山本周五郎 赤ひげ診療譚 駈込み訴え 2

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プレイ回数1072難易度(4.5) 3854打 長文 長文モード可
映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第二話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 じゅんこ 5087 B+ 5.4 94.1% 713.5 3872 242 71 2024/04/27

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問題文

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(きたのびょうとうのいちばんはじゅうしょうしゃのへやで、きょじょうがびょうにんのまくらもとにすわっており、)

北の病棟の一番は重症者の部屋で、去定が病人の枕元に坐っており、

(のぼるがはいってゆくと、みむきもせずにてでまねき、)

登がはいってゆくと、見向きもせずに手で招き、

(そして、しんさつしてみろといった。へやのなかにはふかいなしゅうきがこもっていた。)

そして、診察してみろと云った。部屋の中には不快な臭気がこもっていた。

(よもぎをすりつぶしたような、にがみをおびたあおくささといったかんじで、)

蓬(よもぎ)を摺り潰したような、苦味を帯びた青臭さといった感じで、

(むろんそのびょうにんからにおってくるのだろう、)

むろんその病人から匂ってくるのだろう、

(のぼるはかおをしかめながらびょうしょうのわきにすわった。)

登は顔をしかめながら病床の脇に坐った。

(ーーみたばかりで、そのびょうにんがもうしにかかっていることはわかった。)

ーー見たばかりで、その病人がもう死にかかっていることはわかった。

(だがのぼるはきそくどおりにみゃくをさぐり、こきゅうをきき、)

だが登は規則どおりに脈をさぐり、呼吸を聞き、

(まぶたをあげてどうこうをみた。)

瞼をあげて瞳孔(どうこう)をみた。

(「あとはんときぐらいだとおもいます」とのぼるはいった、)

「あと半刻(はんとき)ぐらいだと思います」と登は云った、

(「いしきもないし、もうくつうもかんじないでしょう、)

「意識もないし、もう苦痛も感じないでしょう、

(はんときはもたないかもしれません」)

半刻はもたないかもしれません」

(そしてかれは、びょうにんのはなのりょうがわにあらわれている、むらさきいろのはんてんをゆびさした。)

そして彼は、病人の鼻の両側にあらわれている、紫色の斑点を指さした。

(「これがびょうれきだ」といって、きょじょうはいちまいのかみをわたした、)

「これが病歴だ」と云って、去定は一枚の紙を渡した、

(「これをよんだうえでびょうきのしんだんをしてみろ」のぼるはうけとってよんだ。)

「これを読んだうえで病気の診断をしてみろ」登は受取って読んだ。

(びょうにんのなはろくすけ、としはごじゅうにさい。にゅうしょしてからごじゅうににちになる。)

病人の名は六助、年は五十二歳。入所してから五十二日になる。

(はじめはぜんしんのすいじゃくとかるいふくつうをうったえるだけだったが、)

初めは全身の衰弱と軽い腹痛を訴えるだけだったが、

(はつかほどたってからいたみのぞうだいとおうとがはじまり、しょくよくがなくなった。)

二十日ほど経ってから痛みの増大と嘔吐が始まり、食欲がなくなった。

(とぶつはえきじょうになり、たいしかっしょくでとくゆうのしゅうきをはなち、)

吐物は液状になり、帯糸褐色(たいしかっしょく)で特有の臭気を放ち、

(ふくぶのちゅうおう、ーーいのかぶにしゅちょうがみとめられた。)

腹部の中央、ーー胃の下部に腫脹が認められた。

など

(ごじゅうにちをすぎるころからいたみはふくぶぜんたいにひろがって、)

五十日を過ぎるころから痛みは腹部全体にひろがって、

(おうとのかいすうがまし、ぜんしんのだつりょくとしょうもうがめだってきた。)

嘔吐の回数が増し、全身の脱力と消耗がめだって来た。

(・・・・・・のぼるはこれらのようてんをあたまにいれてから、びょうにんのきものをおおきくひらいてみた。)

……登はこれらの要点を頭にいれてから、病人の着物を大きくひらいてみた。

(あおぐろくかわいたしわだらけのひふのしたに、)

蒼黒く乾いた皺だらけの皮膚の下に、

(あらゆるほねがつきでているようにみえ、ふくぶだけがふしぜんにおおきくはっていた。)

あらゆる骨が突き出ているようにみえ、腹部だけが不自然に大きく張っていた。

(のぼるはてでそのしゅちょうにふれ、それがいしのようにかたく、)

登は手でその腫脹に触れ、それが石のように固く、

(ぜんたいがほねにゆちゃくしているように)

ぜんたいが骨に癒着しているように

(うごかないのをたしかめながらおもいあたるびょうめいをきょじょうにこたえた。)

動かないのをたしかめながら思い当る病名を去定に答えた。

(「ちがう、そうではない」ときょじょうはくびをふった、)

「違う、そうではない」と去定は首を振った、

(「これはおまえのひっきにかいてあるびょうれいのなかのめずらしいいちれいだ、)

「これはおまえの筆記に書いてある病例の中の珍らしい一例だ、

(がんしゅにはちがいないが、ほかのものとはっきりくべつのつくしょうじょうがある、)

癌腫には違いないが、他のものとはっきり区別のつく症状がある、

(そのびょうれきのきじをもういちどよんでみろ」)

その病歴の記事をもういちど読んでみろ」

(のぼるはそれをよんでから、べつのびょうめいをいった。)

登はそれを読んでから、べつの病名を云った。

(「これはたいきりいる、つまりすいぞうにしょはつしたがんしゅだ」)

「これは大機里爾(たいきりいる)、つまり膵臓に初発した癌腫だ」

(ときょじょうがいった、「すいぞうはいのした、ひとじゅうにしちょうとのあいだにあって、)

と去定が云った、「膵臓は胃の下、脾(ひ)と十二指腸とのあいだにあって、

(うごかないぞうきだから、がんがはっせいしてもいたみをかんじない、)

動かない臓器だから、癌が発生しても痛みを感じない、

(いたみによってそれとわかるころには、)

痛みによってそれとわかるころには、

(おおくほかのぞうきにがんがひろがっているものだし、)

多く他の臓器に癌がひろがっているものだし、

(したがってしょうもうがはげしくてしのてんきをとることもはやい、)

したがって消耗が激しくて死の転帰をとることも早い、

(このびょうれいはごくまれだからおぼえておくがいい」)

この病例はごく稀だから覚えておくがいい」

(「すると、ちりょうほうはないのですね」)

「すると、治療法はないのですね」

(「ない」ときょじょうはちょうしょうするようにくびをふった、)

「ない」と去定は嘲笑するように首を振った、

(「このびょうきにかぎらず、あらゆるびょうきにたいしてちりょうほうなどはない」)

「この病気に限らず、あらゆる病気に対して治療法などはない」

(のぼるはゆっくりきょじょうをみた。)

登はゆっくり去定を見た。

(「いじゅつがもっとすすめばかわってくるかもしれない、だがそれでも、)

「医術がもっと進めば変ってくるかもしれない、だがそれでも、

(そのこたいのもっているせいめいりょくをしのぐことはできないだろう」)

その個躰のもっている生命力を凌ぐことはできないだろう」

(ときょじょうはいった、「いじゅつなどといってもなさけないものだ、)

と去定は云った、「医術などといってもなさけないものだ、

(ながいねんげつやっていればいるほど、)

長い年月やっていればいるほど、

(いじゅつがなさけないものだということをかんずるばかりだ、びょうきがおこると、)

医術がなさけないものだということを感ずるばかりだ、病気が起こると、

(あるこたいはそれをこくふくし、べつのこたいはまけてたおれる、)

或る個躰はそれを克服し、べつの個躰は負けて倒れる、

(いしゃはそのしょうじょうとけいかをみとめることができるし、)

医者はその症状と経過を認めることができるし、

(せいめいりょくのつよいこたいにはたしょうのじょりょくをすることもできる、)

生命力の強い個躰には多少の助力をすることもできる、

(だが、それだけのことだ、いじゅつにはそれいじょうののうりょくはありゃあしない」)

だが、それだけのことだ、医術にはそれ以上の能力はありゃあしない」

(きょじょうはじちょうとかなしみをひょうはくするように、たくましいかたのいっぽうをゆりあげた、)

去定は自嘲とかなしみを表白するように、逞ましい肩の一方をゆりあげた、

(「ーーげんざいわれわれにできることで、まずやらなければならないことは、)

「ーー現在われわれにできることで、まずやらなければならないことは、

(ひんこんとむちにたいするたたかいだ、ひんこんとむちとにかってゆくことで、)

貧困と無知に対するたたかいだ、貧困と無知とに勝ってゆくことで、

(いじゅつのふそくをおぎなうほかはない、わかるか」)

医術の不足を補うほかはない、わかるか」

(それはせいじのもんだいではないかと、のぼるはこころのなかでおもった。)

それは政治の問題ではないかと、登は心の中で思った。

(すると、まるでのぼるがそういうのをききでもしたように、)

すると、まるで登がそう云うのを聞きでもしたように、

(きょじょうはらんぼうなくちぶりでいった。)

去定は乱暴な口ぶりで云った。

(「それはせいじのもんだいだというだろう、だれでもそういってすましている、)

「それは政治の問題だと云うだろう、誰でもそう云って済ましている、

(だがこれまでかつてせいじがひんこんやむちにたいしてなにかしたことがあるか、)

だがこれまでかつて政治が貧困や無知に対してなにかしたことがあるか、

(ひんこんだけにかぎってもいい、えどかいふこのかたでさえいくせんびゃくとなくほうれいがでた、)

貧困だけに限ってもいい、江戸開府このかたでさえ幾千百となく法令が出た、

(しかしそのなかに、にんげんをひんこんのままにしておいてはならない、)

しかしその中に、人間を貧困のままにして置いてはならない、

(というかじょうがいちどでもしめされたれいがあるか」)

という箇条が一度でも示された例があるか」

(きょじょうはそこでぐっとくちびるをひきしめた。)

去定はそこでぐっと唇をひき緊めた。

(じぶんのこえがげっこうのちょうしをおびたこと、)

自分の声が激昂の調子を帯びたこと、

(それがかなりこどもっぽいものであることにきづいたらしい。)

それがかなり子供っぽいものであることに気づいたらしい。

(だがのぼるは、そのちょうしにさそわれたように、めをあげてきょじょうをみた。)

だが登は、その調子にさそわれたように、眼をあげて去定を見た。

(「しかしせんせい」とかれははんもんした、「このせやくいん・・・・・・ようじょうしょというせつびは、)

「しかし先生」と彼は反問した、「この施薬院……養生所という設備は、

(そのためにばくふのひようでもうけられたものではありませんか」)

そのために幕府の費用で設けられたものではありませんか」

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