人でなしの恋(終)

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江戸川乱歩『人でなしの恋』

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(とお)

(そのよる、なにもしらぬかどのは、またしてもわたしのねいきをうかがいながら、ぼんぼりをつけて、)

その夜、何も知らぬ門野は、又しても私の寐息を窺いながら、雪洞をつけて、

(えんそとのやみへときえました。もうすまでもなくにんぎょうとのおうせをいそぐので)

縁外の闇へと消えました。申すまでもなく人形とのおう瀬を急ぐので

(ございます。わたしはねむったふりをしながら、そっとそのうしろすがたをみおくって、いちおうは)

ございます。私は眠ったふりをしながら、そっとその後姿を見送って、一応は

(こきみのよいような、しかしまたなんとなくかなしいような、ふしぎなかんじょうを)

小気味のよい様な、しかし又何となく悲しい様な、不思議な感情を

(あじわったことでございます。にんぎょうのしがいをはっけんしたとき、あのひとはどのようなたいどを)

味わったことでございます。人形の死骸を発見した時、あの人はどの様な態度を

(しめすでしょう。いじょうなこいのはずかしさに、そっとにんぎょうのむくろをとりかたづけて、)

示すでしょう。異常な恋の恥かしさに、そっと人形のむくろを取り片づけて、

(そしらぬふりをしているか、それとも、げしゅにんをさがしだして、おこりつけるか、)

そ知らぬふりをしているか、それとも、下手人を探し出して、怒りつけるか、

(いかりのままたたかれようと、どなられようと、もしそうであったなら、わたしは)

怒りのまま叩かれようと、怒鳴られようと、もしそうであったなら、私は

(どんなにうれしかろう。かどのがおこるからには、あのひとはにんぎょうとこいなぞ)

どんなに嬉しかろう。門野が怒るからには、あの人は人形と恋なぞ

(していなかったしるしなのですもの。わたしはもうきもそぞろに、じっとみみを)

していなかったしるしなのですもの。私はもう気もそぞろに、じっと耳を

(すまして、どぞうのなかのけはいをうかがったのでございます。そうして、どれほど)

すまして、土蔵の中の気勢を窺ったのでございます。そうして、どれほど

(まったことでしょう。まってもまっても、おっとはかえってこないのでございます。)

待ったことでしょう。待っても待っても、夫は帰って来ないのでございます。

(こわれたにんぎょうをみたうえは、くらのなかになんのようじもないはずのあのひとが、もう)

壊れた人形を見た上は、蔵の中に何の用事もない筈のあの人が、もう

(いつもほどのじかんもたったのになぜかえってこないのでしょう。もしかしたら、)

いつもほどの時間もたったのになぜ帰って来ないのでしょう。もしかしたら、

(あいてはやっぱりにんぎょうではなくて、いきたにんげんだったのでありましょうか。)

相手はやっぱり人形ではなくて、生きた人間だったのでありましょうか。

(それをおもうときがきでなく、わたしはもうしんぼうがしきれなくて、とこからおきあがり)

それを思うと気が気でなく、私はもう辛抱がしきれなくて、床から起き上り

(ますと、もうひとつのぼんぼりをよういして、やみのしげみをくらのほうへとはしるのでござい)

ますと、もう一つの雪洞を用意して、闇のしげみを蔵の方へと走るのでござい

(ました。くらのはしごだんをかけあがりながら、みればれいのおとしどは、いつになく)

ました。蔵の梯子段を駈上りながら、見れば例の落し戸は、いつになく

(ひらいたまま、それでもうえにはぼんぼりがともっているとみえ、あかちゃけたひかりが、)

開いたまま、それでも上には雪洞がともっていると見え、赤茶けた光りが、

など

(かいだんのしたまでも、ぼんやりてらしております。あるよかんにはっとむねをおどらせて、)

階段の下までも、ぼんやり照しております。ある予感にハッと胸を躍らせて、

(ひとっとびにかいじょうへとびあがって、「だんなさま」とさけびながら、ぼんぼりのあかりにすかして)

一飛びに階上へ飛上って、「旦那様」と叫びながら、雪洞のあかりにすかして

(みますと、ああわたしのふきつなよかんはてきちゅうしたのでございました。そこにはおっとのと、)

見ますと、ああ私の不吉な予感は適中したのでございました。そこには夫のと、

(にんぎょうのと、ふたつのむくろがおりかさなって、いたのまはちしおのうみ、ふたりのそばに)

人形のと、二つのむくろが折り重なって、板の間は血潮の海、二人のそばに

(いえじゅうだいのめいとうが、ちをすすってころがっているのでございます。にんげんとつちくれとの)

家重代の名刀が、血を啜ってころがっているのでございます。人間と土くれとの

(じょうし、それがこっけいにみえるどころか、なんともしれぬげんしゅくなものが、さーっとわたしの)

情死、それが滑稽に見えるどころか、何とも知れぬ厳粛なものが、サーッと私の

(むねをひきしめて、こえもでずなみだもでず、ただもうぼうぜんと、そこにたちつくすほかは)

胸を引しめて、声も出ず涙も出ず、ただもう茫然と、そこに立ちつくす外は

(ないのでございました。みれば、わたしにたたきひしがれて、なかばのこったにんぎょうのくちびるから、)

ないのでございました。見れば、私に叩きひしがれて、半残った人形の唇から、

(さもにんぎょうじしんがちをはいたかのように、ちしおのしぶきがひとしずく、そのくびをだいた)

さも人形自身が血を吐いたかの様に、血潮の飛沫が一しずく、その首を抱いた

(おっとのうでのうえへたらりとたれて、そのにんぎょうは、だんまつまのぶきみなわらいを)

夫の腕の上へタラリと垂れて、その人形は、断末魔の不気味な笑いを

(わらっているのでございました。)

笑っているのでございました。

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