蜘蛛の糸2ー芥川龍之介
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
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1 | sada | 3112 | E++ | 3.2 | 96.4% | 1117.6 | 3612 | 133 | 70 | 2024/11/10 |
問題文
(こちらはじごくのそこのちのいけで、ほかのざいにんといっしょに、)
こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、
(ういたりしずんだりしていたかんだたでございます。)
浮いたり沈んだりしていた犍陀多でございます。
(なにしろどちらをみても、まっくらで、たまにそのくらやみから)
何しろどちらを見ても、まっ暗で、たまにそのくら暗から
(ぼんやりうきあがっているものがあるとおもいますと、)
ぼんやり浮き上がっているものがあると思いますと、
(それはおそろしいはりのやまのはりがひかるのでございますから、)
それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、
(そのこころぼそさといったらございません。)
その心細さと云ったらございません。
(そのうえあたりははかのなかのようにしんとしずまりかえって、)
その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、
(たまにきこえるものといっては、ただざいにんがつく)
たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつく
(かすかなたんそくばかりでございます。)
微な嘆息ばかりでございます。
(これはここへおちてくるほどのにんげんは、)
これはここへ落ちて来るほどの人間は、
(もうさまざまなじごくのせめくにつかれはてて、)
もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、
(なきごえをだすちからさえなくなっているのでございましょう。)
泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。
(ですからさすがおおどろぼうのかんだたも、)
ですからさすが大泥坊の犍陀多も、
(やはりちのいけのちにむせびながら、まるでしにかかったかわずのように、)
やはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかかった蛙のように、
(ただもがいてばかりおりました。)
ただもがいてばかり居りました。
(ところがあるときのことでございます。)
ところがある時の事でございます。
(なにげなくかんだたがあたまをあげて、ちのいけのそらをながめますと、)
何気なく犍陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、
(そのひっそりとしたやみのなかを、とおいとおいてんじょうから、ぎんいろのくものいとが、)
そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、
(まるでひとめにかかるのをおそれるように、ひとすじほそくひかりながら、)
まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、
(するするとじぶんのうえへたれてまいるのではございませんか。)
するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。
(かんだたはこれをみると、おもわずてをうってよろこびました。)
犍陀多はこれを見ると、思わず手を拍って喜びました。
(このいとにすがりついて、どこまでものぼっていけば、)
この糸に縋りついて、どこまでものぼって行けば、
(きっとじごくからぬけだせるのにそういございません。)
きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。
(いや、うまくいくと、ごくらくへはいることさえもできましょう。)
いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。
(そうすれば、もうはりのやまへおいあげられることもなくなれば、)
そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、
(ちのいけにしずめられることもあるはずはございません。)
血の池に沈められる事もある筈はございません。
(こうおもいましたからかんだたは、さっそくそのくものいとを)
こう思いましたから犍陀多は、さっそくその蜘蛛の糸を
(りょうてでしっかりとつかみながら、いっしょうけんめいにうえへうえへと)
両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へと
(たぐりのぼりはじめました。もとよりおおどろぼうのことでございますから、)
たぐりのぼり始めました。元より大泥坊の事でございますから、
(こういうことにはむかしから、なれきっているのでございます。)
こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます。
(しかしじごくとごくらくとのあいだは、なんまんりとなくございますから、)
しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、
(いくらあせってみたところで、よういにうえへはでられません。)
いくら焦って見た所で、容易に上へは出られません。
(ややしばらくのぼるうちに、とうとうかんだたもくたびれて、)
ややしばらくのぼる中に、とうとう犍陀多もくたびれて、
(もうひとたぐりもうえのほうへはのぼれなくなってしまいました。)
もう一たぐりも上の方へはのぼれなくなってしまいました。
(そこでしかたがございませんから、まずひとやすみやすむつもりで、)
そこで仕方がございませんから、まず一休み休むつもりで、
(いとのちゅうとにぶらさがりながら、はるかにめのしたをみおろしました。)
糸の中途にぶら下がりながら、遥かに目の下を見下ろしました。
(すると、いっしょうけんめいにのぼったかいがあって、さっきまでじぶんがいたちのいけは、)
すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、
(いまではもうやみのそこにいつのまにかかくれております。)
今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。
(それからあのぼんやりひかっているおそろしいはりのやまも、)
それからあのぼんやり光っている恐しい針の山も、
(あしのしたになってしまいました。このぶんでのぼっていけば、)
足の下になってしまいました。この分でのぼって行けば、
(じごくからぬけだすのも、ぞんがいわけがないかもしれません。)
地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。
(かんだたはりょうてをくものいとにからみながら、)
犍陀多は両手を蜘蛛の糸にからみながら、
(ここへきてからなんねんにもだしたことのないこえで、)
ここへ来てから何年にも出した事のない声で、
(「しめた。しめた。」とわらいました。)
「しめた。しめた。」と笑いました。
(ところがふときがつきますと、くものいとのしたのほうには、)
ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、
(かずかぎりもないざいにんたちが、じぶんののぼったあとをつけて、)
数限りもない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、
(まるでありのぎょうれつのように、やはりうえへうえへいっしんに)
まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心に
(よじのぼってくるではございませんか。)
よじのぼって来るではございませんか。
(かんだたはこれをみると、おどろいたのとおそろしいのとで、しばらくはただ、)
犍陀多はこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、
(ばかのようにおおきなくちをひらいたまま、めばかりうごかしておりました。)
莫迦のように大きな口を開いたまま、眼ばかり動かして居りました。
(じぶんひとりでさえきれそうな、このほそいくものいとが、)
自分一人でさえ断れそうな、この細い蜘蛛の糸が、
(どうしてあれだけのにんずうのおもみにたえることができましょう。)
どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。
(もしまんいちとちゅうできれたといたしましたら、せっかくここへまでのぼってきた)
もし万一途中で断れたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来た
(このかんじんなじぶんまでも、もとのじごくへさかおとしにおちてしまわなければ)
この肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落としに落ちてしまわなければ
(なりません。そんなことがあったら、たいへんでございます。)
なりません。そんな事があったら、大変でございます。
(が、そういううちにも、ざいにんたちはなんびゃくとなくなんぜんとなく、)
が、そう云う中にも、罪人たちは何百となく何千となく、
(まっくらなちのいけのそこから、うようよとはいあがって、)
まっ暗な血の池の底から、うようよと這い上がって、
(ほそくひかっているくものいとを、いちれつになりながら、)
細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、
(せっせとのぼってまいります。いまのうちにどうかしなければ、)
せっせとのぼって参ります。今の中にどうかしなければ、
(いとはまんなかからふたつにきれて、おちてしまうのにちがいありません。)
糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違いありません。
(そこでかんだたはおおきなこえをだして、「こら、ざいにんども。)
そこで犍陀多は大きな声を出して、「こら、罪人ども。
(このくものいとはおれのものだぞ。おまえたちはいったいだれにきいて、のぼってきた。)
この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。
(おりろ。おりろ。」とわめきました。)
下りろ。下りろ。」と喚きました。
(そのとたんでございます。いままでなんともなかったくものいとが、)
その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、
(きゅうにかんだたのぶらさがっているところから、ぷつりとおとをたててきれました。)
急に犍陀多のぶら下がっているところから、ぷつりと音を立てて断れました。
(ですからかんだたもたまりません。あっというまもなくかぜをきって、)
ですから犍陀多もたまりません。あっと云う間もなく風を切って、
(こまのようにくるくるまわりながら、みるみるうちにやみのそこへ、)
独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、
(まっさかさまにおちてしまいました。)
まっさかさまに落ちてしまいました。
(あとにはただごくらくのくものいとが、きらきらとほそくひかりながら、)
後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、
(つきもほしもないそらのちゅうとに、みじかくたれているばかりでございます。)
月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。