山月記

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前半まで 「如何にも自分は隴西の李徴である」
途中途中で平仮名にしている部分がありますが、特殊文字な為です。
後半は気が向いたら。

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問題文

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(ろうせいのりちょうははくがくさいえい、てんぽうのまつねん、わかくしてなをこぼうにつらね、)

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、

(ついでこうなんいにほせられたが、)

ついで江南尉に補せられたが、

(せい、けんかい、みずからたのむところすこぶるあつく、)

性、狷介、自から恃むところ頗る厚く、

(せんりにあまんずるをいさぎよしとしなかった。)

賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。

(いくばくもなくかんをしりぞいたあとは、こざん、かくりゃくにきがし、)

いくばくもなく官を退いた後は、故山、かく略に帰臥し、

(ひととまじわりをたって、ひたすらしさくにふけった。)

人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。

(かりとなってながくひざをぞくあくなたいかんのまえにくっするよりは、)

下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、

(しかとしてのなをしごひゃくねんにのこそうとしたのである。)

詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。

(しかし、ぶんめいはよういにあがらず、せいかつはひをおうてくるしくなる。)

しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。

(りちょうはようやくしょうそうにかられてきた。)

李徴は漸く焦躁に駆られて来た。

(このごろからそのようぼうもしょうこくとなり、にくおちほねひいで、)

この頃からその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、

(がんこうのみいたずらにけいけいとして、かつてしんしにとうだいしたころのほうきょうのびしょうねんの)

眼光のみ徒らに炯々として、曾て進士に登第した頃の豊頬の美少年の

(おもかげは、どこにもとめようもない。)

俤は、何処に求めようもない。

(すうねんのあと、ひんきゅうにたえず、)

数年の後、貧窮に堪えず、

(さいしのいしょくのためについにふしをくっして、ふたたびひがしへおもむき、)

妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、

(いちちほうかんりのしょくをほうずることになった。)

一地方官吏の職を奉ずることになった。

(いっぽう、これは、おのれのしぎょうになかばぜつぼうしたためでもある。)

一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。

(かつてのどうはいはすでにはるかこういにすすみ、かれがむかし、)

曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、

(どんぶつとしてしがにもかけなかった)

鈍物として歯牙にもかけなかった

(そのれんちゅうのかめいをはいさねばならぬことが、)

その連中の下命を拝さねばならぬことが、

など

(おうねんのしゅんさいりちょうのじそんしんをいかにきずつけたかは、そうぞうにかたくない。)

往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷けたかは、想像に難くない。

(かれはおうおうとしてたのしまず、きょうはいのせいはいよいよおさえがたくなった。)

彼は怏々として楽しまず、狂悖の性は愈々抑え難くなった。

(いちねんのあと、こうようでたびにで、じょすいのほとりにやどったとき、ついにはっきょうした。)

一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発狂した。

(あるやはん、きゅうにかおいろをかえてねどこからおきあがると、)

或夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、

(なにかわけのわからぬことをさけびつつそのまましたにとびおりて、)

何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、

(やみのなかへかけだした。)

闇の中へ駈出かけだした。

(かれはにどともどってこなかった。)

彼は二度と戻って来なかった。

(ふきんのさんやをそうさくしても、なんのてがかりもない。)

附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。

(そのごりちょうがどうなったかをしるものは、だれもなかった。)

その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。

(よくねん、かんさつぎょし、ちんぐんのえんさんというもの、)

翌年、監察御史、陳郡の袁さんという者、

(かめいをほうじてれいなんにつかいし、みちにしょうおのちにやどった。)

勅命を奉じて嶺南に使いし、途に商於の地に宿った。

(つぎのあさまだくらいうちにしゅっぱつしようとしたところ、)

次の朝未暗い中に出発しようとしたところ、

(えきりがいうことに、これからさきのみちにひとくいどらがでるゆえ、)

駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎が出る故、

(たびびとははくちゅうでなければ、とおれない。)

旅人は白昼でなければ、通れない。

(いまはまだあさがはやいから、いますこしまたれたがよろしいでしょうと。)

今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでしょうと。

(えんさんは、しかし、ともまわりのたぜいなのをたのみ、)

袁さんは、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、

(えきりのことばをしりぞけて、しゅっぱつした。)

駅吏の言葉を斥けて、出発した。

(ざんげつのひかりをたよりにりんちゅうのくさちをとおっていったとき、)

残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、

(はたしていっぴきのもうこがくさむらのなかからおどりでた。)

果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。

(とらは、あわやえんさんにおどりかかるかとみえたが、)

虎は、あわや袁さんに躍りかかるかと見えたが、

(たちまちみをひるがえして、もとのくさむらにかくれた。)

忽ち身を飜して、元の叢に隠れた。

(くさむらのなかからにんげんのこえで「あぶないところだった」とくりかえしつぶやくのがきこえた。)

叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。

(そのこえにえんさんはききおぼえがあった。)

その声に袁さんは聞き憶えがあった。

(きょうがくのなかにも、かれはとっさにおもいあたって、さけんだ。)

驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。

(「そのこえは、わがとも、りちょうしではないか?」)

「その声は、我が友、李徴子ではないか?」

(えんさんはりちょうとどうねんにしんしのだいにのぼり、)

袁さんは李徴と同年に進士の第に登り、

(ゆうじんのすくなかったりちょうにとっては、もっともしたしいともであった。)

友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。

(おんわなえんさんのせいかくが、しゅんしょうなりちょうのせいじょうとしょうとつしなかったためであろう。)

温和な袁さんの性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

(くさむらのなかからは、しばらくへんじがなかった。)

叢の中からは、暫く返辞が無かった。

(しのびなきかとおもわれるかすかなこえがときどきもれるばかりである。)

しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。

(ややあって、ひくいこえがこたえた。)

ややあって、低い声が答えた。

(「いかにもじぶんはろうせいのりちょうである」と。)

「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

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