谷崎潤一郎 痴人の愛 43

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
プレイ回数389難易度(4.5) 5454打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
私のお気に入りです
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 なおきち 6608 S+ 6.7 97.9% 805.0 5431 111 100 2024/05/10
2 りっつ 5048 B+ 5.1 97.8% 1044.1 5389 118 100 2024/05/07
3 やまちやまちゃん 4578 C++ 4.7 97.1% 1143.7 5394 157 100 2024/05/05
4 yosi 3415 D 3.5 96.7% 1542.6 5453 185 100 2024/05/09

関連タイピング

問題文

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(このせいねんのびうのあいだにあふれているいじらしいほどのねつじょうから、そのけっしんが)

この青年の眉宇の間に溢れているいじらしいほどの熱情から、その決心が

(あることはうたがうべくもないのでした。)

あることは疑うべくもないのでした。

(「はまだくん、ぼくはごちゅうこくにしたがって、いすれなんとかにさんにちのうちにしょちをつけます。)

「浜田君、僕は御忠告に従って、いすれ何とか二三日のうちに処置をつけます。

(そしてなおみがくまがいとほんとにてをきってくれればよし、そうでなければ)

そしてナオミが熊谷とほんとに手を切ってくれればよし、そうでなければ

(もういちにちもいっしょにいるのはふゆかいでしから、・・・・・・・・・」)

もう一日も一緒にいるのは不愉快でしから、・・・・・・・・・」

(「けれど、けれどあなたは、どうかなおみさんをすてないであげてください」)

「けれど、けれどあなたは、どうかナオミさんを捨てないで上げて下さい」

(と、はまだはいそいでわたしのことばをさえぎっていいました。)

と、浜田は急いで私の言葉を遮って云いました。

(「もしもあなたにすてられちまえば、きっとなおみさんはだらくします。)

「もしもあなたに捨てられちまえば、きっとナオミさんは堕落します。

(なおみさんにつみはないんですから。・・・・・・・・・」)

ナオミさんに罪はないんですから。・・・・・・・・・」

(「ありがとう、ほんとにありがとう!ぼくはあなたのごこういをどんなにうれしくおもうか)

「有難う、ほんとに有難う!僕はあなたの御好意をどんなに嬉しく思うか

(しれない。そりゃぼくだってじゅうごのときからめんどうをみているんですもの、たとい)

知れない。そりゃ僕だって十五の時から面倒を見ているんですもの、たとい

(せけんからわらわれたって、けっしてあれをすてようなんてきはないんです。)

世間から笑われたって、決してあれを捨てようなんて気はないんです。

(ただあのおんなはごうじょうだから、なんとかうまくわるいともだちときれるように、)

ただあの女は強情だから、何とか巧く悪い友達と切れるように、

(それをあんじているだけなんです」)

それを案じているだけなんです」

(「なおみさんはなかなかいじっばりですからね。つまらないことでふいとけんかに)

「ナオミさんはなかなか意地ッ張りですからね。つまらないことでふいと喧嘩に

(なっちまうと、もうとりかえしがつきませんから、そのところをじょうずにおやりに)

なっちまうと、もう取り返しがつきませんから、そのところを上手におやりに

(なってください、なまいきなことをいうようですけれど。・・・・・・・・・」)

なって下さい、生意気なことを云うようですけれど。・・・・・・・・・」

(わたしははまだになんべんとなく、「ありがとありがと」をくりかえしました。ふたりのあいだに)

私は浜田に何遍となく、「ありがとありがと」を繰り返しました。二人の間に

(ねんれいのそうい、ちいのそういというようなものがなかったら、そしてわたしたちが)

年齢の相違、地位の相違と云うようなものがなかったら、そして私たちが

(まえからもっとしんみつななかであったら、わたしはおそらくかれのてをとり、たがいにだきあって)

前からもっと親密な仲であったら、私は恐らく彼の手を執り、互に抱き合って

など

(ないたかもしれませんでした。わたしのきもちはすくなくともそのくらいまで)

泣いたかも知れませんでした。私の気持は少なくともそのくらいまで

(いっていました。)

行っていました。

(「どうかはまだくん、これからあともきみだけはあそびにきてください。えんりょするには)

「どうか浜田君、これから後も君だけは遊びに来て下さい。遠慮するには

(およびませんから」)

及びませんから」

(と、わたしはわかれぎわにそういいました。)

と、私は別れ際にそう云いました。

(「ええ、だけれどとうぶんはうかがえないかもしれませんよ」)

「ええ、だけれど当分は伺えないかも知れませんよ」

(と、はまだはちょっともじもじして、かおをみられるのをいとうように、)

と、浜田はちょっともじもじして、顔を見られるのを厭うように、

(したをむいていいました。)

下を向いて云いました。

(「どうしてですか?」)

「どうしてですか?」

(「とうぶん、・・・・・・・・・なおみさんのことをわすれることが)

「当分、・・・・・・・・・ナオミさんのことを忘れることが

(できるまでは。・・・・・・・・・」)

出来るまでは。・・・・・・・・・」

(そういってかれは、なみだをかくしながらぼうしをかぶって、「さよなら」といいさま、)

そう云って彼は、涙を隠しながら帽子を冠って、「さよなら」と云いさま、

(「まつあさ」のまえをしながわのほうへ、でんしゃにものらずにてくてくあるいていきました。)

「松浅」の前を品川の方へ、電車にも乗らずにてくてく歩いて行きました。

(わたしはそれからとにかくかいしゃへでかけましたが、もちろんしごとなどてにつくはずは)

私はそれからとにかく会社へ出かけましたが、勿論仕事など手につく筈は

(ありません。なおみのやつ、いまごろはどうしているだろう。ねまきいちまいで)

ありません。ナオミの奴、今頃はどうしているだろう。寝間着一枚で

(ほったらかしてきたのだから、よもやどこへもでられるはずはないだろう。と、)

放ったらかして来たのだから、よもや何処へも出られる筈はないだろう。と、

(そうおもうそばからやっぱりそれがきにならずにはいませんでした。それと)

そう思う傍からやっぱりそれが気にならずにはいませんでした。それと

(いうのが、なにしろじつにいがいなことがあとからあとからとおこってきて、だまされたうえにも)

云うのが、何しろ実に意外な事が後から後からと起って来て、欺された上にも

(だまされていたことがわかるにしたがい、わたしのしんけいはいじょうにするどく、びょうてきになり、)

欺されていたことが分るに随い、私の神経は異常に鋭く、病的になり、

(いろいろなばあいをそうぞうしたりおくそくしたりしはじめるので、そうなってくると)

いろいろな場合を想像したり臆測したりし始めるので、そうなって来ると

(なおみというものが、とてもわたしのちえではおよばないしんぺんふかしぎのつうりきを)

ナオミと云うものが、とても私の智慧では及ばない神変不可思議の通力を

(そなえ、またいつのまになにをしているか、ちっともあんしんはならないようにおもわれて)

備え、又いつの間に何をしているか、ちっとも安心はならないように思われて

(くるのです。おれはこうしてはいられない、どんなじけんがるすのあいだに)

来るのです。己はこうしてはいられない、どんな事件が留守の間に

(ふってわいているかもしれない。わたしはかいしゃをそこそこにして、おおいそぎで)

降って湧いているかも知れない。私は会社をそこそこにして、大急ぎで

(かまくらにかえってきました。)

鎌倉に帰って来ました。

(「やあ、ただいま」)

「やあ、只今」

(と、わたしはかどぐちにたっているかみさんのかおをみるなりいいました。)

と、私は門口に立っている上さんの顔を見るなり云いました。

(「いますかね、うちに?」)

「いますかね、内に?」

(「はあ、いらっしゃるようでございますよ」)

「はあ、いらっしゃるようでございますよ」

(それでわたしはほっとしながら、)

それで私はほっとしながら、

(「だれかたずねてきたものはありませんかね?」)

「誰か訪ねて来た者はありませんかね?」

(「いいえ、どなたも」)

「いいえ、どなたも」

(「どうです?どんなようすですかね?」)

「どうです?どんな様子ですかね?」

(わたしはあごではなれのほうをさしながら、かみさんにめくばせしました。そしてそのとき)

私は頤で離れの方をさしながら、上さんに眼くばせしました。そしてその時

(きがついたのですが、なおみのいるべきそのざしきは、しょうじがしまって、)

気が附いたのですが、ナオミの居るべきその座敷は、障子が締まって、

(がらすのなかはうすぐらく、ひっそりとして、ひとけがないようにみえるのでした。)

ガラスの中は薄暗く、ひっそりとして、人気がないように見えるのでした。

(「さあ、どんなごようすか、きょうはいちにちじっとあそこに)

「さあ、どんな御様子か、今日は一日じっと彼処に

(はいっていらっしゃいますけれど、・・・・・・・・・」)

這入っていらっしゃいますけれど、・・・・・・・・・」

(ふん、とうとういちにちひっこんでいたか。だがそれにしてもいやにようすが)

ふん、とうとう一日引っ込んでいたか。だがそれにしてもイヤに様子が

(しずかなのはどうしたんだろう、どんなかおつきをしているだろうと、まだいくぶん)

静かなのはどうしたんだろう、どんな顔つきをしているだろうと、まだ幾分

(むなさわぎにかられながら、わたしはそっとえんがわへあがり、はなれのしょうじをあけました。と、)

胸騒ぎに駆られながら、私はそっと縁側へ上り、離の障子を明けました。と、

(もうゆうがたのろくじがすこしまわったじぶんで、あかりのとどかないへやのおくのすみのほうに、)

もう夕方の六時が少し廻った時分で、明りのとどかない部屋の奥の隅の方に、

(なおみはだらしないかっこうをして、ふんそりかえってぐうぐうねむっているのでした。)

ナオミはだらしない恰好をして、ふん反り返ってぐうぐう眠っているのでした。

(かにくわれるので、あっちへころがりこっちへころがりしたものでしょう、わたしの)

蚊に喰われるので、彼方へ転がり此方へ転がりしたものでしょう、私の

(くればねっとをだしてこしのまわりをつつんではいましたが、それできように)

クレバネットを出して腰の周りを包んではいましたが、それで器用に

(かくされているのはほんのしたっぱらのところだけで、あかいちぢみのがうんがから)

隠されているのはほんの下っ腹のところだけで、紅いちぢみのガウンがから

(まっしろいてあしが、ゆだったきゃべつのくきのようにうきでているのが、)

真っ白い手足が、湯立ったキャベツの茎のように浮き出ているのが、

(そういうときにはまたうんわるく、へんにこわくてきにわたしのこころをかきむしりました。わたしはだまって)

そう云う時には又運悪く、変に蠱惑的に私の心を搔き挘りました。私は黙って

(でんとうをつけ、ひとりでさっさとわふくにきがえ、おしいれのとをわざと)

電燈をつけ、独りでさっさと和服に着換え、押入れの戸をわざと

(がたぴしいわせましたけれど、それをしってかしらないでか、なおみのねいきは)

ガタピシ云わせましたけれど、それを知ってか知らないでか、ナオミの寝息は

(まだすやすやときこえました。)

まだすやすやと聞えました。

(「おい、おきないか、よるじゃないか。・・・・・・・・・」)

「おい、起きないか、夜じゃないか。・・・・・・・・・」

(さんじゅうぶんばかり、ようもないのにつくえにもたれて、てがみをかくようなふうをよそおっていた)

三十分ばかり、用もないのに机に靠れて、手紙をかくような風を装っていた

(わたしは、とうとうこんまけがしてしまってこえをかけました。)

私は、とうとう根負けがしてしまって声をかけました。

(「ふむ、・・・・・・・・・」)

「ふむ、・・・・・・・・・」

(といって、ふしょうぶしょうに、ねむそうなへんじをしたのは、わたしがにさんど)

と云って、不承々々に、睡そうな返辞をしたのは、私が二三度

(どなってからでした。)

怒鳴ってからでした。

(「おい!おきないかったら!」)

「おい!起きないかったら!」

(「ふむ、・・・・・・・・・」)

「ふむ、・・・・・・・・・」

(そういったきり、またしばらくはおきそうにもしません。)

そう云ったきり、又暫くは起きそうにもしません。

(「おい!なにしてるんだ!おいったら!」)

「おい!何してるんだ!おいッたら!」

(わたしはたちあがって、あしでかのじょのこしのあたりをらんぼうにぐんぐんゆすぶりました。)

私は立ち上って、足で彼女の腰のあたりを乱暴にぐんぐん揺す振りました。

(「あーあ」)

「あーあ」

(といって、まずにょっきりとそのしなしなしたにほんのうでをまっすぐにのばし、)

と云って、先ずにょっきりとそのしなしなした二本の腕を真っ直ぐに伸ばし、

(ちいさな、あかいにぎりこぶしをぎゅっとかためてまえへつきだし、なまあくびをかみころしながら)

小さな、紅い握り拳をぎゅッと固めて前へ突き出し、生あくびを噛み殺しながら

(やおらからだをもたげたなおみは、わたしのかおをちらとぬすんで、すぐそっぽを)

やおら体を擡げたナオミは、私の顔をチラと偸んで、すぐ側方を

(むいてしまって、あしのこうだの、はぎのあたりだの、せすじのほうだの、かに)

向いてしまって、足の甲だの、脛のあたりだの、背筋の方だの、蚊に

(くわれたあとをしきりにぼりぼりかきはじめました。ねすぎたせいか、それとも)

喰われた痕を頻りにぼりぼり搔き始めました。寝過ぎたせいか、それとも

(こっそりないたのであろうか、そのめはじゅうけつして、かみはばけもののようにみだれて、)

こっそり泣いたのであろうか、その眼は充血して、髪は化け物のように乱れて、

(りょうほうのかたへたれていました。)

両方の肩へ垂れていました。

(「さ、きものをきがえろ、そんなふうをしていないで」)

「さ、着物を着換えろ、そんな風をしていないで」

(おもやへいってきもののつつみをとってきてやり、かのじょのまえへほうりだすと、かのじょは)

母屋へ行って着物の包みを取って来てやり、彼女の前へ放り出すと、彼女は

(ひとこともいわないで、つんとしてそれをきがえました。それからばんめしのぜんが)

一言も云わないで、つんとしてそれを着換えました。それから晩飯の膳が

(はこばれ、しょくじをすましてしまうあいだ、ふたりはとうとうどっちからもものを)

運ばれ、食事を済ましてしまう間、二人はとうとう孰方からも物を

(いいかけませんでした。)

云いかけませんでした。

(この、ながい、うっとうしいにらみあいのあいだに、わたしはどうしてかのじょにどろを)

この、長い、鬱陶しい睨み合いの間に、私はどうして彼女に泥を

(はかせたらいいか、このごうじょうなおんなをすなおにあやまらせるみちはないだろうかと、)

吐かせたらいいか、この強情な女を素直に詫まらせる道はないだろうかと、

(ただそればかりをかんがえました。はまだのいったちゅうこくのことば、なおみは)

ただそればかりを考えました。浜田の云った忠告の言葉、ナオミは

(いじっばりだから、ふいとしたことでけんかをすると、もうとりかえしが)

意地ッ張りだから、ふいとしたことで喧嘩をすると、もう取り返しが

(つかなくなるということも、むろんわたしのあたまにありました。)

つかなくなると云うことも、無論私の頭にありました。

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