少女地獄

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投稿者投稿者まいんいいね0お気に入り登録
プレイ回数672難易度(3.5) 4103打 長文 かな
夢野久作の少女地獄のタイピングです。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りく 5618 A 5.7 97.6% 727.8 4192 103 95 2024/10/16
2 てんぷり 5329 B++ 5.6 95.2% 715.5 4011 198 95 2024/10/13

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問題文

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(しらたかひでまろあにそっか)

白鷹秀麿 兄 足下

(うすきりへい)

臼杵利平

(しょうせいはせんぱんまるのうちくらぶのこうぼくかいで)

小生は先般、丸の内倶楽部の庚戌会で、

(たんじかんはいびのえいをえましたもので)

短時間拝眉の栄を得ましたもので、

(きけいとごどうようにきゅうしゅうていこくだいがくじびかしゅっしんのこうはいであります)

貴兄と御同様に九州帝国大学、耳鼻科出身の後輩であります。

(さくしょうわはちねんのろくがつしょじゅんからとうよこはましのみやざきちょうに)

昨、昭和八年の六月初旬から、当横浜市の宮崎町に、

(うすきじびかのねおんさいんをかかげているものでありますが)

臼杵耳鼻科のネオンサインを掲げておる者でありますが、

(とつぜんにかようなきかいなてがみをさしあげるひれいをおゆるしください)

突然にかような奇怪な手紙を差し上げる非礼をお許し下さい。

(ひめぐさゆりこがじさつしたのです)

姫草ユリ子が自殺したのです。

(あのなのとおりにかれんな)

あの名前の通りに可憐な、

(せいじょうむくなすがたをしたかのじょは)

清浄無垢な姿をした彼女は、

(きかとしょうせいのなをのろいながらじさつしたのです)

貴下と小生の名を呪咀いながら自殺したのです。

(あのはとのようなちいさなむねにうかみあらあわれたねもはもないもうそうによって)

あの鳩のような小さな胸に浮かみ現われた根も葉もない妄想によって、

(きかとしょうせいのかていはもうすにおよばず)

貴下と小生の家庭は申すに及ばず、

(まんとのしんぶんしけいしちょう)

満都の新聞紙、警視庁、

(かながわけんのしほうとうきょくまでも)

神奈川県の司法当局までも、

(そのうそのてんごくをこうせいするざいりょうにおりこんできたつもりで)

その虚構の天国を構成する材料に織込おりこんで来たつもりで、

(かえっていっしゅのせんりつすべききょうはくかんねんの)

却って一種の戦慄すべき脅迫観念の

(じごくえまきをかきあらわしてきましたかのじょは)

地獄絵巻を描き現わして来ました彼女は、

(ついにかのじょじしんを)

遂に彼女自身を、

など

(そのじぶんのそうさくしたじごくえまきのどんぞこに)

その自分の創作した地獄絵巻のドン底に

(ほうむりさらなければならなくなったのです)

葬り去らなければならなくなったのです。

(そのじごくえまきのじつざいをじぶんのしによってうらがきして)

その地獄絵巻の実在を、自分の死によって裏書きして、

(しょうせいらをぶっきょうのいわゆるえいごうのせんりつ)

小生等を仏教の所謂、永劫の戦慄、

(きょうふのむげんじごくにつきおとすべく)

恐怖の無間地獄に突き落すべく……。

(そのいっけんへいへいぼんぼんな)

その一見、平々凡々な、

(なんでもないできごとのれんぞくのようにみえる)

何んでもない出来事の連続のように見える

(かのじょのきょこうのりめんにみゃくどうしている)

彼女の虚構の裡面に脈動している

(まかふしぎなしょうじょのしんりさようのおそろしさ)

摩訶不思議な少女の心理作用の恐しさ。

(そのしんりさようにたいするかのじょのしゅうちゃくさを)

その心理作用に対する彼女の執着さを、

(しょうせいはきかにたいしてちくいちせつめいしかいぼうし)

小生は貴下に対して逐一説明し、解剖し、

(ぶんせきしていかねばならぬといういじょうなせきにんをもっておるものであります)

分析して行かねばならぬという異常な責任を持っておる者であります。

(しかもそのこんなんをきわめた)

しかもその困難を極めた、

(いっしゅいようなせきにんはほんじつのごごに)

一種異様な責任は本日の午後に、

(おもいもかけぬみちのじんぶつから)

思いもかけぬ未知の人物から、

(わたしのそうけんになげかけられたものであります)

私の双肩に投げかけられたものであります。

(ですからこのいっしゅとくべつのほうこくしょも)

……ですからこの一種特別の報告書も、

(じゅんじょとしてそのふかしぎなみちのじんぶつのことからかきはじめさしていただきます)

順序としてその不可思議な未知の人物の事から書き始めさして頂きます。

(ごごいちじごろのことでした)

本日の午後一時頃の事でした。

(じゅうたいののうまくえんかんじゃのしゅじゅつにつかれきったわたしは)

重態の脳膜,炎患者の手術に疲れ切った私は、

(がいらいかんじゃのとだえたしんさついすによこたわって)

外来患者の途絶えた診察室の長椅子に横たわって、

(がらすまどごしにみえるよこはまこうないのきてきと)

硝子窓越に見える横浜港内の汽笛と、

(まどのしたのおうらいのざつおんをごっちゃにききながらうとうとしておりますと)

窓の下の往来の雑音をゴッチャに聞きながらウトウトしておりますと、

(とつぜんにげんかんのべるがなって)

突然に玄関のベルが鳴って、

(ひとりのくろいだんせいのかげがしずかにすべりこんできました)

一人の黒い男性の影が静かに辷り込んで来ました。

(はねおきてみますと)

跳ね起きてみますと、

(それはさながらにがいこくのえいがにでてくるめいたんていじみたふうさいのおとこでした)

それはさながらに外国の映画に出て来る名探偵じみた風采の男でした。

(としのころはよんじゅうよんごでしたろうか)

年の頃は四十四、五でしたろうか。

(かおがながくまゆがふとくこく)

顔が長く、眉が濃く太く、

(たかいひんのいいはなすじのさゆうにきれめのながいめがおちくぼんで)

高い、品のいい鼻梁の左右に、切れ目の長い眼が落ち窪んで

(するどいくろいひかりをはなっているところは)

鋭い、黒い光を放っているところは、

(とりあえずわせいのしゃあろっくほるむずといったかんじでした)

とりあえず和製のシャアロック・ホルムズと言った感じでした。

(ざんたいのひふのいろがわたしとどうようにあおぐろく)

全体の皮膚の色が私と同様に青黒く、

(すらりとしたほねぶといからだにしっくりしたおりめただしいくろじのもーにんぐ)

スラリとした骨太い身体に、シックリした折目正しい黒地のモーニング、

(まあたらしいくろのべろあぼうおなじくくろのえなめるぐつ)

真新しい黒のベロア帽、同じく黒のエナメル靴、

(ぎんがしらのすねきうっどというみじんもすきのないふうさいで)

銀頭の蛇木杖という微塵も隙のない態度風采で、

(しんさつしつのどあをうしろでにしずかにしめますと)

診察室の扉を後ろ手に静かに閉めますと、

(わたしひとりしかいないしつないをじろりとひとめみまわしながらたちどまって)

私一人しかいない室内をジロリと一眼見まわしながら立ち佇って、

(いんぎんにぼうしをとってなかはげをたくみにかくしたあたまをさげました)

慇懃に帽子を脱って、中禿を巧みに隠した頭を下げました。

(けいそつなわたしはこのじんぶつをしんらいのかんじゃとおもいましたので)

軽率な私は、この人物を新来の患者と思いましたので

(あいそうよくたちあがりました)

愛想よく立ち上りました。

(さあどうぞとじゃこびあんばりのさいどちぇあをすすめました)

「サアどうぞ」とジャコビアン張の小椅子を進めました。

(わたしがうすいです)

「私が臼杵です」

(しかしあいてのしんしはいぜんとしてくろい)

しかし相手の紳士は依然として黒い、

(つめたいかげぼうしのようにつったっておりました)

冷たい影法師のように突立っておりました。

(ちょっとめをふせて)

ちょっと眼を伏せて

(わかっているといったひょうじょうをしたきり)

……わかっている……と言ったような表情をした切り

(ひとこともくちをききませんでした)

一言も口を利ききませんでした。

(そのうちにあおいけむくじゃらのてを)

そのうちに青白い毛ムクジャラの手を

(どういちょっきのうちぽけっとにいれて)

胴衣チョッキの内ポケットに入れて、

(いちまいのかーどがたのしへんをさぐりだしますと)

一枚のカード型の紙片を探り出しますと、

(わたしのかおをいみありげにちらりとみながら)

私の顔を意味ありげにチラリと見ながら、

(そばのかーどてーぶるのうえにおいてわたしのほうへおしやりました)

傍の小卓子の上に置いて私の方へ押し遣りました。

(そこでわたしはこっけいにも)

そこで私は滑稽にも……

(さてはおしのかんじゃがきたなとおもいながら)

サテは唖の患者が来たな……と思いながら

(そのしへんをとりあげてみますといがいにもへたなしょうがくせいじみたえんぴつもじで)

その紙片を取り上げてみますと、意外にも下手な小学生じみた鉛筆文字で

(はっきりとひめぐさゆりこのゆくえをごぞんじですかとかいてあるもです)

ハッキリと「姫草ユリ子の行方を御存じですか」と書いて在るのです。

(わたしはあぜんとなってそのおとこのかおをみあげました)

私は唖然となってその男の顔を見上げました。

(せいがごしゃくななはっすんもありましたろうか)

背丈が五尺七、八寸もありましたろうか。

(ははあしりませんがねだまってでていきましたから)

「……ハハア。知りませんがね。だまって出て行きましたから……」

(とそくとうしましたがそのせつなに)

と即答をしましたが、その刹那に……

(さてはこのおとこがひめぐさゆりこのくろまくだな)

サテハこの男が姫草ユリ子の黒幕だな。

(なにかしらおれをきょうはくしにきやがったんだなとちょっかんしましたので)

何かしら俺を脅迫しに来やがったんだな……と直感しましたので

(すぐにくそでもきらえというかくごをはらのなかできめてしまいました)

直ぐに……糞でも啖らえ……という覚悟を腹の中で決めてしまいました。

(しかしうわべにはそんなけぶりもみせないようにして)

しかし表面にはソンナ気振も見せないようにして、

(へいぼんなかいぎょういらしいとぼけかたをしておりました)

平凡な開業医らしいトボケ方をしておりました。

(ひめぐさゆりこのゆくえをしっていないでよかった)

……姫草ユリ子の行方を知っていないでよかった。

(しっているといったらすぐにつけこまれて)

知っていると言ったら直ぐに付け込まれて

(きょうはくされるところであったろうとはらのなかでおもいながら)

脅迫されるところであったろう……と腹の中で思いながら……。

(あいてのしんしはそうしたわたしのかおを)

相手の紳士はそうした私の顔を、

(そのくろいつめたいしゅうねんぶかいめつきで)

その黒い、つめたい執念深い瞳付で

(じゅうすうびょうかんぎょうししておりましたが)

十数秒間、凝視しておりましたが、

(やがてまたどういちょっきのうちがわからひとつのしろいふうとうをさぐりだして)

やがてまた胴衣チョッキの内側から一つの白い封筒を探り出して、

(うやうやしくわたしのまえにおきました)

恭うやうやしく私の前に置きました。

(ごらんくださいというふうにうすわらいをふくみながら)

……御覧下さい……と言う風に薄笑いを含みながら……。

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