半七捕物帳 三河万歳6
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問題文
(とみぞうのとなりのおつがというにじゅうごろくのこいきなおんなが)
三 富蔵の隣りのお津賀(つが)という二十五六の小粋(こいき)な女が
(すんでいる。よほどのだらしのないおんなで、だんなどりをしているという)
住んでいる。よほどのだらしのない女で、旦那取りをしているという
(のであるが、さだまったひとりのだんなをまもっているのではないらしく、)
のであるが、定まった一人の旦那を守っているのでは無いらしく、
(おおぜいのおとこにかかりあっていっしゅのじごくどうようのみだらなせいかつを)
大勢の男にかかり合って一種の淫売(じごく)同様のみだらな生活を
(いとなんでいるのだときんじょではもっぱらうわさされた。そのおつがのところへ)
営んでいるのだと近所ではもっぱら噂された。そのお津賀のところへ
(まれにたずねてくるごじゅうくらいのおとこがあって、それはじぶんのおじさんで、)
稀(まれ)にたずねてくる五十くらいの男があって、それは自分の叔父さんで、
(いちねんにいちどずつしょうばいようでじょうしゅうからでてくるのだとかのじょはいっているが、)
一年に一度ずつ商売用で上州から出て来るのだと彼女は云っているが、
(どうもじょうしゅうものではないらしく、またほんとうのおじさんではないらしい。)
どうも上州者ではないらしく、又ほんとうの叔父さんではないらしい。
(それもれいのだんなのひとりであろうとながやじゅうのものにはみとめられていた。)
それも例の旦那の一人であろうと長屋じゅうの者には認められていた。
(し、ごにちまえのゆうがたに、そのおじというひとがひさしぶりにたずねてくると、)
四、五日前の夕方に、その叔父という人が久し振りにたずねて来ると、
(あいにくおつがはいなかった。かれはひとりもので、そとへでるときにおもてのとに)
あいにくお津賀はいなかった。かれは独身者で、外へ出るときに表の戸に
(しっかりとじょうをおろしてゆくので、おじははいることができなかった。)
しっかりと錠をおろしてゆくので、叔父ははいることが出来なかった。
(うすぐらいかどぐちにぼんやりたっているおとこのすがたをきのどくそうにみて、)
うす暗い門口(かどぐち)にぼんやり立っている男の姿を気の毒そうに見て、
(いどばたからこえをかけたのがこのにょうぼうであった。だまっていればよかったが、)
井戸端から声をかけたのがこの女房であった。黙っていればよかったが、
(となりはとみぞうのいえで、かれはとをあけはなしたままでちょうないのせんとうへ)
となりは富蔵の家で、かれは戸をあけ放したままで町内の銭湯へ
(でていったるすであったが、とられるようなもののあるいえではなし、)
出て行った留守であったが、奪(と)られるような物のある家では無し、
(ことにそのおとこのかおもみしっているので、にょうぼうもあんしんしてそうおしえたのであった。)
殊にその男の顔も見知っているので、女房も安心してそう教えたのであった。
(すこしよっているらしいおとこはれいをいってとなりへはいって、あがりがまちに)
すこし酔っているらしい男は礼を云って隣りへはいって、上がり框(がまち)に
(こしかけているらしかったが、そのうちにしゃみせんをぽつんぽつんと)
腰かけているらしかったが、そのうちに三味線をぽつんぽつんと
(ひきだしたおとがきこえた。かれはおつがのいえへきてもときどきにしゃみせんを)
弾き出した音がきこえた。かれはお津賀の家へ来ても時々に三味線を
(ひくことがあるので、にょうぼうもべつにふしぎにはおもわないでじぶんのこめを)
弾くことがあるので、女房も別に不思議には思わないで自分の米を
(といでしまっていえへかえった。)
磨(と)いでしまって家へ帰った。
(「それからがそうどうなんですよ」と、にょうぼうはかおをしかめてはなした。)
「それからが騒動なんですよ」と、女房は顔をしかめて話した。
(「とみさんのいえでなにかどたんばたんというおとがきこえたから、)
「富さんの家で何かどたんばたんという音が聞えたから、
(どうしたのかとおもってかけつけてみると、とみさんはゆあがりのあたまから)
どうしたのかと思って駈けつけてみると、富さんは湯あがりの頭から
(ぽっぽっけむをたてて、そのおじさんというひとのむなぐらをつかんで、)
ぽっぽっ煙(けむ)を立てて、その叔父さんという人の胸倉を摑んで、
(ひどいけんまくでなにかかけあいをつけているんです。だんだんきいてみると、)
ひどい権幕で何か掛け合いを付けているんです。だんだん訊いてみると、
(そのひとがとみさんのねこをぶちころしてしまったといういっけんなんです」)
その人が富さんの猫を撲(ぶ)ち殺してしまったという一件なんです」
(「なぜころしたんだろう。だしぬけにおどりだしたのかえ」と、はんしちはきいた。)
「なぜ殺したんだろう。だしぬけに踊り出したのかえ」と、半七は訊いた。
(「そうなんですよ。おどりだしたんですよ」)
「そうなんですよ。踊り出したんですよ」
(にょうぼうのせつめいによると、とみぞうはじぶんのかっているしろいこねこにおどりをしこむために、)
女房の説明によると、富蔵は自分の飼っている白い仔猫に踊りを仕込むために、
(ながひばちにすみびをかんかんおこして、そのうえにどうのいたをおく。)
長火鉢に炭火をかんかん熾(おこ)して、その上に銅の板を置く。
(それはちょうどかのもんじやきをやくようなしゅこうである。そのどうのいたのあつくなったころに、)
それは丁度かの文字焼を焼くような趣向である。その銅の板の熱くなった頃に、
(こねこのどうなかをあさなわでしばって、てんじょうからひばちのうえにつりさげて、)
仔猫の胴中を麻縄で縛って、天井から火鉢の上に吊りさげて、
(よんほんのあしがちょうどそのどうのいたをふむようにすると、いたはやけきっているから、)
四本の足が丁度その銅の板を踏むようにすると、板は焼け切っているから、
(ねこはそのあついのにおどろいて、おもわずぜんごのあしをかわるがわるに)
猫はその熱いのにおどろいて、思わず前後の足を代わる代わるに
(ひょいひょいあげる。それをまちもうけて、とみぞうはつまびきでしゃみせんを)
ひょいひょい揚げる。それを待ち設けて、富蔵は爪弾きで三味線を
(ひきだすのである。もちろんはじめのうちはねこのあしどりをみて、こっちでうまく)
弾き出すのである。勿論はじめのうちは猫の足どりを見て、こっちで巧く
(ちょうしをあわしていかなければならないのであるが、それがだんだんに)
調子を合わして行かなければならないのであるが、それがだんだんに
(なれてくると、ねこのほうからちょうしにあわせてぜんごのあしをひょいひょいと)
馴れて来ると、猫の方から調子にあわせて前後の足をひょいひょいと
(あげるようになる。さらになれてくると、ふつうのいたやたたみのうえでも)
揚げるようになる。更に馴れて来ると、普通の板や畳の上でも
(しゃみせんのおとにつれてしぜんにあしをあげるようになる。みせものごやではやしたてる)
三味線の音につれて自然に足をあげるようになる。観世物小屋で囃し立てる
(ねこのおどりはみなこうしてしこむので、とみぞうもふたつきほどかかって)
猫の踊りは皆こうして仕込むので、富蔵もふた月ほどかかって
(このしろねこをならした。)
この白猫を馴らした。
(こんきよくならしておしえて、ねこもどうやらこうやらしょうばいものになろうと)
根気よく馴らして教えて、猫もどうやら斯(こ)うやら商売物になろうと
(したところを、かのおとこにとつぜんぶちころされてしまったのである。)
したところを、かの男に突然撲ち殺されてしまったのである。
(もちろん、ころしたほうにもそうとうのりくつはあった。かれはかまちにこしをかけて)
勿論、殺した方にも相当の理窟はあった。かれは框(かまち)に腰をかけて
(ぼんやりとまっているたいくつまぎれに、かべにかけてあるしゃみせんをふとみつけて、)
ぼんやりと待っている退屈まぎれに、壁にかけてある三味線をふと見付けて、
(すこしよっているかれはそのしゃみせんをおろしてきてぽつんぽつんとひきはじめると、)
少し酔っている彼はその三味線をおろして来てぽつんぽつんと弾きはじめると、
(ながひばちのそばにうずくまっていたしろねこが、そのつまびきのちょうしにあわせて)
長火鉢の傍にうずくまっていた白猫が、その爪弾きの調子にあわせて
(にわかにおどりだした。かれはじつにびっくりした。うすぐらいゆうがたの)
俄かに踊り出した。彼は実にびっくりした。うす暗い夕方の
(おうまがときに、ねこがふらふらとたっておどりだしたので)
逢魔(おうま)が時(とき)に、猫がふらふらと起って踊り出したので
(あるから、いじょうのきょうふにおそわれたかれは、もうなにもかんがえている)
あるから、異常の恐怖に襲われた彼は、もう何もかんがえている
(よゆうはなかった。かれはもっているしゃみせんをもちなおしてねこののうてんを)
余裕はなかった。かれは持っている三味線を持ち直して猫の脳天を
(ちからまかせになぐりつけると、ねこはそのままころりとたおれてしんだ。)
力任せになぐり付けると、猫はそのままころりと倒れて死んだ。
(そこへかいぬしのとみぞうがかえってきた。)
そこへ飼主の富蔵が帰って来た。
(だれがなんといおうとも、ひとのるすへむだんにはいりこむというほうはないと)
誰がなんと云おうとも、ひとの留守へ無断にはいり込むという法はないと
(とみぞうはおこった。おまけにたいせつなしょうばいものをぶちころしてしまって、)
富蔵は怒った。おまけに大切な商売物をぶち殺してしまって、
(このしまつはどうしてくれるとかれはめのいろをかえてたけった。)
この始末はどうしてくれると彼は眼の色を変えて哮(たけ)った。
(そのじじょうがわかってみると、おとこもひどくきょうしゅくしていろいろにあやまったが、)
その事情が判ってみると、男もひどく恐縮していろいろにあやまったが、
(とみぞうはしょうちしなかった。じぶんもかかりあいがあるので、かのにょうぼうもいっしょに)
富蔵は承知しなかった。自分も係り合いがあるので、かの女房も一緒に
(くちをそえてやったが、とみぞうはどうしてもきかないで、ころしたねこを)
口を添えてやったが、富蔵はどうしても肯(き)かないで、殺した猫を
(いかしてかえすか、さもなくばそのつぐないきんをじゅうりょうだせとせまった。)
生かして返すか、さもなくばその償(つぐな)い金を十両出せと迫った。
(それをいろいろにあやまって、けっきょくはんきんのごりょうにまけてもらうことになったが、)
それをいろいろにあやまって、結局半金の五両に負けて貰う事になったが、
(おとこにはそのごりょうのもちあわせがないので、どうかおおみそかまでまってくれと)
男にはその五両の持ち合わせがないので、どうか大晦日まで待ってくれと
(たのむのを、とみぞうはむりにおさえつけて、うでずくでそのかみいれを)
頼むのを、富蔵は無理におさえ付けて、腕ずくでその紙入れを
(ひったくってしまった。しかしかみいれにはさんぶばかりしかはいって)
引ったくってしまった。しかし紙入れには三分ばかりしか這入って
(いなかったので、とみぞうはまだりょうけんしないで、これからおれといっしょにいって)
いなかったので、富蔵はまだ料簡しないで、これから俺と一緒に行って
(すぐにそのかねをくめんしろとせめているところへ、ちょうどにおつががかえってきて、)
すぐに其の金を工面しろと責めているところへ、丁度にお津賀が帰って来て、
(きっとじぶんがうけあうからこんやのところはかんべんしてくれとしきりに)
きっと自分が受け合うから今夜のところは勘弁してくれと頻りに
(とみぞうをなだめて、ぶじにそのおとこをじぶんのいえへつれこんだ。)
富蔵をなだめて、無事にその男を自分の家へ連れ込んだ。