「悪魔の紋章」江戸川乱歩

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(へきとうのぎせいしゃ ほういがくかいのいちけんい、むなかたりゅういちろうはかせが、まるのうちのびるでぃんぐに)

劈頭の犠牲者 法医学会の一権威、宗像隆一郎博士が、丸の内のビルディングに

(むなかたけんきゅうしつをもうけ、はんざいじけんのけんきゅうとたんていのじぎょうをはじめてからもうすうねんに)

宗像研究室を設け、犯罪事件の研究と探偵の事業を始めてからもう数年に

(なる。どうけんきゅうしつは、ふつうのみんかんたんていとはちがい、そのすじでもてこずるほどの)

なる。同研究室は、普通の民間探偵とは違い、其筋でも手古摺るほどの

(なんじけんでなければ、けっしててをそめようとはしなかった。)

難事件でなければ、決して手を染めようとはしなかった。

(いわゆる「めいきゅういり」のじけんこそ、どうけんきゅうしつのもっともかんげいするけんきゅうだいもくであった。)

所謂「迷宮入り」の事件こそ、同研究室の最も歓迎する研究題目であった。

(むなかたはかせは、けんきゅうしつかいせつだいいちねんにして、すでにふたつのなんじけんをみごとにかいけつし、)

宗像博士は、研究室開設第一年にして、すでに二つの難事件を見事に解決し、

(いちやくそのめいせいをたかめ、じらいとしごとにちょめいのなんじけんをしょりして、げんざいでは、)

一躍その名声を高め、爾来年毎に著名の難事件を処理して、現在では、

(めいたんていといえば、あけちこごろうかむなかたりゅういちろうかというほどに、よにしられていた。)

名探偵と云えば、明智小五郎か宗像隆一郎かというほどに、世に知られていた。

(てんさいあけちは、そのせいかつぶりがひょうひょうとしていて、なんとなくとらえどころがなく、)

天才明智は、その生活ぶりが飄々としていて、何となく捉えどころがなく、

(きにいったじけんがあれば、しなへでも、いんどへでも、きがるにとびだしていって、)

気に入った事件があれば、支那へでも、印度へでも、気軽に飛び出して行って、

(じむしょをるすにすることもおおいのにはんして、むなかたはかせのほうは、)

事務所を留守にすることも多いのに反して、宗像博士の方は、

(あけちのようなてんさいてきなところはなかったけれど、あくまでけんじつで、かがくてきで、)

明智のような天才的なところはなかったけれど、あくまで堅実で、科学的で、

(とうきょうをちゅうしんとするじけんにかぎっててがけるという、じっさいてきなやりかたであったから、)

東京を中心とする事件に限って手がけるという、実際的なやり方であったから、

(きせずしてしみんのしんらいをはくし、けいしちょうでも、なんじけんがおこると、いちおうは)

期せずして市民の信頼を博し、警視庁でも、難事件が起ると、一応は

(かならずむなかたけんきゅうしつのいけんをちょうするというほどになっていた。)

必ず宗像研究室の意見を徴するという程になっていた。

(じむしょなども、あけちのほうはじゅうたくけんようのしょせいりゅうぎであったのにはんして、)

事務所なども、明智の方は住宅兼用の書生流儀であったのに反して、

(むなかたはかせは、かていせいかつとしごととをはっきりくべつして、こうがいのじゅうたくからまいにち)

宗像博士は、家庭生活と仕事とをハッキリ区別して、郊外の住宅から毎日

(けんきゅうしつへかよい、はかせふじんなどはいちどもけんきゅうしつへかおだしをしたことがなく、)

研究室へ通い、博士夫人などは一度も研究室へ顔出しをしたことがなく、

(またけんきゅうしつのふたりのわかいじょしゅは、いちどもはかせのじたくをたずねたことがないという、)

又研究室の二人の若い助手は、一度も博士の自宅を訪ねたことがないという、

(げんかくきまるやりくちであった。 まるのうちのいっかく、あかれんがかしじむしょがいの)

厳格極まるやり口であった。 丸の内の一郭、赤煉瓦貸事務所街の

など

(とあるいりぐちに、むなかたけんきゅうしつのしんちゅうかんばんがひかっている。あかれんがだての)

とある入口に、宗像研究室の真鍮看板が光っている。赤煉瓦建ての

(いっかいさんしつがはかせのたんていじむしょなのだ。 いま、そのじむしょのいしだんを、)

一階三室が博士の探偵事務所なのだ。 今、その事務所の石段を、

(はうようにしてあがっていく、ひとりのわかいせびろふくのおとこがある。)

這うようにして上って行く、一人の若い背広服の男がある。

(にじゅうしちはっさいであろうか、そのへんのさらりー・まんとべつにかわったところも)

二十七八歳であろうか、その辺のサラリー・マンと別に変ったところも

(みえぬが、ただいようなのは、とんとんとかけあがるべきいしだんを、まるで)

見えぬが、ただ異様なのは、トントンと駆け上るべき石段を、まるで

(はちゅうるいででもあるように、よたよたとはいあがっていることである。)

爬虫類ででもあるように、ヨタヨタと這い上がっていることである。

(きゅうびょうでもおこしたのであろうか、かおいろはつちのようにあおざめ、ひたいからはなのあたまに)

急病でも起したのであろうか、顔色は土のように青ざめ、額から鼻の頭に

(かけて、あぶらあせがたまをなしてふきだしている。)

かけて、脂汗が玉をなして吹き出している。

(かれははっはっと、さもくるしげないきをはきながら、やっといしだんをのぼり、)

彼はハッハッと、さも苦しげな息を吐きながら、やっと石段を昇り、

(あいたままのどあをとおって、かいかのいっしつにたどりつくと、いりぐちの)

開いたままのドアを通って、階下の一室に辿りつくと、入口の

(がらすばりのどあに、からだをぶっつけるようにして、しつないにころがりこんだ。)

ガラス張りのドアに、身体をぶッつけるようにして、室内に転がり込んだ。

(そこは、むなかたはかせのいらいしゃせっけんしつで、さんぼうのかべのしょだなにははかせのはくしきを)

そこは、宗像博士の依頼者接見室で、三方の壁の書棚には博士の博識を

(ものがたるかのごとく、ないがいのしょせきがぎっしりとつまっている。しつのちゅうおうには、)

物語るかの如く、内外の書籍がギッシリと詰まっている。室の中央には、

(たたみいちじょうじきほどのおおきなちょうこくつきのですくがおかれ、それをかこんで、やはりこふうな)

畳一畳敷程の大きな彫刻つきのデスクが置かれ、それを囲んで、やはり古風な

(ちょうこくのあるひじかけいすやながいすがならんでいる。 「せんせい、せんせいはどこです。)

彫刻のある肘掛椅子や長椅子が並んでいる。 「先生、先生はどこです。

(ああ、くるしい。はやく、せんせい・・・・・・」 わかいおとこはゆかのうえにたおれたまま、)

アア、苦しい。早く、先生・・・・・・」 若い男は床の上に倒れたまま、

(あえぎあえぎ、せいいっぱいのこえをふりしぼってさけんだ。 すると、ただならぬものおととさけびごえに)

喘ぎ喘ぎ、精一杯の声をふり絞って叫んだ。 すると、唯ならぬ物音と叫び声に

(おどろいたのであろう、となりのじっけんしつへつうじるどあがひらいて、ひとりのおとこがかおをだした。)

驚いたのであろう、隣の実験室へ通じるドアが開いて、一人の男が顔を出した。

(これもさんじゅっさいほどにみえるわかいじむいんふうのようふくおとこである。)

これも三十歳程に見える若い事務員風の洋服男である。

(「おやっ、きじまくんじゃないか。どうしたんだ、そのかおいろは?」)

「オヤッ、木島君じゃないか。どうしたんだ、その顔色は?」

(かれはいきなりしつないにかけこんで、わかものをだきおこした。 「ああ、こいけくんか。)

彼はいきなり室内に駆け込んで、若者を抱き起した。 「アア、小池君か。

(せ、せんせいは?・・・・・・はやくあいたい。・・・・・・じゅうだいじけんだ。)

せ、先生は?・・・・・・早く会いたい。・・・・・・重大事件だ。

(・・・・・・ひ、ひとがころされる。・・・・・・こんやだ。こんやさつじんがおこなわれる。)

・・・・・・ひ、人が殺される。・・・・・・今夜だ。今夜殺人が行われる。

(ああ、おそろしい。・・・・・・せ、せんせいに・・・・・・」)

アア、恐ろしい。・・・・・・せ、先生に・・・・・・」

(「なに、さつじんじけんだって?こんやだって?きみはどうしてそれがわかったのだ。)

「ナニ、殺人事件だって?今夜だって?君はどうしてそれが分ったのだ。

(いったい、だれがころされるんだ」 こいけとよばれたわかものは、かおいろをかえてきじまの)

一体、誰が殺されるんだ」 小池と呼ばれた若者は、顔色を変えて木島の

(きちがいめいためをみつめた。 「かわでのむすめだ。・・・・・・そのつぎは)

気違いめいた目を見つめた。 「川手の娘だ。・・・・・・その次は

(おやじのばんだ。みんな、みんなやられるんだ。・・・・・・せ、せんせいは?)

親爺の番だ。みんな、みんなやられるんだ。・・・・・・せ、先生は?

(はやくせんせいにこれを。・・・・・このなかにすっかりかいてある。)

早く先生にこれを。・・・・・この中にすっかり書いてある。

(それをせんせいに・・・・・・」 かれはもがくようにして、むねのぽけっとをさぐると、)

それを先生に・・・・・・」 彼はもがくようにして、胸のポケットを探ると、

(いっつうのあつぼったいようふうとうをとりだして、やっとのおもいで、おおですくのはしにのせた。)

一通の厚ぼったい洋封筒を取出して、やっとの思いで、大デスクの端にのせた。

(そして、つぎにはおなじぽけっとから、なにかしらしかくなちいさいかみづつみをつかみだし、)

そして、次には同じポケットから、何かしら四角な小さい紙包を掴み出し、

(さもたいせつそうににぎりしめている。 「せんせいはいまごふざいだよ。さんじゅっぷんもすれば)

さも大切そうに握りしめている。 「先生は今御不在だよ。三十分もすれば

(おかえりになるはずだ。それよりも、きみはひどくくるしそうじゃないか。)

お帰りになる筈だ。それよりも、君はひどく苦しそうじゃないか。

(どうしたというんだ」 「あいつに、やられたんだ。どくやくだ。ああ、くるしい。)

どうしたというんだ」 「あいつに、やられたんだ。毒薬だ。アア、苦しい。

(みずを、みずを・・・・・・」 「よし、いまとってきてやるから、まってろ」)

水を、水を・・・・・・」 「よし、今取って来てやるから、待ってろ」

(こいけはりんしつへとんでいって、かがくじっけんようのびーかーにみずをいれてかえってくると、)

小池は隣室へ飛んで行って、科学実験用のビーカーに水を入れて帰って来ると、

(びょうにんをかかえるようにして、それをのませてやった。 「しっかりしろ。)

病人を抱えるようにして、それを飲ませてやった。 「しっかりしろ。

(いまいしゃをよんでやるから」 かれはまたびょうにんのそばをはなれて、)

今医者を呼んでやるから」 彼は又病人の側を離れて、

(たくじょうでんわにしがみつくと、ふきんのいしゃへしきゅうらいしんをたのんだ。 「すぐくるって。)

卓上電話にしがみつくと、附近の医者へ至急来診を頼んだ。 「すぐ来るって。

(ちょっとのあいだがまんしろ。だが、いったいだれにやられたんだ。だれがきみにどくなんか)

ちょっとの間我慢しろ。だが、一体誰にやられたんだ。誰が君に毒なんか

(のませたんだ」 きじまは、なかばしろくなっためをみはって、ぞっとするような)

飲ませたんだ」 木島は、半ば白くなった目を見はって、ゾッとするような

(きょうふのひょうじょうをしめした。 「あいつだ。・・・・・・さんじゅうのうずまきだ。)

恐怖の表情を示した。 「あいつだ。・・・・・・三重の渦巻だ。

(・・・・・・ここにしょうこがある。・・・・・・こいつがさつじんきだ。)

・・・・・・ここに証拠がある。・・・・・・こいつが殺人鬼だ。

(ああ、おそろしい」 かれははをくいしばって、もがきくるしみながら、みぎてににぎった)

アア、恐ろしい」 彼は歯を喰いしばって、もがき苦しみながら、右手に握った

(ちいさなかみづつみをしめした。 「よし、わかった。このなかにはんにんのてがかりが)

小さな紙包を示した。 「よし、分った。この中に犯人の手掛かりが

(あるんだな。しかし、そいつのなは?」 だが、きじまはこたえなかった。)

あるんだな。しかし、そいつの名は?」 だが、木島は答えなかった。

(もうりょうがんのこうさいがうわまぶたにかくれてしまっていた。)

もう両眼の虹彩が上瞼に隠れてしまっていた。

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