夜桜善光寺

(はななごりづきたまかつらのくもがくれにして)

花名残月　玉桂の雲隠れにして

(じょうせつにはぬばたまのやみぞたちわたる)

浄刹には　ぬばたまの闇ぞ　立ちわたる

(いざなわるるがごとくそぞろあるくわがみみに)

誘わるるがごとく　そぞろ歩く我が耳に

(たださやさやとほのきこゆはなかぜのしらべ)

たださやさやと　仄聞こゆ　花風の調べ

(にわかにはやてのたちきたりてくものふきはるる)

俄かに　疾風の立ち来たりて　雲の吹きはるる

(つきかげににおうはいたりたるはなのながめ)

月影に匂ふは　至たる花の眺め

(ふることにいわくいまはむかししんなくよくどしおうな)

古言に曰く　今は昔　心なく欲どし嫗

(ふとのけしんにしるべされここをおとずれけむ)

浮図の化身に導され　此処を訪れけむ

(されどまこそしるべしはあくりょうかまみかもののけか)

然れど真こそ導しは　悪霊か魔魅か物怪か

(あたかもゆめのごとふたつなきはなのながめ)

あたかも夢のごと　二無き花の眺め

(さやけしおぼろづきこのはなさきすさび)

清けし朧月　木花咲きすさび

(しろきぎょくとにけしきはかがよいて)

白き玉兎に　気色はかがよひて

(ここはぶつどかかりのよか)

此処は仏土か　仮世か

(はなのしるべすままわがこころのむくほうへ)

花の導すまま　我が心の向く方へ

(かえりざくさくらのあすはゆめあだしものなれど)

返咲くさくらの　明日は夢　徒しものなれど

(さればこそこのことなきけしきはなおもってあわれなり)

然ればこそ　この殊なき気色は　猶以てあはれなり

(あなつづけあらたよよはやくなちりそ)

あな続け　惜夜よ　早くな散りそ

(さくらばないかでねがわではあらん)

桜花　いかで願はではあらん

(におやかしおぼろづきこのはなさきすさび)

匂やかし朧月　木花咲きすさび

(しろきぎょくとにけしきはかがよいて)

白き玉兎に　気色はかがよひて

(ここはぶつどかかりのよか)

此処は仏土か　仮世か

(はなのしるべすままわがこころのむくほうへ)

花の導すまま　我が心の向く方へ

(ちるはなのゆくえもしれぬつきおぼろ)

散る花の行方も知れぬ　月朧