鴨川桜の舞扇

(ここにあるひとつのはかないまいおうぎ)

ここにある一つの儚い舞扇

(がらのないこのおうぎにやどるかのいのちよ)

柄のないこの扇に宿る彼の命よ

(むかしさくらまいちるきょうのみやこでくらす)

昔桜舞い散る京の都で暮らす

(なもないえかきのおとこはひとりふでをとり)

名も無い絵かきの男は一人筆を執り

(いろのないおうぎにさくらのはなびらをちらせてはかのいのちえがく)

色のない扇に桜の花びらを散らせては彼の命描く

(こいこがれかぜふけばとうとし)

恋焦がれ風吹けば尊し

(いろにそめあげられたおうぎよ)

色に染め上げられた扇よ

(こよいあなたへのつのるあいを)

今宵あなたへの募る愛を

(このまいにのせうたう)

この舞にのせ歌ふ

(ここにあるひとつのうつくしいまいおうぎ)

ここにある一つの美しい舞扇

(いちめんにえがかれたさくらのはなおうぎ)

一面に描かれた桜の花扇

(あれはあめふりしひにあさのあずまやへ)

あれは雨降りし日に朝の東屋へ

(ひとりかけこんできたあなたとのであい)

一人駆け込んできたあなたとの出会い

(そのあめにぬれたよこがおひかれてすこしずつこのこころよせた)

その雨に濡れた横顔惹かれて少しずつこの心寄せた

(たそがれにたゆたうこのおもい)

黄昏にたゆたうこの想い

(ことのはにのせおもいつたえた)

言の葉に載せ想い伝えた

(はるさめにくれまどうあなたは)

春雨に暗れ惑うあなたは

(ひとことだけをのこして)

一言だけを残して…

(ちりゆくさくらのはなびらは)

散りゆく桜の花びらは

(かのいのちだけうばいさって)

彼の命だけ奪い去って

(はるがすみのなかきえるあなたの)

春霞の中消えるあなたの

(せなかおいつづけた)

背中追い続けた――

(こいこがれかぜふけばとうとし)

恋焦がれ風吹けば尊し

(いろにそめあげられたおうぎよ)

色に染め上げられた扇よ

(こよいあなたへのつのるあいを)

今宵あなたへの募る愛を

(まいにのせうたえば)

舞にのせ歌えば

(よはのかなたへつづく)

夜半の彼方へ続く

(ここにあるひとつのはかないまいおうぎ)

ここにある一つの儚い舞扇

(さくらちるあかつきにいまあなたのもとへ)

桜散る暁に今あなたの元へ…