黒死館事件72

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(ああ、あいもかわらずこうがなだんらんでございますことね。のりみずさん、あなたは)

「ああ、相も変らず高雅な団欒でございますことね。法水さん、貴方は

(あのきょうあくなにんぎょうつかいを つたこさんをおしらべになりまして なに、)

あの兇悪な人形使いを――津多子さんをお調べになりまして」「なに、

(おしがねつたこを!?それには、のりみずもさすがにおどろかされたらしかった。すると)

押鐘津多子を!?」それには、法水もさすがに驚かされたらしかった。「すると

(あなたがたをころすとでもいいましたかな。いや、じじつあのかたには、とうてい)

貴方がたを殺すとでも云いましたかな。いや、事実あの方には、とうてい

(うちこわすことのできないしょうへきがあるのです それに、れヴぇずしがわって)

打ち壊すことの出来ない障壁があるのです」それに、レヴェズ氏が割って

(はいった。そして、あいかわらずもみでをしながら、おもねるようなにぶいやわらかみのある)

入った。そして、相変らず揉み手をしながら、阿るような鈍い柔らか味のある

(ちょうしでいった。ですがのりみずさん、そのしょうへきというのが、わしどもにはしんりてきに)

調子で云った。「ですが法水さん、その障壁と云うのが、儂どもには心理的に

(きずかれておりますのでな。おききおよびでしょうが、あのかたは、ごふぎみもあり)

築かれておりますのでな。お聴き及びでしょうが、あのかたは、御夫君もあり

(じていもあるにかかわらず、やくひとつきほどまえから、このやかたにたいざいしておるのです。)

自邸もあるにかかわらず、約一月ほどまえから、この館に滞在しておるのです。

(だいたいりゆうもないのに、ごじぶんのすまいをはなれて、なんのために・・・・・・いや、)

だいたい理由もないのに、御自分の住居を離れて、何のために……いや、

(まったくこどもっぽいそうぞうですが それをのりみずはおさえかぶせるように、いや、)

まったく子供っぽい想像ですが」それを法水は押冠せるように、「いや、

(そのこどもなんですよ。だいたいじんせいのなかで、こどもほどさでぃすてぃっしゅなものは)

その子供なんですよ。だいたい人生の中で、子供ほど作虐的なものは

(ないでしょうからな とつきさすようなひにくを)

ないでしょうからな」と突き刺すような皮肉を

(れヴぇずしにおくってから、ときにれヴぇずさん、いつぞや)

レヴェズ氏に送ってから、「時にレヴェズさん、いつぞや――

(どっほ・ろーぜん・じんてす・うぉばい・かいん・りーど・めーる・ふれてっと と、)

確かそこにあるは薔薇なり、その附近には鳥の声は絶えて響かず――と、

(れなうの へれぷすと・げふゅーる のことをたずねましたっけね。ははははは、ごきおくですか。)

レナウの『秋の心』のことを訊ねましたっけね。ハハハハハ、御記憶ですか。

(しかし、ぼくはひとことちゅういしておきますが、このつぎこそ、あなたが)

しかし、僕は一言注意しておきますが、この次こそ、貴方が

(ころされるばんになりますよ となんとなくよげんめいた、またそこに、のりみずどくとくの)

殺される番になりますよ」となんとなく予言めいた、またそこに、法水独特の

(はんごぎゃくせつがひそんでいるようにもおもわれる、みょうにうすきみわるいことばをはいた。)

反語逆説が潜んでいるようにも思われる、妙に薄気味悪い言葉を吐いた。

(すると、そのしゅんかんれヴぇずしに、しょうどうてきなくもんのいろがうかびあがったが、ごくりと)

すると、その瞬間レヴェズ氏に、衝動的な苦悶の色が泛び上ったが、ゴクリと

など

(つばをのみこむと、かおいろをもとどおりにかいふくしていいかえした。まったく、それと)

唾を嚥み込むと、顔色を旧どおりに恢復して云い返した。「まったく、それと

(どうようなんです。えたいのわからないせっきんというものは、あからさまなきょうはくよりも、)

同様なんです。得体の判らない接近というものは、明らさまな脅迫よりも、

(いっそうきょうふてきなものですからな、しかし、わしどもにしんしつのとびらにかんぬきをおろさせたり)

いっそう恐怖的なものですからな、しかし、儂どもに寝室の扉に閂を下させたり

(またそれを、ようさいのようにかためさせるにいたったげんいんというのは、けっしてさっこんの)

またそれを、要塞のように固めさせるに至った原因というのは、けっして昨今の

(はなしではないのですよ。じつは、あのばんのしんいしんもんかいとどうようのできごとが、いぜんにも)

話ではないのですよ。実は、あの晩の神意審問会と同様の出来事が、以前にも

(いちどくりかえされたことがあったのです とれヴぇずしはかおをひきしめ、)

一度繰り返されたことがあったのです」とレヴェズ氏は顔を引き緊め、

(ついすんびょうまえにおこなわれた、のりみずとのもくげきをわすれたかのように、かたりはじめたものが)

つい寸秒前に行われた、法水との黙劇を忘れたかのように、語りはじめたものが

(あった。それは、せんしゅがみまかられてからまもなくのことで、きょねんのごがつの)

あった。「それは、先主が歿られてから間もなくのことで、去年の五月の

(はじめでしたが、そのよるは、はいどんのとたんちょうくわるてっときょくのれんしゅうを、れいはいどうで)

初めでしたが、その夜は、ハイドンのト短調四重奏曲の練習を、礼拝堂で

(やることになりました。ところが、きょくがしんこうしているうちに、とつぜん)

やることになりました。ところが、曲が進行しているうちに、突然

(ぐれーてさんが、なにかこごえでさけんだかとおもうと、みぎてのきゅーがゆかのうえにおち、)

グレーテさんが、何か小声で叫んだかと思うと、右手の弓が床の上に落ち、

(ひだりてもしだいにだらりとたれていって、ひらいてあるどあのほうをじっと)

左手もしだいにダラリと垂れていって、開いてある扉の方を凝然と

(みつめているのでした。もちろん、わしどもさんにんは、それをしってえんそうを)

瞶めているのでした。勿論、儂ども三人は、それを知って演奏を

(ちゅうしいたしました。すると、ぐれーてさんは、ひだりてにもったヴぁいおりんをさかさに)

中止いたしました。すると、グレーテさんは、左手に持った提琴を逆さに

(どあのほうへつきつけて、つたこさん、そこにいたのはだれです? と)

扉の方へ突き付けて、津多子さん、そこにいたのは誰です?――と

(さけんだのです。あんのじょうどあのそとからは、つたこさんのすがたがあらわれましたけども、)

叫んだのです。案の定扉の外からは、津多子さんの姿が現われましたけども、

(あのかたはいっこうげせぬようなおももちで、いいえだれもいない というのでした。)

あの方はいっこう解せぬような面持で、いいえ誰もいない――と云うのでした。

(ところが、それをきくと、ぐれーてさんはなんといったことでしょうか。こえを)

ところが、それを聴くと、グレーテさんは何と云ったことでしょうか。声を

(あららげて、わしどものちがいっときにこおりつくようなことばをさけばれたのです。たしか)

荒らげて、儂どもの血が一時に凍りつくような言葉を叫ばれたのです。確か

(そこにはさんてつさまが と といったときに、そうみをきょうふのためにすくめて、)

そこには算哲様が――と」と云った時に、総身を恐怖のために竦めて、

(せれなふじんはれヴぇずのにのうでをぎゅっとつかんだ。そのかたぐちを、れヴぇずは)

セレナ夫人はレヴェズの二の腕をギュッと掴んだ。その肩口を、レヴェズは

(いたわるようにだきかかえて、あたかもひみつのふかさをしらぬものをちょうしょうするような)

労わるように抱きかかえて、あたかも秘密の深さを知らぬ者を嘲笑するような

(まなざしを、のりみずにむけた。もちろんわしは、そのくえすちょねーあにたいするかいとうが、しんいしんもんかいの)

眼差を、法水に向けた。「勿論儂は、その疑題に対する解答が、神意審問会の

(あのできごととなってあらわれたとしんじておるのです。いや、がんらいすぴりちゅありずむには)

あの出来事となって現われたと信じておるのです。いや、元来心霊主義には

(えんどおいほうでしてな。そういったしんぴげんかいなあんごうというものにも、かならずや)

縁遠い方でしてな。そう云った神秘玄怪な暗合というものにも、必ずや

(きょうていこうしきがあるにそういない と。いいですかなのりみずさん、あなたが)

教程公式があるに相違ない――と。いいですかな法水さん、貴方が

(さがしもとめておられるろーぜん・がヴぁりえるは、そのにかいにわたるふしぎとも、いように)

探し求めておられる薔薇の騎士は、その二回にわたる不思議とも、異様に

(ふごうしておるのですぞ。それはいうまでもない、つたこさんに)

符合しておるのですぞ。それは云うまでもない、津多子さんに

(ほかならんのです そのあいだのりみずは、もくねんとゆかをみつめていたが、まるで、)

ほかならんのです」その間法水は、黙然と床を瞶めていたが、まるで、

(あるできごとのかのうせいをよきしてかのような、よわよわしいたんそくをもらした。そして、)

ある出来事の可能性を予期してかのような、弱々しい嘆息を洩らした。そして、

(とにかく、こんごあなたのしんぺんには、とくにげんじゅうなごえいをおつけしましょう。)

「とにかく、今後貴方の身辺には、特に厳重な護衛をおつけしましょう。

(それから、またあなたに、へるぷすと・げふゅーる をおたずねしたことを、あらためて)

それから、また貴方に、『秋の心』をお訊ねしたことを、改めて

(おわびしておきます とふたたび、はたではとうていかいしきれぬようなきげんを)

お詫びしておきます」と再び、他ではとうてい解しきれぬような奇言を

(はいてから、かれはもんだいをじむてきなほうめんにてんじた。ところで、きょうのできごと)

吐いてから、彼は問題を事務的な方面に転じた。「ところで、今日の出来事

(とうじは、どこにおでかけになりましたか はい、わたしはじぶんのへやで、)

当時は、どこにお出かけになりましたか」「ハイ、私は自分の室で、

(じょおこんだ せんとばーなーどどっくのな のそうじをいたしておりました)

ジョオコンダ(聖バーナード犬の名)の掃除をいたしておりました」

(とせれなふじんはひるまずにこたえてから、れヴぇずのほうをむいて それに、たしか)

とセレナ夫人は躊まずに答えてから、レヴェズの方を向いて「それに、確か

(おっとかーるさん れヴぇずのな は、うぉーたー・さーぷらいずのそばに)

オットカールさん(レヴェズの名)は、驚駭噴泉の側に

(いらっしゃいましたわね そのときれヴぇずしのかおには、ただならぬろうばいのかげが)

いらっしゃいましたわね」その時レヴェズ氏の顔には、ただならぬ狼狽の影が

(さしたけれども、いやがりばるださん、やじりとやはずをはんたいにしたら、たぶん、)

差したけれども、「いやガリバルダさん、鏃と矢筈を反対にしたら、たぶん、

(ゆみのいとがきれてしまうでしょうからな といかにもうわずった、ふしぜんなしょうせいで)

弩の絃が切れてしまうでしょうからな」といかにも上ずった、不自然な笑声で

(まぎらせてしまったのである。そうしてふたりは、なおもくどくどしく、つたこの)

紛らせてしまったのである。そうして二人は、なおも煩々しく、津多子の

(こうどうについてかこくなひはんをのべてから、へやをでていった。ふたりのすがたがどあのむこうに)

行動について苛酷な批判を述べてから、室を出て行った。二人の姿が扉の向うに

(きえると、それといれちがいに、はたたろういかよにんのありばいがしふくによって)

消えると、それと入れ違いに、旗太郎以下四人の不在証明が私服によって

(もたらされた。それによると、はたたろうとくがしずこはとしょしつに、すでに)

もたらされた。それによると、旗太郎と久我鎮子は図書室に、すでに

(かいふくしていたおしがねつたこは、とうじかいかのさろんにいたことがしょうめいされたけれど、)

恢復していた押鐘津多子は、当時階下の広間にいたことが証明されたけれど、

(ふしぎなことには、このときもまた、のぶこのどうせいだけがふめいで、だれひとりとして、)

不思議な事には、この時もまた、伸子の動静だけが不明で、誰一人として、

(かのじょのすがたをもくげきしたものがないのだった。いじょうのちょうさをしふくからききおわると、)

彼女の姿を目撃した者がないのだった。以上の調査を私服から聴き終ると、

(のりみずはひどくふくざつなひょうじょうをうかべ、じつにこのひさんどめのきせつをはいた。)

法水はひどく複雑な表情を泛べ、実にこの日三度目の奇説を吐いた。

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