇にたどりついたのは、

(ちょうどやくそくのじゅうにじすこしまえであった。こうばんもそんなにとおくはなく、さくらぎちょうの)

丁度約束の十二時少し前であった。交番もそんなに遠くはなく、桜木町の

(じゅうたくがいもついにそこにみえているのだけれど、そのいっかくはみょうにまっくらで、まるで)

住宅街もついにそこに見えているのだけれど、その一角は妙に真暗で、まるで

(ふかいもりのなかへでもはいったようなきもちだ。けいじたちは、どこにせんぷくしているのか、)

深い森の中へでも這入った様な気持だ。刑事達は、どこに潜伏しているのか、

(さすがしょうばいがら、それとしっているみたににも、けはいさえかんじられぬ。しほうにきを)

流石商売柄、それと知っている三谷にも、気配さえ感じられぬ。四方に気を

(くばりながら、しばらくやみのなかにたっていると、かさこそとくさをふむおとがして、)

配りながら、暫く暗の中に立っていると、カサコソと草を踏む音がして、

(ぼんやりとくろくみえる、だいしょうふたつのかげがちかづいてきた。ちいさいほうはたしかに)

ボンヤリと黒く見える、大小二つの影が近づいて来た。小さい方は確かに

(こどもだ。あいてはやくそくをたがえず、しげるをつれてきたのであろう。しげるの)

子供だ。相手は約束をたがえず、茂を連れてきたのであろう。「茂の

(おかあさんかね くろいかげが、ささやきごえでよびかけた。ええ こちらも、おんならしい)

お母さんかね」黒い影が、囁き声で呼びかけた。「エエ」こちらも、女らしい

(ていせいでこたえる。やくそくのものは ええ じゃ、わたしてもらおう)

低声で答える。「約束のものは」「エエ」「じゃ、渡してもらおう」

(あの、そこにいるのはしげるでしょうか。しげるちゃん、こちらへいらっしゃい)

「アノ、そこにいるのは茂でしょうか。茂ちゃん、こちらへいらっしゃい」

(おっと、そいつはいけねえ、れいのものとひきかえだ、さあ、はやくだしな)

「オッと、そいつはいけねえ、例のものと引換だ、サア、早く出しな」

(だんだん、やみになれてくるにしたがって、うっすりあいてのすがたがみえる。おとこのふくそうははんてんに)

段々、暗に慣れて来るに従って、ウッスリ相手の姿が見える。男の服装は半天に

(ももひき、かおはくろぬのでつつんでいる、こどもはかわいらしいようふくすがたが、たしかにしげるだ。)

股引、顔は黒布で包んでいる、子供は可愛らしい洋服姿が、確かに茂だ。

(しょうねんはよほどはげしいせっかんをうけたとみえて、ははおやのすがたをみても、こえさえたてず、)

少年は余程激しい折檻を受けたと見えて、母親の姿を見ても、声さえ立てず、

(おとこにかたさきをつかまれたまま、ちいさくなっている。それじゃ、たしかにじゅうまんえん、)

男に肩先を掴まれたまま、小さくなっている。「それじゃ、確かに十万円、

(ひゃくえんさつがじゅったばですよ みたには、かさばったしんぶんづつみをさしだした。それにしても、)

百円札が十束ですよ」三谷は、嵩ばった新聞包を差出した。それにしても、

(あまりのかねだかである。いくらかわいいこどものためとはいえ、やすやすとわたすのは、)

余りの金高である。いくら可愛い子供の為とはいえ、易々と渡すのは、

(へんだ。あいてのおとこがはたしてしんようしてうけとるだろか。だが、ぞくのほうでも、いくらか)

変だ。相手の男が果して信用して受取るだろか。だが、賊の方でも、いくらか

(ちまよっていたとみえ、つつみをうけとると、べつだんしらべもせず、こどもをつきはなしておいて)

血迷っていたと見え、包を受取ると、別段検べもせず、子供をつき放して置いて

(いきなりやみのなかへにげだした。しげるちゃん。おじさんですよ。かあさまのかわりに、)

いきなり暗の中へ逃げ出した。「茂ちゃん。小父さんですよ。母さまの代りに、

(きみをむかえにきた、おじさんですよ みたにが、しょうねんをひきよせて、そんなことを)

君を迎えに来た、小父さんですよ」三谷が、少年を引寄せて、そんなことを

(ささやいていたとき、ぞくのにげたほうがくにあたって、いようなさけびごえとともに、なにかがきのみきに)

囁いていた時、賊の逃げた方角に当って、異様な叫び声と共に、何かが木の幹に

(どしんどしんとぶつかるおとがした。とらえた。ぞくはとらえたぞ こかげに)

ドシンドシンとぶつかる音がした。「捕らえた。賊は捕らえたぞ」木蔭に

(しのんでいたけいじのひとりがなんなくくせものをとらえたのだ。しほうにおこる わっ と)

忍んでいた刑事の一人が難なく曲者をとらえたのだ。四方に起る「ワッ」と

(いうようなこえ、ひとのはしるあしおと。けいじのふぜいが、ぜんぶそのほうへはせあつまった。)

いう様な声、人の走る足音。刑事の伏勢が、全部その方へ馳せ集った。

(あまりにあっけないとりものであった。)

余りにあっけない捕物であった。

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