「モノグラム」9 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「モノグラム」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(ところが、はなしばなしかいちゅうかがみをもてあそんでいたたなかが、ふとなんかにきがついたようすで)

ところが、話し話し懐中鏡を弄んでいた田中が、ふと何かに気がついた様子で

(「やっぱりそうだ」とさけぶのですよ。それが、たいへんなものをはっけんしたのです。)

「やっぱりそうだ」と叫ぶのですよ。それが、大変なものを発見したのです。

(かいちゅうかがみのさっくは、さっきもいったようにしおせでつくったふたつおりのもので、)

懐中鏡のサックは、さっきも云った様に鹽瀬で作った二つ折りのもので、

(そのひょうめんのあさのはつなぎかなんかのもようのあいだに、すみこのてすさびらしく、)

その表面の麻の葉つなぎかなんかの模様の間に、すみ子の手すさびらしく、

(めだたぬいろいとで、えいごのくみあわせもじのししゅうがしてあったのですが、)

目立たぬ色糸で、英語の組合せ文字の刺繍がしてあったのですが、

(それがiのじをsでつつんだかたちにできているのです。「わたしはいままでどうしても、)

それがIの字をSで包んだ形に出来ているのです。「私は今までどうしても、

(このくみあわせもじのいみがわからなかったのです」たなかがいうのですね)

この組合せ文字の意味が分らなかったのです」田中が云うのですね

(「sはなるほどすみこのかしらじかもしれませんが、iのほうは、じっかのたなかにも)

「Sは成る程すみ子の頭字かも知れませんが、Iの方は、実家の田中にも

(ようけのきたがわにもあてはまらないのですからね。ところが、いまふっときがつくと、)

養家の北川にも当てはまらないのですからね。ところが、今ふっと気がつくと、

(あなたはくりはらいちぞうをおっしゃるではありませんか、いちぞうのかしらじのiで)

あなたは栗原一造をおっしゃるではありませんか、イチゾウの頭字のIで

(なくてなんでしょう。しゃしんといい、くみあわせもじといい、これですっかりあねの)

なくてなんでしょう。写真といい、組合せ文字といい、これですっかり姉の

(おもっていたことがわかりましたよ」かさねがさねのしょうこひんに、わたしはうれしいのか)

思っていたことが分りましたよ」重ね重ねの証拠品に、私は嬉しいのか

(かなしいのか、みょうにめのうちがあつくなってきました。そういえば、じゅうすうねんいぜんの)

悲しいのか、妙に目の内が熱くなって来ました。そういえば、十数年以前の

(きたがわすみこの、いろいろなしぐさが、いまとなってはいちいちいみありげにおもいだされます。)

北川すみ子の、色々な仕草が、今となっては一々意味あり気に思い出されます。

(あのときあんなことをいったのは、それではわたしへのなぞであったのか、あのとき)

あの時あんなことを云ったのは、それでは私への謎であったのか、あの時

(こういうたいどをしめしたのは、やっぱりこころあってのことだったのかと、としがいも)

こういう態度を示したのは、やっぱり心あってのことだったのかと、年甲斐も

(ないとわらってはいけません。つぎからつぎへ、あまいおもいでにふけるのでした。)

ないと笑ってはいけません。次から次へ、甘い思出に耽るのでした。

(それから、わたしたちはほとんどしゅうじつ、たなかはあねのおもいでを、わたしはがくせいじだいのむかしばなしを、)

それから、私達は殆ど終日、田中は姉の思出を、私は学生時代の昔話を、

(じじつがとおいかこのことであるだけに、すこしもなまなましいところはなく、またいやみでも)

事実が遠い過去のことである丈に、少しも生々しい所はなく、又いや味でも

(なく、ただなつかしくかたりあいました。そして、わかれるときに、わたしはたなかにねだって、)

なく、唯懐しく語り合いました。そして、別れる時に、私は田中にねだって、

など

(そのかいちゅうかがみと、すみこのしゃしんとをもらいうけ、たいせつに、うちぶところにだきしめて、)

その懐中鏡と、すみ子の写真とを貰い受け、大切に、内ぶところに抱きしめて、

(いえへかえったことでした。かんがえてみれば、じつにふしぎないんねんといわねば)

家へ帰ったことでした。考えて見れば、実に不思議な因縁と云わねば

(なりません。ぐうぜんあさくさこうえんのきょうどうべんちでであったおとこが、むかしのこいびとの)

なりません。偶然浅草公園の共同ベンチで出逢った男が、昔の恋人の

(きょうだいであって、しかも、そのおとこからまるでよきしなかったそのひとのこころもちを)

兄弟であって、しかも、その男からまるで予期しなかったその人の心持を

(しるなんて、それも、わたしたちがいぜんにあっているのだったら、さしてふしぎでも)

知るなんて、それも、私達が以前に逢っているのだったら、さして不思議でも

(ないのですが、まるでみずしらずのあいだがらで、そうほうあいてのかおをおぼえていたの)

ないのですが、まるで見ず知らずの間柄で、双方相手の顔を覚えていたの

(ですからね。そのことがあってから、とうぶんというものは、わたしはすみこのこと)

ですからね。そのことがあってから、当分というものは、私はすみ子のこと

(ばかりかんがえておりました。あのときわたしに、なぜもっとゆうきがなかったのかと、)

ばかり考えて居りました。あの時私に、なぜもっと勇気がなかったのかと、

(それもむろんざんねんにおもわぬではありませんが、なにをいうにもねんすうのたったこと)

それも無論残念に思わぬではありませんが、何をいうにも年数のたったこと

(ではあり、こちらのとしがとしですから、そんなげんじつてきなことがらよりは、たんに)

ではあり、こちらの年が年ですから、そんな現実的な事柄よりは、単に

(なんとなくうれしくて、またかなしくて、かないのめをぬすんでは、かたみのかいちゅうかがみと)

何となく嬉しくて、又悲しくて、家内の目を盗んでは、形見の懐中鏡と

(しゃしんとを、ながめくらし、ゆめのようにあわいおもいでにふけるばかりでした。)

写真とを、眺め暮し、夢の様に淡い思出に耽るばかりでした。

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