ああ玉杯に花うけて 第五部 2

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大正時代の少年向け小説!
長文です。佐藤紅緑の「ああ玉杯に花うけて」です。現在は

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問題文

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(いわおはまだがくせいのみである。せいじのことはわからないが、かれはぜったいにちちを)

巌はまだ学生の身である。政治のことはわからないが、かれは絶対に父を

(しんじていた。かれはまちへでるとあちらこちらでふせいこうじのうわさをきくのであった。)

信じていた。かれは町へ出るとあちらこちらで不正工事の噂を聞くのであった。

(だがかれははらのうちでせせらわらっていた。「ばかなやつらだ、)

だがかれははらのうちでせせらわらっていた。「ばかなやつらだ、

(あいつらにぼくのおやじのねうちがわかるもんか」かれはなんぴとよりもちちが)

あいつらにぼくの親父の値うちがわかるもんか」かれは何人よりも父が

(すきであった、ちちはゆうべんかではくしきでほうりつにあかるくてわんりょくがあって、まちのひとびとに)

好きであった、父は雄弁家で博識で法律に明るくて腕力があって、町の人々に

(おそれられている、ちちはいつもくちをきわめてとうだいのちめいのせいじか、だいじん、)

おそれられている、父はいつも口をきわめて当代の知名の政治家、大臣、

(せいとうしゅりょうなどをばとうする、もんぶだいじんのごときもちちはじぶんのしんゆうのごとくに)

政党首領などを罵倒する、文部大臣のごときも父は自分の親友のごとくに

(いいなす、それをみていわおはますますちちはえらいとおもった。そのひかれは)

いいなす、それを見て巌はますます父はえらいと思った。その日かれは

(かみどこでふたりのきゃくがはなしているのをきいた。「さすがのごんたもきょうこそは)

理髪床でふたりの客が話しているのをきいた。「さすがの猛太も今日こそは

(おうじょうしたらしいぜ、ちょうちょうにひどくしかられたそうだよ」とひとりがいった。)

往生したらしいぜ、町長にひどくしかられたそうだよ」とひとりがいった。

(「ちょうちょうだってどうやらくさいものだ」とひとりがいう。「いやちょうちょうは)

「町長だってどうやら臭いものだ」とひとりがいう。「いや町長は

(なかなかいいひとだ」ふたりのはなしをききながらいわおはまたしてもはらのうちで)

なかなかいい人だ」ふたりの話を聞きながら巌はまたしてもはらのうちで

(れいしょうした。「ちょうちょうなんて、それはおれのおやじにふりまわされてる)

冷笑した。「町長なんて、それはおれの親父にふりまわされてる

(でくのぼうだってことをしらないんだ」かれはこうおもうていえへかえった、ちちは)

でくのぼうだってことを知らないんだ」かれはこう思うて家へ帰った、父は

(すでにかえっていた、だまってにがりきったかおをしてすわっていたので)

すでに帰っていた、だまってにがりきった顔をして座っていたので

(いわおはつぎのしつへひっこんだ、きげんのわるいときにちかづくとげんこつがとんでくる)

巌はつぎの室へひっこんだ、機嫌の悪いときに近づくとげんこつが飛んでくる

(おそれがあるからである、ちちはたんきだからげんこつがひじょうにはやい。)

おそれがあるからである、父は短気だからげんこつが非常に早い。

(「おいいわお」とごうたはよびよんだ。「はい」「きさま、どこへいってきた」)

「おい巌」と猛太は呼よんだ。「はい」「きさま、どこへいってきた」

(「とこやへゆきました」「なにしにいった」「あたまをかりに」)

「床屋へゆきました」「なにしにいった」「頭を刈りに」

(「ばかっ、あたまをかったってきさまのあたまがよくなるかっ」「おかあさんが)

「ばかッ、頭を刈ったってきさまの頭がよくなるかッ」「お母さんが

など

(ゆけといったから」「おかあさんもばかだ、あたまはいくらだ」「にじゅっせんです」)

ゆけといったから」「お母さんもばかだ、頭はいくらだ」「二十銭です」

(「にじゅっせんであたまをかりやがって、がっこうをたいこうされやがって」いわおはだまった、)

「二十銭で頭を刈りやがって、学校を退校されやがって」巌はだまった、

(にじゅっせんのあたまとじぶんのたいこうといかなるかんけいがあるかとかんがえてみたがかれには)

二十銭の頭と自分の退校といかなる関係があるかと考えてみたがかれには

(わからなかった。こういうときにいえにいるとろくなことがないとおもったので)

わからなかった。こういうときに家にいるとろくなことがないと思ったので

(かれはそっとそとへでた。まちをいちじゅんしてふたたびかえるとちちのしつにらいきゃくがあった。)

かれはそっと外へでた。町を一巡してふたたび帰ると父の室に来客があった。

(それはやくばのしょむかちょうのどいというろうじんであった、このろうじんはひじょうにこうじんぶつ)

それは役場の庶務課長の土井という老人であった、この老人は非常に好人物

(というひょうばんもたかいが、ひじょうによくばりだというひょうばんもたかい、つまりこうじんぶつで)

という評判も高いが、非常によくばりだという評判も高い、つまり好人物で

(あってよくばりなのである。はははどこへいったかすがたがみえない、ちちとどいろうじんは)

あってよくばりなのである。母はどこへいったか姿が見えない、父と土井老人は

(さけをのみながらはなしはよほどかきょうにはいったらしい。「しんぱいするなよ、なんでも)

酒を飲みながら話はよほど佳境に入ったらしい。「心配するなよ、なんでも

(ないさ、そんなちいさなりょうけんではてんかがとれないぜ」ちちのこえはかいかつごうほうであった。)

ないさ、そんな小さな量見では天下が取れないぜ」父の声は快活豪放であった。

(「でも・・・・・・そのね、ちょうかいがあんなにさわぎだすと、どうしてもね・・・・・・」)

「でも……そのね、町会があんなにさわぎ出すと、どうしてもね……」

(「もういいよわかったよおれにかんがえがあるから、なにをばかな、はっはっはっ」)

「もういいよわかったよおれに考えがあるから、なにをばかな、はッはッはッ」

(わらいがでるようではちちはよほどよっているといわおはおもった。「しかし、)

わらいがでるようでは父はよほど酔っていると巌は思った。「しかし、

(いよいよあすごろ・・・・・・たぶんあすごろ、けんじが・・・・・・あるいはけんじがしらべにくる)

いよいよ明日ごろ……多分明日ごろ、検事が……あるいは検事が調べにくる

(かもしれんので・・・・・・」「なにをいうか、けんじがきたところでなんだ、)

かもしれんので……」「なにをいうか、検事がきたところでなんだ、

(しょうこがあるかっ」「ちょうぼはその・・・・・・」「やいてしまえ」)

証拠があるかッ」「帳簿はその……」「焼いてしまえ」

(ろうじんは「あっ」とこえをあげたきりだまってしまった。「はっはっはっ」と)

老人は「あっ」と声をあげたきりだまってしまった。「はッはッはッ」と

(ごうたはわらった。がいわおのあしおとをきいてすぐどなった。「だれだっ」)

猛太はわらった。が巌の足音を聞いてすぐどなった。「だれだッ」

(「ぼくです」「いわおか、なんべんとこやへゆくんだ、いくらあたまをかってもりこうにならんぞ」)

「僕です」「巌か、何遍床屋へゆくんだ、いくら頭をかっても利口にならんぞ」

(いわおはだまってじぶんのしつにはいりつくえにむかってほんをよみはじめた、かれは)

巌はだまって自分の室にはいり机に向かって本を読みはじめた、かれは

(ほんをよむとねむくなるのがくせである、いくじかんつくえにもたれてねむったかわからない)

本を読むと眠くなるのがくせである、いく時間机にもたれて眠ったかわからない

(が、がらがらととをあけるおとにめをさますと、きゃくはすでにさり、)

が、がらがらと戸をあける音に眼をさますと、客はすでに去り、

(ははもとこについたらしい。「なんだろう」こうおもったときかれはちちがそとへでるすがたを)

母も床についたらしい。「なんだろう」こう思ったときかれは父が外へでる姿を

(みた。「どこへゆくんだろう」がぜんとしてかれのあたまにうかんだのは、)

見た。「どこへゆくんだろう」俄然としてかれの頭に浮かんだのは、

(ちびこうのおじかくへいがちちごうたをうかがってふくしゅうせんとしていることである、)

チビ公の伯父覚平が父猛太をうかがって復讐せんとしていることである、

(きょうもやくばをまちがってぜいむしょへちんにゅうしたところをちびこうがきて)

今日も役場をまちがって税務署へ闖入したところをチビ公がきて

(つれていったそうだ、へびのごとくしゅうねんぶかいやつだから、いつどんなところから)

つれていったそうだ、へびのごとく執念深いやつだから、いつどんなところから

(とびだしてぼうこうをくわえるかもしれない。「ちちをほごしなきゃならん」)

飛びだして暴行を加えるかもしれない。「父を保護しなきゃならん」

(いわおはたちあがった、かれはほそみのかたなをしこんだくろぬりのすてっき(ちちがむかし)

巌は立ちあがった、かれは細身の刀をしこんだ黒塗りのステッキ(父が昔

(あいようしたもの)をこわきにかかえてちちのあとをつけた。はつかあまりのつきが)

愛用したもの)を小脇にかかえて父のあとをつけた。二十日あまりの月が

(ねぼけたようにまちのかたがわをうすねずみいろにあかるくしていた。ちちのあしもとは)

ねぼけたように町の片側をうすねずみ色に明るくしていた。父の足元は

(いわおがよそうしたほどみだれてはいなかった、かれはまちのくらいほうのがわをいそぎあしで)

巌が予想したほどみだれてはいなかった、かれは町の暗い方の側を急ぎ足で

(あるいた。「どこへゆくんだろう」いわおはこうおもいながらちちとにじゅっぽばかりのかんかくを)

歩いた。「どこへゆくんだろう」巌はこう思いながら父と二十歩ばかりの間隔を

(とってさとられぬようにのきしたにそうていった。ちちはそれともしらずに)

取ってさとられぬように軒下に沿うていった。父はそれとも知らずに

(まっすぐにほんどおりへでてひだりへまがった。「やくばへゆくんだ」このしんやに)

まっすぐに本通りへ出て左へ曲がった。「役場へゆくんだ」この深夜に

(やくばへゆくのはなんのためだろう、いわおのあたまにいちだのぎうんがただようた。)

役場へゆくのはなんのためだろう、巌の頭に一朶の疑雲がただようた。

(とかれはさらにおどろくべきものをみた、ちちはやくばのいりぐちからはいらずに)

とかれはさらにおどろくべきものを見た、父は役場の入り口から入らずに

(しばらくまどのしたにたたずんでいたがやがてけいけいとまどわくによじのぼった、)

しばらく窓の下にたたずんでいたがやがて軽々と窓わくによじのぼった、

(てをがらすまどにかけたかとおもうと、がらすがかすかにはんしゃのひかりとともにうごいた。)

手をガラス窓にかけたかと思うと、ガラスがかすかに反射の光と共に動いた。

(ちちのすがたはもうみえない。「どうしたことだろう」いわおはあっけにとられたが)

父の姿はもう見えない。「どうしたことだろう」巌はあっけに取られたが

(すぐこうおもいかえした。「なにかわすれものをしたのだろう」だがこのとき)

すぐこう思いかえした。「なにかわすれものをしたのだろう」だがこのとき

(かれはぱっといっせんのかこうがまどのがらすにうつったようなきがした、)

かれはぱっと一閃の火光が窓のガラスに映ったような気がした、

(そうしてそれがすぐきえた。「なぜでんとうをつけないんだろう」)

そうしてそれがすぐ消えた。「なぜ電灯をつけないんだろう」

(ふたたびかこうがぱっとひらめいた。ゆがんだようなはんしゃががらすをきらきら)

ふたたび火光がぱっとひらめいた。ゆがんだような反射がガラスをきらきら

(させた、それはろうそくのひかりでもなければがすのひかりでもない、ほずえのけむりが)

させた、それはろうそくの光でもなければガスの光でもない、穂末の煙が

(くろみとしろみとこんごうしてぎゅうにゅうしょくにてんじょうにたちのぼった。いわおはわれをわすれて)

黒みと白みと混合して牛乳色に天井に立ちのぼった。巌はわれをわすれて

(まどによじのぼり、ほんばのごとくろうかへおりた。まどからみなみかぜがさっと)

窓によじのぼり、奔馬のごとくろうかへ降りた。窓から南風がさっと

(ふきこんだ、えんえんたるかこうとこくえんのあいだにちちはひじょうなじんそくさをもって)

ふきこんだ、炎々たる火光と黒煙のあいだに父は非常な迅速さを持って

(ちょうぼばこにあぶらをそそいでいる、せきゆのにおいはちっそくするばかりにはげしくはなをつく、)

帳簿箱に油を注いでいる、石油の臭いは窒息するばかりにはげしく鼻をつく、

(そうしてすさまじいいきおいをもってけむりをいっぱいにみなぎらす、ほのおのしたはみるみる)

そうしてすさまじい勢いをもって煙を一ぱいにみなぎらす、焔の舌は見る見る

(ゆかいたをなめ、てーぶるをなめ、かべをつたうててんじょうをはわんとしつつある。)

床板をなめ、テーブルをなめ、壁を伝うて天井を這わんとしつつある。

(いわおはいきなり、そこにあるつくえかけをとってゆかのうえのかえんをたたきだした。)

巌はいきなり、そこにある机かけをとって床の上の火炎をたたきだした。

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