源氏物語 蛍3-5「内大臣、娘たちを思う」
問題文
(うちのおとどは、みこどもはらばらいとおほかるに、そのおひいでたるおぼえ、)
内の大臣は、御子ども腹々いと多かるに、その生ひ出でたるおぼえ、
(ひとがらにしたがひつつ、こころにまかせたるやうなるおぼえ、おんいきほひにて、)
人柄に従ひつつ、心にまかせたるやうなるおぼえ、御勢にて、
(みななしたてたまふ。をんなはあまたもおはせぬを、にょうごも、)
皆なし立てたまふ。女はあまたもおはせぬを、女御も、
(かくおぼししことのとどこほりたまひ、ひめぎみも、)
かく思ししことのとどこほりたまひ、姫君も、
(かくことたがふさまにてものしたまへば、いとくちをしとおぼす。)
かくこと違ふさまにてものしたまへば、いと口惜しと思す。
(かのなでしこをわすれたまはず、もののをりにもかたりいでたまひしことなれば、)
かの撫子を忘れたまはず、ものの折にも語り出でたまひしことなれば、
(「いかになりにけむ。ものはかなかりけるおやのこころにひかれて、)
「いかになりにけむ。ものはかなかりける親の心に引かれて、
(らうたげなりしひとを、ゆくへしらずなりにたること。)
らうたげなりし人を、行方知らずなりにたること。
(すべてをんなごといはむものなむ、いかにもいかにもめはなつまじかりける。)
すべて女子といはむものなむ、いかにもいかにも目放つまじかりける。
(さかしらにわがこといひて、あやしきさまにてはふれやすらむ。)
さかしらにわが子と言ひて、あやしきさまにてはふれやすらむ。
(とてもかくても、きこえいでこば」と、あはれにおぼしわたる。)
とてもかくても、聞こえ出で来ば」と、あはれに思しわたる。
(きんだちにも、「もし、さやうなるなのりするひとあらば、みみとどめよ。)
君達にも、「もし、さやうなる名のりする人あらば、耳とどめよ。
(こころのすさびにまかせて、さるまじきこともおほかりしなかに、これは、)
心のすさびにまかせて、さるまじきことも多かりしなかに、これは、
(いとしか、おしなべてのきはにもおもはざりしひとの、)
いとしか、おしなべての際にも思はざりし人の、
(はかなきものうむじをして、かくすくなかりけるもののくさはひひとつを、)
はかなきもの倦むじをして、かく少なかりけるもののくさはひ一つを、
(うしなひたることのくちをしきこと」)
失ひたることの口惜しきこと」
(と、つねにのたまひいづ。なかごろなどはさしもあらず、)
と、常にのたまひ出づ。中ごろなどはさしもあらず、
(うちわすれたまひけるを、ひとの、さまざまにつけて、)
うち忘れたまひけるを、人の、さまざまにつけて、
(をんなごかしづきたまへるたぐひどもに、わがおぼほすにしもかなはぬが、)
女子かしづきたまへるたぐひどもに、わが思ほすにしもかなはぬが、
(いとこころうく、ほいなくおぼすなりけり。)
いと心憂く、本意なく思すなりけり。
(ゆめみたまひて、いとよくあはするものめして、あはせたまひけるに、)
夢見たまひて、いとよく合はする者召して、合はせたまひけるに、
(「もし、としごろみこころにしられたまはぬみこを、ひとのものになして、)
「もし、年ごろ御心に知られたまはぬ御子を、人のものになして、
(きこしめしいづることや」ときこえたりければ、)
聞こしめし出づることや」と聞こえたりければ、
(「をんなごのひとのこになることは、をさをさなしかし。)
「女子の人の子になることは、をさをさなしかし。
(いかなることにかあらむ」)
いかなることにかあらむ」
(など、このころぞ、おぼしのたまふべかめる。)
など、このころぞ、思しのたまふべかめる。