吾輩は猫である

問題文
(わがはいはねこである。なまえはまだない。)
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
(どこでうまれたかとんとけんとうがつかぬ。)
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。
(なんでもうすぐらいじめじめしたところでにゃーにゃーないていたことだけはきおくしている。)
何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。
(わがはいはここではじめてにんげんというものをみた。)
吾輩はここで始めて人間というものを見た。
(しかもあとできくとそれはしょせいというにんげんちゅうでいちばんどうあくなしゅぞくであったそうだ。)
しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。
(このしょせいというのはときどきわれわれをとらえてにてくうというはなしである。)
この書生というのは時々我々を捕えて煮て食うという話である。
(しかしそのとうじはなんというかんがえもなかったからべつだんこわしいともおもわなかった。)
しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。
(ただかれのてのひらにのせられてすーともちあげられたときなんだかふわふわしたかんじがあたばかりである。)
ただ彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じ...
(てのひらのうえですこしおちついてしょせいのかおをみたのがいわゆるにんげんというもののみはじめであろう。)
掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始..
(このときみょうなものだとおもったかんじがいまでものこっている。)
この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。
(だいいちもうをもってそうしょくすべきかおがつるつるしていてまるでやかんだ。)
第一毛をもって装飾すべき顔がつるつるしていてまるで薬缶だ。
(そのあとねこにもだいぶあったがこんなかたりんにはいちどもであわしたことがない。)
その後猫にもだいぶ逢ったがこんな片輪には一度も出会わした事がない。
(のみならずかおのまんなかがあまりにとっきしている。)
のみならず顔の真中があまりに突起している。
(そうしてそのあなのなかからときどきぷうぷうとけむりをふく。)
そうしてその穴の中から時々ぷうぷうと煙を吹く。
(どうもむせぽくてじつによわった。)
どうも咽せぽくて実に弱った。
(これがにんげんののむたばこというものであることはようやくこのころしった。)
これが人間の飲む煙草というものである事はようやくこの頃知った。