「モノグラム」8 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「モノグラム」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(きいてみれば、たなかのいうとおりにそういないのです。しかし、それにしても)

聞いて見れば、田中の云う通りに相違ないのです。併し、それにしても

(ふにおちないのは、しゃしんはまあ、いろいろなひとにやったことがあるのですから、)

腑に落ちないのは、写真はまあ、色々な人にやったことがあるのですから、

(すみこがもっていてもふしぎはありませんけれど、それをかのじょがかいちゅうかがみの)

すみ子が持っていても不思議はありませんけれど、それを彼女が懐中鏡の

(うらにひめていたというてんです。なんだかかのじょとわたしとたちばがはんたいになったような)

裏に秘めていたという点です。何だか彼女と私と立場が反対になった様な

(きがしましてね。だってかたおもいのわたしのほうにこそ、そうしたしぐさをするりゆうは)

気がしましてね。だって片思いの私の方にこそ、そうした仕草をする理由は

(ありましょうが、すみこがわたしのしゃしんなぞをたいせつにしているどうりがないの)

ありましょうが、すみ子が私の写真なぞを大切にしている道理がないの

(ですからね。ところが、たなかにしてみますと、わたしとすみことのあいだになにかみょうな)

ですからね。ところが、田中にして見ますと、私とすみ子との間に何か妙な

(かんけいがあったものと、どくだんしてしまって、もっともそれはむりもありませんけれど、)

関係があったものと、独断して了って、尤もそれは無理もありませんけれど、

(そのかんけいをうちあけてくれといってせまるのです。で、かれがいうのですね。)

その関係を打開けて呉れといって迫るのです。で、彼が云うのですね。

(あねのしいんはむろんしゅとしてにくたいてきなびょうきのためにはそういないけれど、)

姉の死因は無論主として肉体的な病気の為には相違ないけれど、

(おとうとのじぶんがみるところでは、ほかになにかあったのではないかとおもう。というのは、)

弟の自分が見る所では、外に何かあったのではないかと思う。というのは、

(たとえばせいぜんおこっていたえんだんに、あねがきょうこうにふどういをとえたことなどから)

例えば生前起っていた縁談に、姉が強硬に不同意を説えたことなどから

(かんがえると、だれかこころにおもいつめているひとがあって、それがいのままにならない、)

考えると、誰か心に思いつめている人があって、それが意のままにならない、

(というようなことがあねのしをはやめたのではないか、とね。じっさいすみこはくにへ)

という様なことが姉の死を早めたのではないか、とね。実際すみ子は国へ

(かえってからいっしゅのゆううつしょうにかかり、それのつづきのようにしてしびょうにとりつかれた)

帰ってから一種の憂鬱症に罹り、それの続きの様にして死病にとりつかれた

(のだそうですから、たなかのいうところももっともではあるのです。)

のだ相ですから、田中の言う所も尤もではあるのです。

(さあ、そうなると、いいとしをしていて、わたしのしんぞうはにわかにこどうをはやめるのですね。)

さあ、そうなると、いい年をしていて、私の心臓は俄に鼓動を早めるのですね。

(むしのいいかんがえかたをすれば、かたおもいはわたしのほうばかりではなく、すみこもおなじように、)

虫のいい考え方をすれば、片思いは私の方ばかりではなく、すみ子も同じ様に、

(いいだしかねたこいをひめて、うらめしいわたしたちのこんれいをながめていたのだとも)

云い出し兼ねた恋を秘めて、うらめしい私達の婚礼を眺めていたのだとも

(そうぞうできるのですから。あのうつくしいすみこが、そうしてしんでいったとすれば、)

想像出来るのですから。あの美しいすみ子が、そうして死んでいったとすれば、

など

(わたしはどうすればいいのでしょう。うれしいのですね。なんだかこうなみだがのどのところへ)

私はどうすればいいのでしょう。嬉しいのですね。何だかこう涙が喉の所へ

(こみあげてくるほどうれしいのですね。でもいっぽうでは、「こんなことがはたして)

込み上げて来る程嬉しいのですね。でも一方では、「こんなことが果して

(ほんとうだろうか」というこころもちもあるのですね。すみこはわたしなどにこいするには、)

本当だろうか」という心持もあるのですね。すみ子は私などに恋するには、

(あまりにうつくしく、あまりにけだかいじょせいだったのですから。そこで、わたしとたなかとの)

余りに美しく、余りに気高い女性だったのですから。そこで、私と田中との

(あいだにみょうなおしもんどうがはじまったのですよ。わたしはだいじをとるようなきもちで、)

間に妙な押し問答が始まったのですよ。私は大事を取るような気持で、

(「そんなことがあるはずはない」といえば、たなかは「でも、このしゃしんをどうかいしゃく)

「そんなことがある筈はない」と云えば、田中は「でも、この写真をどう解釈

(すればいいのだ」とつめよる。で、そうしていいあっているうちに、わたしはだんだん)

すればいいのだ」とつめ寄る。で、そうして云い合っている内に、私は段々

(かんしょうてきになっていって、ついにはわたしのかたおもいをうちひらけて、そういうわけだから、)

感傷的になって行って、遂には私の片思いを打開けて、そう云う訳だから、

(すみこさんのほうでわたしをおもっていてくれたなんてことはありえないと、)

すみ子さんの方で私を思っていて呉れたなんてことはあり得ないと、

(じつはそのはんたいをどれほどかきぼうしながら、まあきょうべんしたわけなんです。)

実はその反対をどれ程か希望しながら、まあ強弁した訳なんです。

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