「悪魔の紋章」26 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「悪魔の紋章」のタイピングです。

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問題文

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(はかせはさすようながんこうで、それをにらみつけている。やみのなかのかいぶつも、)

博士は刺すような眼光で、それを睨みつけている。闇の中の怪物も、

(みうごきもせず、こちらをみつめているようすだ。かやをへだてて、)

身動きもせず、こちらを見つめている様子だ。蚊帳を隔てて、

(ほとんどさんじゅうびょうほども、いきづまるようなにらみあいがつづいた。 「きみ、きたまえ」)

殆んど三十秒ほども、息づまるような睨み合いがつづいた。 「君、来たまえ」

(はかせはそうささやくと、いきなりかやをまくって、あばらやのうらのやぶのなかへ)

博士はそう囁くと、いきなり蚊帳をまくって、荒屋の裏の藪の中へ

(とびこんでいった。 がさがさとたけのゆれるものおと。)

飛び込んで行った。 ガサガサと竹の揺れる物音。

(「そこにいるのはだれだっ」 はかせのしかりつけるようなおもおもしいこえにおうじて、)

「そこにいるのは誰だッ」 博士の叱りつけるような重々しい声に応じて、

(やみのなかからいようなわらいごえがひびいてきた。くっくっくっとくちをおさえて)

闇の中から異様な笑い声が響いて来た。クックックッと口を押えて

(しのびわらいをしているような、まるでけちょうのなきごえのような、なんともいえぬ)

忍び笑いをしているような、まるで怪鳥の鳴き声のような、何とも云えぬ

(いやなかんじのおんきょうであった。そして、またがさがさとたけがなって、)

いやな感じの音響であった。そして、又ガサガサと竹が鳴って、

(くろいかいぶつはすばやくやぶのなかへにげこんだようすである。 「まてっ」)

黒い怪物は素早く藪の中へ逃げ込んだ様子である。 「待てッ」

(やみのなかのもうもくげんぽうなついせきがはじまった。 こいけじょしゅも、はかせのあとをおって、)

闇の中の盲目減法な追跡が始まった。 小池助手も、博士のあとを追って、

(かやをとびだし、たけやぶをかきわけながら、おとのするほうへいそいだ。)

蚊帳を飛び出し、竹藪をかき分けながら、音のする方へ急いだ。

(あついたけやぶのかべをおしわけてむこうにでると、そこはいぜんにとおりすぎためいろのなかで、)

厚い竹藪の壁を押し分けて向うに出ると、そこは以前に通り過ぎた迷路の中で、

(りょうがわにやぶのあるまがりくねったほそみちがつづいていた。 「どちらへにげました?」)

両側に藪のある曲りくねった細道がつづいていた。 「どちらへ逃げました?」

(「わからない。きみはそちらをさがしてみてくれたまえ」 はかせはいいすてて、)

「分らない。君はそちらを探して見てくれたまえ」 博士は云い捨てて、

(めいろをみぎへはしっていく。こいけじょしゅはひだりのほうへとっしんした。 みぎにおれひだりにおれ、)

迷路を右へ走って行く。小池助手は左の方へ突進した。 右に折れ左に折れ、

(いくらはしってもさいげんのないたけやぶのほそみちであった。もうじぶんが)

いくら走っても際限のない竹藪の細道であった。もう自分が

(どのへんにいるのかさえけんとうがつかない。くろいかいぶつはかげもみえず、むなかたはかせが)

どの辺にいるのかさえ見当がつかない。黒い怪物は影も見えず、宗像博士が

(どのへんをついせきしているのか、それさえまったくわからぬ。 ふとたちどまると、)

どの辺を追跡しているのか、それさえ全く分らぬ。 ふと立止ると、

(あついたけやぶのむこうがわに、がさがさとひとのけはいがした。かさなりあったたけのはを)

厚い竹藪の向側に、ガサガサと人の気配がした。重なり合った竹の葉を

など

(すかしてみても、うすぐらくてよくわからない。なにかしらくろいひとかげが)

すかして見ても、薄暗くてよく分らない。何かしら黒い人影が

(かんじられるばかりだ。 「せんせい、そこにいらっしゃるのはせんせいですか」)

感じられるばかりだ。 「先生、そこにいらっしゃるのは先生ですか」

(こえをかけてもあいてはこたえなかった。こたえるかわりに、またがさがさとみうごきして、)

声をかけても相手は答えなかった。答える代りに、又ガサガサと身動きして、

(くっくっくっと、あのなんともいえぬぶきみなわらいごえをたてた。)

クックックッと、あの何とも云えぬ不気味な笑い声を立てた。

(こいけじょしゅは、それをきくと、ぎょっとたちすくんだが、)

小池助手は、それを聞くと、ギョッと立ちすくんだが、

(やがてきをとりなおして、いきなりたけやぶをかきわけながら、)

やがて気を取りなおして、いきなり竹藪をかき分けながら、

(「せんせい、ここです。ここです。はやくきてください」 とさけびたて、かおやての)

「先生、ここです。ここです。早く来て下さい」 と叫び立て、顔や手の

(きずつくのもわすれて、やぶのむこうがわへくぐりぬけた。 だが、くぐりぬけてみまわすと、)

傷つくのも忘れて、藪の向側へくぐりぬけた。 だが、くぐりぬけて見廻すと、

(かいぶつはどこへにげさったのか、かげもない。そしてまた、やわたのやぶしらずの、)

怪物はどこへ逃げ去ったのか、影もない。そして又、八幡の藪知らずの、

(はてしもないおにごっこがはじまるのだ。 「こいけくん」)

際しもない鬼ごっこが始まるのだ。 「小池君」

(ひょいとかどをまがると、むこうからむなかたはかせがはしってきた。 「どうだった。)

ヒョイと角を曲ると、向うから宗像博士が走って来た。 「どうだった。

(あいつにであわなかったか」 「いちどこえをきいたばかりです。たしかにこのめいろの)

あいつに出会わなかったか」 「一度声を聞いたばかりです。確かにこの迷路の

(どこかにいるにはちがいないのですが」 「ぼくもこえはきいた。たけやぶのすぐむこうがわに)

どこかにいるには違いないのですが」 「僕も声は聞いた。竹藪のすぐ向側に

(たっているのもみた。しかし、こちらがそこまでいくあいだに、せんぽうはどっかへ)

立っているのも見た。しかし、こちらがそこまで行く間に、先方はどっかへ

(かくれてしまうんだ」 ふたりがたちばなしをしているところへ、がさがさとひとのけはいがして、)

隠れてしまうんだ」 二人が立話をしている所へ、ガサガサと人の気配がして、

(さんにんのおとこがちかづいてきた。みせものごやのひとたちである。さいぜんのさけびごえを)

三人の男が近づいて来た。見世物小屋の人達である。さい前の叫び声を

(ききつけて、ようすをみにやってきたのだ。 はかせはさんにんのものに、)

聞きつけて、様子を見にやって来たのだ。 博士は三人のものに、

(ことのしさいをかたり、かいぶつたいほのてつだいをしてくれるようにたのんだ。)

事の仔細を語り、怪物逮捕の手伝いをしてくれるように頼んだ。

(「こいけくん、じゃ、きみはこのひとたちといっしょに、できるだけさがしてみてくれたまえ。)

「小池君、じゃ、君はこの人達と一緒に、出来るだけ探して見てくれたまえ。

(ぼくはちかくのでんわをかりて、なかむらくんにけいかんたいをよこしてくれるように)

僕は近くの電話を借りて、中村君に警官隊をよこしてくれるように

(たのむことにする。 そとはあかるいのだし、おおぜいのけんぶつがあつまっているんだから、)

頼むことにする。 外は明るいのだし、大勢の見物が集っているんだから、

(はんにんがそとににげだすことはなかろう。なあに、もうふくろのねずみもどうぜんだよ」)

犯人が外に逃げ出すことはなかろう。ナアニ、もう袋の鼠も同然だよ」

(はかせはいいすてて、あわただしくめいろのかなたへとおざかっていった。)

博士は云い捨てて、惶しく迷路の彼方へ遠ざかって行った。

(めいろのさつじん それからまもなくのできごとである。)

迷路の殺人 それから間もなくの出来事である。

(うすぐらいたけやぶの、とあるほそみちを、くろいかげぼうしのようなものが、)

薄暗い竹藪の、とある細道を、黒い影法師のようなものが、

(ふらふらとあるいていた。 よくみると、そいつは、ぴったりとみについた)

フラフラと歩いていた。 よく見ると、そいつは、ぴったりと身についた

(まっくろのしゃつをき、まっくろのずぼんしたをはき、くろいくつした、くろいてぶくろ、)

真黒のシャツを着、真黒のズボン下を穿き、黒い靴下、黒い手袋、

(あたまもかおもすっぽりとくろぬのでつつんだ、ぜんしんくろいっしょくのかいぶつであった。)

頭も顔もすっぽりと黒布で包んだ、全身黒一色の怪物であった。

(ただ、くろぬののめのぶぶんだけが、ほそくくりぬいてあって、そのおくから、)

ただ、黒布の目の部分だけが、細くくり抜いてあって、その奥から、

(するどいりょうめがようじんぶかくあたりをみまわしている。むろんなにものともはんだんがつかぬけれど、)

鋭い両眼が要心深くあたりを見廻している。無論何者とも判断がつかぬけれど、

(もしこれがたえこさんをゆうかいしたはんにんのひとりとすれば、あのせのたかいほうの、)

若しこれが妙子さんを誘拐した犯人の一人とすれば、あの背の高い方の、

(がーぜのがんたいをあてていたおとこにちがいない。 くろいかいぶつは、むなかたはかせが)

ガーゼの眼帯を当てていた男に違いない。 黒い怪物は、宗像博士が

(けいかんたいをよぶためにでんわをかけにいったことも、また、こいけじょしゅのさしずで、)

警官隊を呼ぶために電話をかけに行ったことも、又、小池助手の指図で、

(じゅうにんあまりのこやのものが、めいろのようしょようしょに、そうさくのあみのめをはっていることも、)

十人余りの小屋の者が、迷路の要所要所に、捜索の網の目を張っていることも、

(よくしっているにちがいない。 だが、かれはすこしもあわてているようすがない。)

よく知っているに違いない。 だが、彼は少しも慌てている様子がない。

(さもじしんありげに、ゆっくりとあるいている。れいのくっくっくっという)

さも自信ありげに、ゆっくりと歩いている。例のクックックッという

(かすかなわらいごえさえたてながら。 たけやぶのむこうのあちこちでは、そうさくのひとたちが)

幽かな笑い声さえ立てながら。 竹藪の向うのあちこちでは、捜索の人達が

(がさがさとものおとをたてながら、うおうさおうしているのが、てにとるようにきこえる。)

ガサガサと物音を立てながら、右往左往しているのが、手に取るように聞える。

(たけのはをかきわけるおとが、まえからもうしろからも、みぎからもひだりからもきこえてくる。)

竹の葉をかき分ける音が、前からも後からも、右からも左からも聞えて来る。

(くろいかいぶつは、いまやしほうからほういされたかたちだ。しかも、そのほういじんは)

黒い怪物は、今や四方から包囲された形だ。しかも、その包囲陣は

(じょじょにかれのしんぺんにちぢめられているのだ。 かいぶつは、しかし、まだ)

徐々に彼の身辺に縮められているのだ。 怪物は、しかし、まだ

(せせらわらっていた。じょうだんらしくぴょいぴょいととぶようなかっこうをしたりして、)

せせら笑っていた。冗談らしくピョイピョイと飛ぶような恰好をしたりして、

(あらいのなかをのんきらしくあるいていた。 かどをまがると、あたまのうえにしろいものが)

暗の中を呑気らしく歩いていた。 角を曲ると、頭の上に白いものが

(ぶらさがっていた。れいのくびつりおんなのゆうれいである。)

ぶら下がっていた。例の首吊り女の幽霊である。

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