「モノグラム」10 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「モノグラム」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。
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1 プーノピー 6287 S 6.5 95.7% 282.0 1855 82 27 2024/03/13

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問題文

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(しかし、にんげんのこころもちは、なんとみょうなものではありませんか。そんなふうに、わたしのおもいは)

併し、人間の心持は、何と妙なものではありませんか。そんな風に、私の思いは

(けっしてげんじつてきなものではなかったのに、ひすてりぃかんじゃとはいいながら、)

決して現実的なものではなかったのに、ヒステリィ患者とは云いながら、

(これまでさしていやにもおもわなかったかないのおそのが、きわだっていとわしくなり、)

これまでさして厭にも思わなかった家内のお園が、際立っていとわしくなり、

(すみこがねむっているみえけんのいなかまちが、そこへいちどもいったことがないだけに、)

すみ子が睡っている三重県の田舎町が、そこへ一度も云ったことがない丈に、

(ふしぎにもなつかしくおもえるのですね。そして、しまいには、じゅんれいのような)

不思議にもなつかしく思えるのですね。そして、しまいには、巡礼の様な

(つつましやかなたびをして、すみこのおはかまいりがしてみたいとまでねがうように)

つつましやかな旅をして、すみ子のお墓参りがして見たいとまで願う様に

(なったものです。こんなふうのいいかたをしますと、いまになってはしんたいが)

なったものです。こんな風の云い方をしますと、今になっては身体が

(ねじれるほどいやみなきがしますけれど、とうじは、こどものようなじゅんすいなこころもちで、)

ねじれる程いやみな気がしますけれど、当時は、子供の様な純粋な心持で、

(ほんとうにそれまでおもいつめたものなんです。たなかからきいた、かのじょのやさしい)

本当にそれまで思いつめたものなんです。田中から聞いた、彼女の優しい

(かいみょうをきざんだせきひのまえに、はなをたむけこうをたいて、そこでいっことかのじょに)

戒名を刻んだ石碑の前に、花を手向け香をたいて、そこで一こと彼女に

(ものがいってみたい。そんなかんしょうてきなくうそうさええがくのでした。むろんこれは)

物が云って見たい。そんな感傷的な空想さえ描くのでした。無論これは

(くうそうにすぎないのです。たといじっこうしようとしたところで、とうじのせいかつじょうたいでは、)

空想に過ぎないのです。仮令実行しようとしたところで、当時の生活状態では、

(りょひをくめんするよゆうさえなかったのですから・・・・・・。)

旅費を工面する余裕さえなかったのですから・・・・・・。

(で、おはなしがこれでおしまいですと、いわばしじゅうおとこのおとぎばなしとして、たとい)

で、お話がこれでおしまいですと、謂わば四十男のお伽噺として、仮令

(おのろけとはいえ、ちょっとおもしろいおもいでにそういないのですが、ところが、じつは)

お惚気とは云え、一寸面白い思出に相違ないのですが、ところが、実は

(このつづきがあるのですよ。それをいうと、ひじょうなげんめつで、まるきりたわいもない)

この続きがあるのですよ。それを云うと、非常な幻滅で、まるきり他愛もない

(おとしばなしになってしまうので、わたしもさきをはなしたくないのですけれど、でも、)

落し話になって了うので、私も先を話したくないのですけれど、でも、

(じじつはじじつですから、どうもしかたありません。なに、あんなことで)

事実は事実ですから、どうも致方ありません。ナニ、あんなことで

(うぬぼれてしまったわたしにとっては、いいみせしめかもしれないのですがね。)

自惚れて了った私にとっては、いい見せしめかも知れないのですがね。

(わたしがそんなふうにして、しんだすみこのげんえいをなつかしんでいるあるひのこと)

私がそんな風にして、死んだすみ子の幻影を懐しんでいるある日のこと

など

(でした。ちょっとしたてぬかりで、れいのかいちゅうかがみとすみこのしゃしんとを、わたしの)

でした。一寸した手抜かりで、例の懐中鏡とすみ子の写真とを、私の

(ひすてりぃのかないにみつかっておわったわけなんです。それをしったときには、)

ヒステリィの家内に見つかって了った訳なんです。それを知った時には、

(こまったことになった。これでまたしごにちのあいだは、はげしいほっさのおもりをしなければ)

困ったことになった。これで又四五日の間は、烈しい発作の御守をしなければ

(なるまいと、わたしはいっそかくごをきめてしまったほどでした。ところが、)

なるまいと、私はいっそ覚悟を極めて了った程でした。ところが、

(いがいなことには、そのにしなをまえにして、わたしのやぶれづくえのところにすわったかないは、)

意外なことには、その二品を前にして、私の破れ机の所に坐った家内は、

(いっこうひすてりぃをおこすようすがないのです。そればかりか、にこにこしながら)

一向ヒステリィを起す様子がないのです。そればかりか、ニコニコしながら

(こんなことをいうではありませんか。)

こんなことを云うではありませんか。

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