シャーロック・ホームズの事件簿高名な依頼人<10

問題文
(ああ、なんということだ、いたくてがまんできん!」)
ああ、なんということだ、痛くて我慢できん!」
(わたしはかれのかおにあぶらをぬり、むきだしのはだにだっしめんをあて、もるひねの)
私は彼の顔に油を塗り、むき出しの肌に脱脂綿を当て、モルヒネの
(ひかちゅうしゃをした。このしょうげきのまえでは、あらゆるぎねんがこころからきえうせ、)
皮下注射をした。この衝撃の前では、あらゆる疑念が心から消え失せ、
(かれはわたしのてにしがみついた。あたかもわたしがすくうちからをもっているかのように、)
彼は私の手にしがみついた。あたかも私が救う力をもっているかのように、
(よくみえないしんださかなのようなめでわたしをみあげていた。)
良く見えない死んだ魚のような目で私を見上げていた。
(わたしは、かれのはずべきじんせいがこのおそろしいへんかのげんいんだとはっきりきいていな)
私は、彼の恥ずべき人生がこの恐ろしい変化の原因だとはっきり聞いていな
(かったらこのはめつになみだしたかもしれなかった。わたしは、かれがやけつくてでわたしに)
かったらこの破滅に涙したかもしれなかった。私は、彼が焼け付く手で私に
(ふれているのをかんじてぞっとしたので、かれのしゅじいとそのすぐあとにせんもんいが)
触れているのを感じてぞっとしたので、彼の主治医とそのすぐ後に専門医が
(きて、わたしのしごとをひきついでくれたときはほっとした。けいさつのそうさかんもとうちゃくし、)
来て、私の仕事を引き継いでくれた時はほっとした。警察の捜査官も到着し、
(わたしはほんとうのめいしをてわたした。わたしはほーむずとほぼおなじくらいろんどんけいしちょう)
私は本当の名刺を手渡した。私はホームズとほぼ同じくらいロンドン警視庁
(にはかおをしられていたので、にせのめいしをわたすのはいみがないばかりではなく)
には顔を知られていたので、偽の名詞を渡すのは意味がないばかりではなく
(おろかなことだっただろう。そしてわたしはくらいきょうふのいえをあとにした。)
愚かなことだっただろう。そして私は暗い恐怖の家を後にした。
(いちじかんとたたずにわたしはべーかーがいにもどった。ほーむずはひじょうにあおざめ、)
一時間と経たずに私はベーカー街に戻った。ホームズは非常に青ざめ、
(ひろうこんぱいしたようすでいつものいすにすわっていた。)
疲労困憊した様子でいつもの椅子に座っていた。
(じぶんのきずはべつにしても、このよるのできごとはほーむずの)
自分の傷は別にしても、この夜の出来事はホームズの
(てつのしんけいにさえしょうげきをあたえた。そしてかれはだんしゃくのへんぼうにかんするわたしの)
鉄の神経にさえ衝撃を与えた。そして彼は男爵の変貌に関する私の
(せつめいをきょうふのおももちでききいっていた。)
説明を恐怖の面持ちで聞き入っていた。
(「つみのむくいだな、わとそん、・・・つみのむくいだ!」かれはいった。)
「罪の報いだな、ワトソン、・・・・罪の報いだ!」彼は言った。
(「はやかれおそかれつみのむくいはさけられないのだ。それにみあうつみをおかしたかど)
「早かれ遅かれ罪の報いは避けられないのだ。それに見合う罪を犯したかど
(うかのはんていはかみのみぞしるだ」かれはつけくわえた。)
うかの判定は神のみぞ知るだ」彼は付け加えた。
(かれは、てーぶるからちゃいろのてちょうをとりあげた。)
彼は、テーブルから茶色の手帳を取り上げた。
(「これがあのおんながいっていたてちょうだ。もしこれではだんにならないなら、なにを)
「これがあの女が言っていた手帳だ。もしこれで破談にならないなら、何を
(やってもだめだろう。だがこれはきっときく、わとそん。)
やっても駄目だろう。だがこれはきっと効く、ワトソン。
(ぜったいにきく。じそんしんのあるじょせいならだれでもがまんできるものではない」)
絶対に効く。自尊心のある女性なら誰でも我慢できるものではない」
(「それはかれのあいのにっしか?」)
「それは彼の愛の日誌か?」
(「しきよくにっきかもしらんな。なんとよんでもかまわんが。あのおんながはなしたしゅんかん、)
「色欲日記かもしらんな。何と呼んでも構わんが。あの女が話した瞬間、
(もしそれをにゅうしゅさえできれば、ぼくはとんでもないぶきになることにきづいた。)
もしそれを入手さえ出来れば、僕はとんでもない武器になることに気づいた。
(このじょせいがそれをもらすきけんせいがあったので、ぼくはあのときじぶんのかんがえをおもてに)
この女性がそれを漏らす危険性があったので、僕はあの時自分の考えを表に
(ださなかった。しかしぼくはずっとそのかんがえをあたためていた。)
出さなかった。しかし僕はずっとその考えを暖めていた。
(そのあと、このぼくへのしゅうげきで、だんしゃくはぼくにたいしてようじんするひつようがなくなったと)
その後、この僕への襲撃で、男爵は僕に対して用心する必要がなくなったと
(おもうことになった。これはかんぜんにこうつごうだった。もうすこしまちたいところだ)
思うことになった。これは完全に好都合だった。もう少し待ちたいところだ
(ったが、かれがあめりかにいくというのでやむをえなかった。)
ったが、彼がアメリカに行くというのでやむをえなかった。
(かれはこんなにもたいめんをけがすぶんしょをのこしていくはずがなかった。)
彼はこんなにも体面を汚す文書を残していくはずがなかった。
(だからわれわれはすぐにこうどうをおこすひつようがあった。よるのあいだにおしいることはふか)
だから我々はすぐに行動を起こす必要があった。夜の間に押し入る事は不可
(のうだった。かれはようじんをしていた。しかしもしかくじつにかれのちゅういをそらすことがで)
能だった。彼は用心をしていた。しかしもし確実に彼の注意をそらす事がで
(きるなら、ゆうがたにはちゃんすがあった。きみとせいじのつけこむすきはそこに)
きるなら、夕方にはチャンスがあった。君と青磁の付け込む隙はそこに
(あった。しかしぼくはてちょうのばしょをはっきりさせるひつようがあったし、こうどうする)
あった。しかし僕は手帳の場所をはっきりさせる必要があったし、行動する
(じかんがほんのすうふんしかないことをしっていた。ぼくのじかんはきみのちゅうごくとうじきの)
時間がほんの数分しかないことを知っていた。僕の時間は君の中国陶磁器の
(ちしきによってせいげんされていたからね。だからぼくはあのじょせいをさいごのしゅんかんにまねき)
知識によって制限されていたからね。だから僕はあの女性を最後の瞬間に招
(きよせたのだ。かのじょがまんとのしたであれほどしんちょうにはこんでいたちいさなつつみが)
き寄せたのだ。彼女がマントの下であれほど慎重に運んでいた小さな包みが
(なにだったかなど、どうしてぼくにそうぞうができただろう。かのじょはかんぜんにぼくのようけん)
何だったかなど、どうして僕に想像ができただろう。彼女は完全に僕の用件
(できたとおもっていたが、かのじょにはなにかじぶんのようがあったようだな」)
で来たと思っていたが、彼女には何か自分の用があったようだな」