空の向こう側
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問題文
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(かれがしんでから、さんねんがたった。
じこだった。)
彼が死んでから、三年が経った。
事故だった。
(あまりにもとつぜんで、わたしはさいごになにをはなしたかさえ、しばらくおもいだせなかった。)
あまりにも突然で、私は最後に何を話したかさえ、しばらく思い出せなかった。
(ただひとつだけ、おぼえている。
なくなるぜんじつのよる、かれからでんわがかかってきた。)
ただ一つだけ、覚えている。
亡くなる前日の夜、彼から電話がかかってきた。
(「あした、はれるかな」
「なんで?」)
「明日、晴れるかな」
「なんで?」
(「はれたら、どっかいこうとおもって」
「どこ?」)
「晴れたら、どっか行こうと思って」
「どこ?」
(「ついてからのおたのしみ」
わたしはわらって、)
「着いてからのお楽しみ」
私は笑って、
(「じゃあ、ちゃんとおこしてね」
といった。)
「じゃあ、ちゃんと起こしてね」
と言った。
(かれは、
「わかった」)
彼は、
「分かった」
(とこたえた。
それがさいごだった。)
と答えた。
それが最後だった。
(つぎのひ、かれはこなかった。
どこにも。)
次の日、彼は来なかった。
どこにも。
(それからわたしは、はれたそらがきらいになった。)
それから私は、晴れた空が嫌いになった。
(あおぞらをみると、あのひのことをおもいだすから。
さんねんめのめいにち。)
青空を見ると、あの日のことを思い出すから。
三年目の命日。
(わたしはひさしぶりにかれのいえへむかった。)
私は久しぶりに彼の家へ向かった。
(もうだれもすんでいないへやだったけれど、かれのははおやが)
もう誰も住んでいない部屋だったけれど、彼の母親が
(「すきなものがあればもっていっていい」
といってくれた。)
「好きなものがあれば持っていっていい」
と言ってくれた。
(へやのすみに、ふるいでじたるかめらがあった。)
部屋の隅に、古いデジタルカメラがあった。
(でんげんをいれると、しゃしんがなんまいかのこっていた。
わたしのねているところ。)
電源を入れると、写真が何枚か残っていた。
私の寝ているところ。
(いっしょにたべたらーめん。
くだらないことでわらっているわたし。)
一緒に食べたラーメン。
くだらないことで笑っている私。
(そしてさいごに、いちまいだけそらのしゃしんがあった。
さつえいびは、かれがなくなるぜんじつ。)
そして最後に、一枚だけ空の写真があった。
撮影日は、彼が亡くなる前日。
(あのでんわをしたひだった。
しゃしんには、ゆうがたのそらがうつっていた。)
あの電話をした日だった。
写真には、夕方の空が写っていた。
など
(おれんじいろのひかりのなかに、うすいくもがいっぽんだけのびていた。)
オレンジ色の光の中に、薄い雲が一本だけ伸びていた。
(わたしはしゃしんをみながら、ぼんやりかんがえた。)
私は写真を見ながら、ぼんやり考えた。
(そういえばかれは、そらをみるのがすきだった。
「しんだらどこいくんだろうな」)
そういえば彼は、空を見るのが好きだった。
「死んだらどこ行くんだろうな」
(むかし、ふたりでうみにいったとき、かれがとつぜんそんなことをいった。)
昔、二人で海に行ったとき、彼が突然そんなことを言った。
(「てんごくじゃない?」
わたしがてきとうにこたえると、)
「天国じゃない?」
私が適当に答えると、
(「じゃあ、おれがさきにいったらばしょとっとくわ」)
「じゃあ、俺が先に行ったら場所取っとくわ」
(なんてわらっていた。)
なんて笑っていた。
(「わたしもいったら?」)
「私も行ったら?」
(「そしたらむかえにいく」)
「そしたら迎えに行く」
(「てんごくってまいごになるの?」)
「天国って迷子になるの?」
(「なるかもしれないじゃん」)
「なるかもしれないじゃん」
(「じゃあぜったいむかえにきてよ」)
「じゃあ絶対迎えに来てよ」
(「まかせろ」)
「任せろ」
(そんなかいわをした。)
そんな会話をした。
(いまおもえば、ばかみたいなやくそくだった。)
今思えば、馬鹿みたいな約束だった。
(でも、わたしはさんねんたったいまでもおぼえている。)
でも、私は三年経った今でも覚えている。
(そのよる。)
その夜。
(わたしはかれのしゃしんをすまほにうつしてから、いえにかえった。)
私は彼の写真をスマホに移してから、家に帰った。
(そしてねるまえに、なんとなくべらんだにでた。)
そして寝る前に、なんとなくベランダに出た。
(そらにはほしがすこしだけみえていた。)
空には星が少しだけ見えていた。
(「ばしょ、とってる?」)
「場所、取ってる?」
(だれもいないそらにむかってつぶやいた。)
誰もいない空に向かって呟いた。
(とうぜん、へんじなんてなかった。)
当然、返事なんてなかった。
(わたしはわらった。)
私は笑った。
(「.....なんてね」)
「.....なんてね」
(へやにもどろうとした、そのとき。)
部屋に戻ろうとした、そのとき。
(すまほがふるえた。)
スマホが震えた。
(しらないばんごうからだった。)
知らない番号からだった。
(まよったけれど、でんわにでた。)
迷ったけれど、電話に出た。
(「もしもし」)
『もしもし』
(おとこのひとのこえだった。)
男の人の声だった。
(しらないこえだった。)
知らない声だった。
(「はい?」)
「はい?」
(「.....あのさ」)
『.....あのさ』
(すこしまがあった。)
少し間があった。
(「きょう、そらきれいだよ」)
『今日、空きれいだよ』
(しんぞうがとまりそうになった。)
心臓が止まりそうになった。
(そのことばは、かれがよくつかっていたいいかただった。)
その言葉は、彼がよく使っていた言い方だった。
(わたしはなにもいえなかった。)
私は何も言えなかった。
(「じゃあね」)
『じゃあね』
(でんわは、それだけできれた。)
電話は、それだけで切れた。
(ちゃくしんりれきをかくにんすると、そこにはなにものこっていなかった。)
着信履歴を確認すると、そこには何も残っていなかった。
(よくあさ、わたしはかれのははおやにそのはなしをした。)
翌朝、私は彼の母親にその話をした。
(するとかのじょはすこしだまってから、)
すると彼女は少し黙ってから、
(「そういえば、あのこね」)
「そういえば、あの子ね」
(といった。)
と言った。
(「なくなるまえのひ、ずっとそらのしゃしんをとってたの」)
「亡くなる前の日、ずっと空の写真を撮ってたの」
(わたしはだまってきいた。)
私は黙って聞いた。
(「なんまいもなんまいもとってたみたい」)
「何枚も何枚も撮ってたみたい」
(そしてさいごに、)
そして最後に、
(「あなたにみせるんだっていってたわ」)
「あなたに見せるんだって言ってたわ」
(とわらった。)
と笑った。
(わたしはなかなかった。)
私は泣かなかった。
(ふしぎなくらい、なみだはでなかった。)
不思議なくらい、涙は出なかった。
(ただ、かえりみちにそらをみあげた。)
ただ、帰り道に空を見上げた。
(くもひとつないあおぞらだった。)
雲ひとつない青空だった。
(さんねんまえなら、きっときらいだった。)
三年前なら、きっと嫌いだった。
(でもそのひは、すこしだけちがってみえた。)
でもその日は、少しだけ違って見えた。
(てんごくがほんとうにあるのかなんて、)
天国が本当にあるのかなんて、
(いまでもわからない。)
今でもわからない。
(しんだひとが、どこにいくのかもわからない。)
死んだ人が、どこに行くのかもわからない。
(あのでんわがだれからだったのかも)
あの電話が誰からだったのかも
(わからない。)
わからない。
(ただひとつだけ。)
ただ一つだけ。
(あのひからわたしは、はれたそらをみるたびにおもう。)
あの日から私は、晴れた空を見るたびに思う。
(もし、ほんとうに、てんごくがあるのなら。)
もし、本当に、天国があるのなら。
(きっとかれは、あのひいったとおり)
きっと彼は、あの日言った通り
(すこしさきでわたしをまっている。)
少し先で私を待っている。
(そしてわたしがいつかそこへいったとき、)
そして私がいつかそこへ行ったとき、
(「おそいよ」)
「遅いよ」
(ってわらいながら、)
って笑いながら、
(あたりまえみたいにてをさしだしてくれる。)
当たり前みたいに手を差し出してくれる。
(だから、それまでは。)
だから、それまでは。
(もうすこしだけ、)
もう少しだけ、
(こっちでがんばってみようとおもう。)
こっちで頑張ってみようと思う。
(きょうもそらはあおい。)
今日も空は青い。
(そしてわたしは、そらにむかってちいさくわらう。)
そして私は、空に向かって小さく笑う。
(「ばしょ、ちゃんととっていてね」)
「場所、ちゃんと取っていてね」
(かぜがふいた。)
風が吹いた。
(へんじみたいに。)
返事みたいに。