山本周五郎 赤ひげ診療譚 徒労に賭ける 10

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投稿者投稿者uzuraいいね2お気に入り登録
プレイ回数650難易度(4.4) 3016打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第五話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 hutaba 4174 C 4.2 97.3% 704.5 3024 83 62 2024/04/29

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問題文

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(それはにほんばししろがねちょうの、)

それは日本橋白銀町(しろがねちょう)の、

(いずみやとくべえというしちりょうがえしょうで、しじゅういっさいになるさいじょがちゅうふうになり、)

和泉屋徳兵衛という質両替商で、四十一歳になる妻女が中風になり、

(はんとしほどまえからしんさつにかよっていたのだが、)

半年ほどまえから診察にかよっていたのだが、

(きょじょうはれいのようにこうがくなやくれいをとってい、)

去定は例のように高額な薬礼を取ってい、

(それをとくべえがふとうだとおもっていたらしい。)

それを徳兵衛が不当だと思っていたらしい。

(しんさつをしくすりのちょうごうをかえてあたえると、)

診察をし薬の調合を変えて与えると、

(そばでながめていたとくべえがちゃをすすめながらひにくなかおできょじょうにはなしかけた。)

側で眺めていた徳兵衛が茶をすすめながら皮肉な顔で去定に話しかけた。

(「つかぬことをうかがいますが、いはせいしのことにあずからず、)

「つかぬことをうかがいますが、医は生死のことにあずからず、

(ということがあるそうでございますな」)

ということがあるそうでございますな」

(「あるようだな」ときょじょうはこたえた。)

「あるようだな」と去定は答えた。

(「するとなんですかな」ととくべえはそらとぼけたこえでいった、)

「するとなんですかな」と徳兵衛はそらとぼけた声で云った、

(「なおるびょうにんはなおる、しぬびょうにんはしぬ、いしゃのしったことではない、)

「治る病人は治る、死ぬ病人は死ぬ、医者の知ったことではない、

(というわけでございますかな」)

というわけでございますかな」

(「そういういみもあるだろうね」)

「そういう意味もあるだろうね」

(「するとその、やぶいしゃもめいいもさべつはない、こうかなくすりもばいやくもおなじことだ、)

「するとその、藪医者も名医も差別はない、高価な薬も売薬も同じことだ、

(というわけになるのでしょうかな」)

というわけになるのでしょうかな」

(そこでとくべえはわざとらしくつけくわえた、)

そこで徳兵衛はわざとらしく付け加えた、

(「もちろんにいでせんせいのようなごこうめいなかたはべつとしてですが」)

「もちろん新出先生のような御高名な方はべつとしてですが」

(「わたしをべつにすることはない」ときょじょうはこたえた、)

「私をべつにすることはない」と去定は答えた、

(「おまえさんのいうとおり、)

「おまえさんの云うとおり、

など

(いしゃにもくすりにもたいしたさべつはないというのがじじつだ、)

医者にも薬にもたいした差別はないというのが事実だ、

(めいいなどというひょうばんをきいてたかいやくれいをはらったり、)

名医などという評判を聞いて高い薬礼を払ったり、

(こうのうもしれぬくすりをかいあさったりするのは、)

効能も知れぬ薬を買いあさったりするのは、

(どろぼうにおいせんをやるよりばかげたことだ)

泥棒に追い銭をやるよりばかげたことだ

(ーーなにかそのほかにききたいことがありますか」)

ーーなにかそのほかに訊きたいことがありますか」

(「これはどうも、ごきげんをそんじたようでございますな」)

「これはどうも、御機嫌を損じたようでございますな」

(「いやなかなか」ときょじょうはたちあがりながらわらった、)

「いやなかなか」と去定は立ちあがりながら笑った、

(「このくらいのことではらをたてるようでは、)

「このくらいのことで肚(はら)を立てるようでは、

(かねもちのたいこいしゃがつとまるものではない、そのけねんはごむよう」)

金持のたいこ医者が勤まるものではない、その懸念は御無用」

(そとへでるとすぐに、きょじょうは「りんしょくかん」といってつばをはいた。)

外へ出るとすぐに、去定は「吝嗇漢(りんしょくかん)」と云って唾を吐いた。

(それからさんけんまわったのだが、きげんのなおるようすはなかった。)

それから三軒廻ったのだが、機嫌の直るようすはなかった。

(のぼるもこれまでがいしんのともをしていて、)

登もこれまで外診の供をしていて、

(きょじょうがそんなことをいわれるのをみたれいはなかった。まちやはいうまでもなく、)

去定がそんなことを云われるのを見た例はなかった。町家はいうまでもなく、

(だいみょうしょこうでさえ、そうとういじょうのれいをつくしてむかえるのがつねであった。)

大名諸侯でさえ、相当以上の礼をつくして迎えるのがつねであった。

(ーーひどいやつがあったものだ。)

ーーひどいやつがあったものだ。

(とくべえのひにくな、そらとぼけたくちょうや、)

徳兵衛の皮肉な、そらとぼけた口調や、

(いろつやのわるいかおにうかべたいやしいひょうじょうなどをおもいかえすと、)

色艶の悪い顔にうかべた卑しい表情などを思い返すと、

(のぼるもまたつばをはきたいような、いやなきもちになるのであった。)

登もまた睡を吐きたいような、いやな気持になるのであった。

(ろっけんめのかいしんがおわってでたとき、きょじょうはそらをみあげて、)

六軒めの回診が終って出たとき、去定は空を見あげて、

(「さて」とつぶやき、そのまましばらくたちどまっていた。)

「さて」と呟やき、そのまま暫く立停っていた。

(たけぞうはせおったやくろうをゆりあげながら、うかがうようにのぼるをみた。)

竹造は背負った薬籠をゆりあげながら、うかがうように登を見た。

(のぼるはめで、だまっていろというあいずをした。)

登は眼で、黙っていろという合図をした。

(「まだかえるにははやいな」ときょじょうはわれにかえったようにいった、)

「まだ帰るには早いな」と去定はわれに返ったように云った、

(「よし、みくみちょうへまわってやろう」)

「よし、みくみ町へ廻ってやろう」

(そしてげんきよくあるきだした。)

そして元気よく歩きだした。

(まるでからだのなかからふきげんをたたきだそうとでもするように、)

まるで躯の中から不機嫌を叩き出そうとでもするように、

(ちからのこもったおおまたで、おなりみちをよこぎると、)

力のこもった大股で、御成道(おなりみち)を横切ると、

(まつしたちょうからぶけやしきのあいだをぬけ、ほそくてきゅうなさかをのぼってみくみちょうまで、)

松下町から武家屋敷のあいだをぬけ、細くて急な坂を登ってみくみ町まで、

(ぐんぐんとやすみなしにあるきつづけた。)

ぐんぐんと休みなしに歩き続けた。

(やくろうをせおっているたけぞうはあせだらけになり、のぼるにむかってそっとくじょうをいった。)

薬籠を背負っている竹造は汗だらけになり、登に向かってそっと苦情を云った。

(「あのけちんぼのあだを、こちとらでうたれるようなもんだ、)

「あのけちんぼの仇(あだ)を、こちとらで討たれるようなもんだ、

(こんなつまらねえはなしはありませんぜ」)

こんなつまらねえ話はありませんぜ」

(のぼるはだまってふりむいた。)

登は黙って振向いた。

(たけぞうはぐしゃぐしゃになったてぬぐいでひたいをふき、それをりょうてでしぼってみせた。)

竹造はぐしゃぐしゃになった手拭で額を拭き、それを両手で絞ってみせた。

(てぬぐいはいまみずからあげでもしたように、しんじがたいほどのりょうのあせがしぼりだされた。)

手拭はいま水からあげでもしたように、信じ難いほどの量の汗が絞り出された。

(のぼるはくしょうして、「よせ」といいかけながら、)

登は苦笑して、「よせ」と云いかけながら、

(ふと、すれちがってゆくおとこのほうをみた。)

ふと、すれちがってゆく男のほうを見た。

(それはしょうかがいのほうからきたのだが、すれちがうときにへんなめでこちらをみた。)

それは娼家街のほうから来たのだが、すれちがうときに変な眼でこちらを見た。

(いっしゅのするどさをおびたいやなめつきだったので、のぼるがふりかえると、)

一種のするどさを帯びたいやな眼つきだったので、登が振返ると、

(そのおとこもこちらをふりかえってみてい、だがすぐにかおをそむけると、)

その男もこちらを振返って見てい、だがすぐに顔をそむけると、

(こばしりによこちょうへまがっていった。)

小走りに横丁へ曲っていった。

(「いつかのやつですぜ」とたけぞうがどもりながらいった。)

「いつかのやつですぜ」と竹造が吃りながら云った。

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