夏目漱石 「こころ」

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夏目漱石の小説「こころ」です。
結構長めに作りました。

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問題文

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(かんじょうしてみるとおくさんがkにはなしをしてからもうふつかあまりになります。)

勘定してみると奥さんがKに話をしてからもう二日余りになります。

(そのあいだkはわたしにたいしてすこしもいぜんとことなったようすをみせなかったので、)

その間Kは私に対して少しも以前と異なった様子を見せなかったので、

(わたしはまったくそれにきがつかずにいたのです。)

私は全くそれに気がつかずにいたのです。

(かれのちょうぜんとしたたいどはたといがいかんだけにせよ、けいふくにあたいすべきだと)

彼の超然とした態度はたとい外観だけにせよ、敬服に値すべきだと

(わたしはかんがえました。)

私は考えました。

(かれとわたしをあたまのなかでならべてみると、かれのほうがはるかにりっぱにみえました。)

彼と私を頭の中で並べてみると、彼のほうがはるかに立派に見えました。

(「おれはさくりゃくでかってもにんげんとしてはまけたのだ。」)

「おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ。」

(というかんじがわたしのむねのなかにうずまいておこりました。)

という感じが私の胸の中に渦巻いて起こりました。

(わたしはそのときさぞkがけいべつしていることだろうとおもって、ひとりでかおを)

私はその時さぞKが軽蔑していることだろうと思って、一人で顔を

(あからめました。)

赤らめました。

(しかしいまさらkのまえにでて、はじをかかせられるのは、)

しかし今さらKの前に出て、恥をかかせられるのは、

(わたしのじそんしんにとっておおいなくつうでした。)

私の自尊心にとって多いな苦痛でした。

(わたしがすすもうかよそうかとかんがえて、ところがそのばんに、kは)

私が進もうかよそうかと考えて、ところがその晩に、Kは

(じさつしてしんでしまったのです。)

自殺して死んでしまったのです。

(わたしはいまでもそのこうけいをおもいだすとぞっとします。)

私は今でもその光景を思い出すとぞっとします。

(いつもひがしまくらでねるわたしが、そのばんにかぎって、ぐうぜんにしまくらにしてゆかをしいたのも、)

いつも東枕で寝る私が、その晩に限って、偶然西枕にして床を敷いたのも、

(なにかのいんねんかもしれません。)

何かの因縁かもしれません。

(わたしはまくらもとからふきこむさむいかぜでふとめをさましたのです。)

私は枕元から吹き込む寒い風でふと目を覚ましたのです。

(みると、いつもたてきってあるkとわたしのへやとのしきりのふすまが、)

見ると、いつも立て切ってあるKと私の部屋との仕切りの襖が、

(このあいだのばんとおなじくらいあいています。)

この間の晩と同じくらい開いています。

など

(けれどもこのあいだのように、kのくろいすがたはそこにはたっていません。)

けれどもこの間のように、Kの黒い姿はそこには立っていません。

(わたしはあんじをうけたひとのように、ゆかのうえにひじをついておきあがりながら、)

私は暗示を受けた人のように、床の上に肘を突いて起き上がりながら、

(きっとkのへやをのぞきました。)

きっとKの部屋をのぞきました。

(らんぷがくらくともっているのです。)

ランプが暗くともっているのです。

(それでもとこもしいてあるのです。)

それでも床も敷いてあるのです。

(しかしかけぶとんははねかえされたようにすそのむこうにかさなりあっているのです。)

しかし掛け布団ははね返されたように裾の向こうに重なり合っているのです。

(そうしてkじしんはむこうむきにつっぷしているのです。)

そうしてK自身は向こうむきに突っ伏しているのです。

(わたしはおいといってこえをかけました。)

私はおいと言って声をかけました。

(しかしなんのへんじもありません。)

しかしなんの返事もありません。

(おいどうかしたのかとわたしはまたkをよびました。)

おいどうかしたのかと私はまたKを呼びました。

(それでもkのからだはちっともうごきません。)

それでもKの体はちっとも動きません。

(わたしはすぐおきあがって、しきいぎわまでいきました。)

私はすぐ起き上がって、敷居際まで行きました。

(そこからかれのへやのようすを、くらいらんぷのひかりでみまわしてみました。)

そこから彼の部屋の様子を、暗いランプの光で見回してみました。

(そのときわたしのうけただいいちのかんじは、kからとつぜんこいのじはくをきかされたときのそれと)

その時私の受けた第一の感じは、Kから突然恋の自白を聞かされた時のそれと

(ほぼおなじでした。)

ほぼ同じでした。

(わたしのめはかれのへやのなかをみるやいなや、あたかもがらすでつくったぎがんのように、)

私の目は彼の部屋の中を見るや否や、あたかもガラスで作った義眼のように、

(うごくのうりょくをうしないました。)

動く能力を失いました。

(わたしはぼうだちにたちすくみました。)

私は棒立ちに立ちすくみました。

(それがしっぷうのごとくわたしをつうかしたあとで、わたしはまたああしまったとおもいました。)

それが疾風のごとく私を通過したあとで、私はまたああしまったと思いました。

(もうとりかえしがつかないというくろいひかりが、わたしのみらいをつらぬいて、)

もう取り返しがつかないという黒い光が、私の未来を貫いて、

(いっしゅんかんにわたしのまえによこたわるぜんしょうがいをものすごくてらしました。)

一瞬間に私の前に横たわる全生涯をものすごく照らしました。

(そうしてわたしはがたがたふるえだしたのです。)

そうして私はがたがた震えだしたのです。

(それでもわたしはついにわたしをわすれることができませんでした。)

それでも私はついに私を忘れることが出来ませんでした。

(わたしはすぐつくえのうえにおいてあるてがみにめをつけました。)

私はすぐ机の上に置いてある手紙に目をつけました。

(それはよきどおりわたしのなあてになっていました。)

それは予期通り私の名宛てになっていました。

(わたしはむちゅうでふうをきりました。)

私は夢中で封を切りました。

(しかしなかにはわたしのよきしたようなことはなんにもかいてありませんでした。)

しかし中には私の予期したようなことはなんにも書いてありませんでした。

(わたしはわたしにとってどんなにつらいもんくがそのなかにかきつらねてあるだろうとよき)

私は私にとってどんなにつらい文句がその中に書き連ねてあるだろうと予期

(したのです。)

したのです。

(そうして、もしそれがおくさんやおじょうさんのめにふれたら、)

そうして、もしそれが奥さんやお嬢さんの目に触れたら、

(どんなにけいべつされるかもしれないというきょうふがあったのです。)

どんなに軽蔑されるかもしれないという恐怖があったのです。

(わたしはちょっとめをとおしただけで、まずたすかったとおもいました。)

私はちょっと目を通しただけで、まず助かったと思いました。

((もとよりせけんていのうえだけでたすかったのですが、そのせけんていがこのばあい、)

(もとより世間体の上だけで助かったのですが、その世間体がこの場合、

(わたしにとってはひじょうにじゅうだいじけんにみえたのです。))

私にとっては非常に重大事件に見えたのです。)

(てがみのないようはかんたんでした。)

手紙の内容は簡単でした。

(そうしてむしろちゅうしょうてきでした。)

そうしてむしろ抽象的でした。

(じぶんははくしじゃっこうでとうていいくさきののぞみがないから、じさつするという)

自分は薄志弱行でとうてい行く先の望みがないから、自殺するという

(だけなのです。)

だけなのです。

(それからいままでわたしにせわになったれいが、ごくあっさりとしたもんくでそのあとに)

それから今まで私に世話になった礼が、ごくあっさりとした文句でその後に

(つけくわえてありました。)

付け加えてありました。

(せけんついでにしごのかたづけかたもたのみたいということばもありました。)

世間ついでに死後の片づけ方も頼みたいという言葉もありました。

(おくさんにめいわくをかけてすまんからよろしくわびをしてくれというくも)

奥さんに迷惑をかけてすまんからよろしくわびをしてくれという句も

(ありました。)

ありました。

(くにもとへはわたしからしらせてもらいたいといういらいもありました。)

国元へは私から知らせてもらいたいという依頼もありました。

(ひつようなことはみんなひとくちずつかいてあるなかにおじょうさんのなまえだけはどこにも)

必要なことはみんな一口ずつ書いてある中にお嬢さんの名前だけはどこにも

(みえません。)

見えません。

(わたしはしまいまでよんで、すぐkがわざとかいひしたのだということに)

私はしまいまで読んで、すぐKがわざと回避したのだということに

(きがつきました。)

気が付きました。

(しかしわたしのもっともつうせつにかんじたのは、さいごにすみのあまりでかきそえたらしくみえる、)

しかし私の最も痛切に感じたのは、最後に墨の余りで書き添えたらしく見える、

(もっとはやくしぬべきだのになぜいままでいきていたのだろうといういみの)

もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろうという意味の

(もんくでした。)

文句でした。

(わたしはふるえるてで、てがみをまきおさめて、ふたたびふうのなかにいれました。)

私は震える手で、手紙を巻き収めて、再び封の中に入れました。

(わたしはそれをみんなのめにつくように、もとのとおりつくえのうえにおきました。)

私はそれをみんなの目につくように、元のとおり机の上に置きました。

(そうしてふりかえって、)

そうして振り返って、

(ふすまにほとばしっているちしおをはじめてみたのです。)

襖にほとばしっている血潮を初めて見たのです。

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