ピエロ伝道者1
坂口安吾の「ピエロ伝道者」です。
青空文庫を参照し、現代語版で作成しました。
「~君の芸術は、一段と高尚な、そして静かなものになる。」
までを問題としています。
※不慣れのため、至らない点がございましたら、ご容赦願います
「~君の芸術は、一段と高尚な、そして静かなものになる。」
までを問題としています。
※不慣れのため、至らない点がございましたら、ご容赦願います
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問題文
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(そらにあるほしをひとつほしいとおもいませんか?)
空にある星を一つ欲しいと思いませんか?
(おもわない?)
思わない?
(そんなら、きみとはなしをしない。)
そんなら、君と話をしない。
(やねのうえで、たけざおをふりまわすおとこがいる。)
屋根の上で、竹竿を振り廻す男がゐる。
(みんなげらげらわらってそれをながめている。)
みんなゲラゲラ笑ってそれを眺めている。
(こどもたちまで、あいつはきちがいだね、などという。)
子供達まで、あいつは気違いだね、などと言う。
(ぼくもおもう。)
僕も思う。
(これはわらわないやつのほうが、よっぽどどうかしている、と。)
これは笑わない奴の方が、よっぽどどうかしている、と。
(そしてわれわれは、つうかいにかれとたけざおを、しょうさつしようではないか!)
そして我々は、痛快に彼と竹竿を、笑殺しようではないか!
(しかしきみのこころはいいはしないか?)
しかし君の心は言いはしないか?
(たけざおをふりまわしてもしょせんはとどかないのだから、)
竹竿を振り廻しても所詮はとどかないのだから、
(だからぼくはふりまわすぐをしないのだ、と。)
だから僕は振り廻す愚をしないのだ、と。
(もしそうすれば、それはあきらめているだけのはなしだ。)
もしそうすれば、それはあきらめているだけの話だ。
(きみはけっしてほしがほしくないわけではない。)
君は決して星が欲しくないわけではない。
(しかしぼくは、そういうはんせいをきみにようきゅうしようとおもわない。)
しかし僕は、そういう反省を君に要求しようと思わない。
(また、「おとな」になって、ひとにわらわれずにひとをわらうことが、)
又、「大人」になって、人に笑われずに人を笑うことが、
(きみをそんなにえらくするだろうか?)
君をそんなに偉くするだろうか?
(なぞとききはしない。)
なぞとききはしない。
(そのしつもんはきみをふゆかいにし、またもしきみが、かんがえぶかいかんしょういえなら、)
その質問は君を不愉快にし、又もし君が、考え深い感傷家なら、
(じぶんのみのうえをおもいやってかなしみをふかめるにちがいないから。)
自分の身の上を思いやって悲しみを深めるに違いないから。
など
(ぼくはれいぎをまもろう!)
僕は礼儀を守ろう!
(ぼくらのせいてんにいわく、およそいえすのおをたずぬべからず、)
僕等の聖典に曰く、およそイエス・ノオをたずぬべからず、
(そはほんのうのおかすさいだいのあくとくなればなり、と。)
そは本能の犯す最大の悪徳なればなり、と。
(またいわく、およそいえすのおをたずぬべからず。)
又曰く、およそイエス・ノオをたずぬべからず。
(いぬははいゆ、これかなしむべし、ひとはほえず、はいゆべきか、)
犬は吠ゆ、これ悲しむべし、人は吠えず、吠ゆべきか、
(ほえざるべきかにまよい、まよいてほえず、ゆえにはなはだしくひとなり、と。)
吠えざるべきかに迷い、迷いて吠えず、故に甚しく人なり、と。
(たけざおをふりまわすおとこよ、きみはただつねにわらわれていたまえ。)
竹竿を振り廻す男よ、君はただ常に笑われてい給え。
(けっしてけんぶつにむかって、「きみたちのこころにきいてみろ!」とさけんではならない。)
決して見物に向って、「君達の心にきいてみろ!」と叫んではならない。
(「わらい」のねうちをやすくみつもりたまうな。)
「笑い」のねうちを安く見積り給うな。
(わらいごえは、おんきょうとしてはそうぞうしいものであるけれど、)
笑い声は、音響としては騒々しいものであるけれど、
(じんせいのながれのうえでは、ただせいしゅくなあしおとであるときがある。)
人生の流れの上では、ただ静粛な跫音である時がある。
(たけざおをふりまわすおとこよ、きみのふんぱんすべきこうどうのなかに、)
竹竿を振り廻す男よ、君の噴飯すべき行動の中に、
(るいやかんがいのうらうちをあんじしてはならない。)
泪や感慨の裏打ちを暗示してはならない。
(そして、それをしないために、きみのげいじゅつは、いちだんとこうしょうな、)
そして、それをしないために、君の芸術は、一段と高尚な、
(そしてしずかなものになる。)
そして静かなものになる。