【タイピング文庫】芥川龍之介「羅生門1」

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プレイ回数8734難易度(4.2) 6052打 長文 かな
短編名作を数多くのこした、芥川龍之介の「羅生門」の前編です。
主人公の下人の心の動きをとおして、生きるための悪という人間のエゴイズムを克明に描き出した、日本近代文学の名作です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 novo 5005 B+ 5.1 96.8% 1169.0 6046 194 100 2024/03/04
2 ぶらうん 3009 E++ 3.3 90.5% 1781.6 5987 626 100 2024/03/19

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問題文

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(あるひのくれがたのことである。ひとりのげにんが、らしょうもんのしたであまやみをまっていた。)

ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。

(ひろいもんのしたには、このおとこのほかにだれもいない。)

広い門の下には、この男のほかに誰もいない。

(ただ、ところどころにぬりのはげた、おおきなまるばしらに、きりぎりすがいっぴきとまっている。)

ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。

(らしょうもんが、すざくおおじにあるいじょうは、このおとこのほかにも、)

羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、

(あまやみをするいちめがさやもみえぼしが、もうにさんにんはありそうなものである。)

雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである。

(それが、このおとこのほかにはだれもいない。なぜかというと、このにさんねん、)

それが、この男のほかには誰もいない。何故かと云うと、この二三年、

(きょうとには、じしんとかつじかぜとかかじとかききんとかいうわざわいがつづいておこった。)

京都には、地震とか辻風とか火事とか饑饉とか云う災がつづいて起った。

(そこでらくちゅうのさびれかたはひととおりではない。きゅうきによると、)

そこで洛中のさびれ方は一通りではない。旧記によると、

(ぶつぞうやぶつぐをうちくだいて、そのにがついたり、きんぎんのはくがついたりしたきを、)

仏像や仏具を打砕いて、その丹がついたり、金銀の箔がついたりした木を、

(みちばたにつみかさねて、たきぎのしろにうっていたということである。)

路ばたにつみ重ねて、薪の料に売っていたと云う事である。

(らくちゅうがそのしまつであるから、らしょうもんのしゅうりなどは、)

洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、

(もとよりだれもすててかえりみるものがなかった。)

元より誰も捨てて顧る者がなかった。

(するとそのあれはてたのをよいことにして、こりがすむ。ぬすびとがすむ。)

するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸が棲む。盗人が棲む。

(とうとうしまいには、ひきとりてのないしにんを、)

とうとうしまいには、引取り手のない死人を、

(このもんへもってきて、すてていくというしゅうかんさえできた。)

この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。

(そこで、ひのめがみえなくなると、だれでもきみをわるがって、)

そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、

(このもんのきんじょへはあしぶみをしないことになってしまったのである。)

この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。

(そのかわりまたからすがどこからか、たくさんあつまってきた。)

その代りまた鴉がどこからか、たくさん集って来た。

(ひるまみると、そのからすがいくわとなくわをかいて、)

昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、

(たかいしびのまわりをなきながら、とびまわっている。)

高い鴟尾のまわりを啼きながら、飛びまわっている。

など

(ことにもんのうえのそらが、ゆうやけであかくなるときには、)

ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、

(それがごまをまいたようにはっきりみえた。)

それが胡麻をまいたようにはっきり見えた。

(からすは、もちろん、もんのうえにあるしにんのにくを、ついばみにくるのである。)

鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、啄みに来るのである。

(もっともきょうは、こくげんがおそいせいか、いちわもみえない。)

もっとも今日は、刻限が遅いせいか、一羽も見えない。

(ただ、ところどころ、くずれかかった、そうしてそのくずれめにながいくさのはえたいしだんのうえに、)

ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、

(からすのふんが、てんてんとしろくこびりついているのがみえる。)

鴉の糞が、点々と白くこびりついているのが見える。

(げにんはななだんあるいしだんのいちばんうえのだんに、あらいざらしたこんのあおのしりをすえて、)

下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺の襖の尻を据えて、

(みぎのほおにできたおおきなにきびをきにしながら、ぼんやりあめのふるのをながめていた。)

右の頬に出来た大きな面皰を気にしながら、ぼんやり雨のふるのを眺めていた。

(さくしゃはさっき、げにんがあまやみをまっていたとかいた。)

作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。

(しかし、げにんはあめがやんでも、かくべつどうしようというあてはない。)

しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。

(ふだんなら、もちろん、しゅじんのいえへかえるべきはずである。)

ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。

(ところがそのしゅじんからは、しごにちまえにひまをだされた。)

所がその主人からは、四五日前に暇を出された。

(まえにもかいたように、とうじきょうとのまちはひととおりならずすいびしていた。)

前にも書いたように、当時京都の町は一通りならず衰微していた。

(いまこのげにんが、ながねん、つかわれていたしゅじんから、ひまをだされたのも、)

今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、

(じつはこのすいびのちいさなよはにほかならない。)

実はこの衰微の小さな余波にほかならない。

(だからげにんがあまやみをまっていたというよりもあめにふりこめられたげにんが)

だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が

(いきどころがなくて、とほうにくれていたというほうが、てきとうである。そのうえ、)

行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。その上、

(きょうのそらもようもすくなからず、このへいあんちょうのげにんのせんちめんたりずむにえいきょうした。)

今日の空模様も少からず、この平安朝の下人のセンチメンタリズムに影響した。

(さるのこくさがりからふりだしたあめは、いまだにあがるけしきがない。)

申の刻下りからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。

(そこで、げにんは、なにをおいてもさしあたりあしたのくらしをどうにかしようとして)

そこで、下人は、何をおいても差当り明日の暮しをどうにかしようとして

(いわばどうにもならないことを、どうにかしようとして、)

云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、

(とりとめもないかんがえをたどりながら、)

とりとめもない考えをたどりながら、

(さっきからすざくおおじにふるあめのおとを、きくともなくきいていたのである。)

さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。

(あめは、らしょうもんをつつんで、とおくから、ざあっというおとをあつめてくる。)

雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。

(ゆうやみはしだいにそらをひくくして、みあげると、もんのやねが、)

夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、

(はすにつきだしたいらかのさきに、おもたくうすぐらいくもをささえている。)

斜につき出した甍の先に、重たくうす暗い雲を支えている。

(どうにもならないことを、どうにかするためには、しゅだんをえらんでいるいとまはない。)

どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。

(えらんでいれば、ついじのしたか、みちばたのつちのうえで、うえじにをするばかりである。)

選んでいれば、築土の下か、道ばたの土の上で、饑死にをするばかりである。

(そうしてこのもんのうえへもってきて、いぬのようにすてられてしまうばかりである。)

そうしてこの門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。

(えらばないとすれば)

選ばないとすれば――

(げにんのかんがえは、なんどもおなじみちをていかいしたあげくに、やっとこのきょくしょへほうちゃくした。)

下人の考えは、何度も同じ道を低徊した揚句に、やっとこの局所へ逢着した。

(しかしこのすればは、いつまでたっても、けっきょくすればであった。)

しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。

(げにんは、しゅだんをえらばないということをこうていしながらも、)

下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、

(とうぜんそのごにくるべきぬすびとになるよりほかにしかたがないということを、)

当然その後に来る可き「盗人になるよりほかに仕方がない」と云う事を、

(せっきょくてきにこうていするだけの、ゆうきがでずにいたのである。)

積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

(げにんは、おおきなくさめをして、それから、たいぎそうにたちあがった。)

下人は、大きな嚔をして、それから、大儀そうに立上った。

(ゆうびえのするきょうとは、もうひおけがほしいほどのさむさである。)

夕冷えのする京都は、もう火桶が欲しいほどの寒さである。

(かぜはもんのはしらとはしらとのあいだを、ゆうやみとともにえんりょなく、ふきぬける。)

風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。

(にぬりのはしらにとまっていたきりぎりすも、もうどこかへいってしまった。)

丹塗の柱にとまっていた蟋蟀も、もうどこかへ行ってしまった。

(げにんは、くびをちぢめながら、やまぶきのかざみにかさねた、)

下人は、頸をちぢめながら、山吹の汗袗に重ねた、

(こんのあおのかたをたかくしてもんのまわりをみまわした。)

紺の襖の肩を高くして門のまわりを見まわした。

(あめかぜのうれえのない、ひとめにかかるおそれのない、ひとばんらくにねられそうなところがあれば、)

雨風の患のない、人目にかかる惧のない、一晩楽にねられそうな所があれば、

(そこでともかくも、よるをあかそうとおもったからである。)

そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。

(するとさいわいもんのうえのろうへのぼる、はばのひろい、これもにをぬったはしごがめについた。)

すると幸い門の上の楼へ上る、幅の広い、これも丹を塗った梯子が眼についた。

(うえなら、ひとがいたにしても、どうせしにんばかりである。)

上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。

(げにんはそこで、こしにさげたひじりづかのたちがさやばしらないようにきをつけながら、)

下人はそこで、腰にさげた聖柄の太刀が鞘走らないように気をつけながら、

(わらぞうりをはいたあしを、そのはしごのいちばんしたのだんへふみかけた。)

藁草履をはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。

(それから、なんふんかのあとである。らしょうもんのろうのうえへでる、はばのひろいはしごのちゅうだんに、)

それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、

(ひとりのおとこが、ねこのようにみをちぢめて、いきをころしながらうえのようすをうかがっていた。)

一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら上の容子を窺っていた。

(ろうのうえからさすひのひかりが、かすかに、そのおとこのみぎのほほをぬらしている。)

楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。

(みじかいひげのなかに、あかくうみをもったにきびのあるほおである。)

短い鬚の中に、赤く膿を持った面皰のある頬である。

(げにんは、はじめから、このうえにいるものは、しにんばかりだとたかをくくっていた。)

下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高を括っていた。

(それが、はしごをにさんだんのぼってみると、うえではだれかひをとぼして、)

それが、梯子を二三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、

(しかもそのひをそここことうごかしているらしい。)

しかもその火をそこここと動かしているらしい。

(これは、そのにごった、きいろいひかりが、すみずみにくものすをかけたてんじょううらに、)

これは、その濁った、黄いろい光が、隅々に蜘蛛の巣をかけた天井裏に、

(ゆれながらうつったので、すぐにそれとしれたのである。このあめのよるに、)

揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、

(このらしょうもんのうえで、ひをともしているからは、どうせただのものではない。)

この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。

(げにんは、やもりのようにあしおとをぬすんで、)

下人は、守宮のように足音をぬすんで、

(やっときゅうなはしごを、いちばんうえのだんまではうようにしてのぼりつめた。)

やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。

(そうしてからだをできるだけ、たいらにしながら、くびをできるだけ、まえへだして、)

そうして体を出来るだけ、平にしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、

(おそるおそる、ろうのうちをのぞいてみた。)

恐る恐る、楼の内を覗いて見た。

(みると、ろうのうちには、うわさにきいたとおり、いくつかのしがいが、)

見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸が、

(むぞうさにすててあるが、ひのひかりのおよぶはんいが、)

無造作に棄ててあるが、火の光の及ぶ範囲が、

(おもったよりせまいので、かずはいくつともわからない。)

思ったより狭いので、数は幾つともわからない。

(ただ、おぼろげながら、しれるのは、そのなかに)

ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に

(はだかのしがいと、きものをきたしがいとがあるということである。)

裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるという事である。

(もちろん、なかにはおんなもおとこもまじっているらしい。そうして、)

勿論、中には女も男もまじっているらしい。そうして、

(そのしがいはみんな、それがかつて、いきていたにんげんだというじじつさえうたがわれるほど、)

その死骸は皆、それがかつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、

(つちをこねてつくったにんぎょうのように、くちをあいたりてをのばしたりして、)

土を捏て造った人形のように、口を開いたり手を延ばしたりして、

(ごろごろゆかのうえにころがっていた。しかも、)

ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、

(かたとかむねとかのたかくなっているぶぶんに、ぼんやりしたひのひかりをうけて、)

肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、

(ひくくなっているぶぶんのかげをいっそうくらくしながら、えいきゅうにおしのごとくだまっていた。)

低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久に唖の如く黙っていた。

(げにんは、それらのしがいのふらんしたしゅうきにおもわず、はなをおおった。)

下人は、それらの死骸の腐爛した臭気に思わず、鼻を掩った。

(しかし、そのては、つぎのしゅんかんには、もうはなをおおうことをわすれていた。)

しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。

(あるつよいかんじょうが、ほとんどことごとくこのおとこのきゅうかくをうばってしまったからだ。)

ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。

(げにんのめは、そのとき、はじめてそのしがいのなかにうずくまっているにんげんをみた。)

下人の眼は、その時、はじめてその死骸の中に蹲っている人間を見た。

(ひわだいろのきものをきた、せのひくい、やせた、しらがあたまの、さるのようなろうばである。)

檜皮色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、猿のような老婆である。

(そのろうばは、みぎのてにひをともしたまつのきぎれをもって、)

その老婆は、右の手に火をともした松の木片を持って、

(そのしがいのひとつのかおをのぞきこむようにながめていた。)

その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた。

(かみのけのながいところをみると、たぶんおんなのしがいであろう。)

髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であろう。

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