夏目漱石「こころ」終
夏目漱石の「こころ」(下)でございます。
なるべく原文ママで問題を設定しておりますので、誤字なのか原文なのかややこしいとは思われますが最後までお付き合い下さい。
オリジナルの書き方・読み方については以下に載せますので、参考の程よろしくお願い致します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
5:笑談(じょうだん)
12:相図(あいず)
17:奪られて(とられて)
35:驚怖(きょうふ)
59:何にも(なにも)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここまでタイプして下さった方々、お疲れ様でした。
途中で区切りを付けるのも何だか落ち付かない気がしたので、
いつもと比べると長くなっております。
私を「わたくし」や「わたし」と読ませたり、何にもを「なんにも」、「なにも」としたり読む上では味があっていいのですがタイプするとなると面倒な文章でしたね。
また、古い送り仮名を用いた漢字も出てきたので中々難しく感じられたのではないでしょうか。
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | berry | 8309 | 神 | 8.4 | 98.6% | 460.7 | 3881 | 53 | 73 | 2024/09/13 |
2 | おもち | 7857 | 神 | 8.2 | 95.2% | 477.4 | 3950 | 199 | 73 | 2024/09/17 |
3 | ヤス | 7799 | 神 | 8.3 | 94.0% | 472.1 | 3931 | 249 | 73 | 2024/10/19 |
4 | すもさん | 6362 | S | 6.5 | 97.2% | 627.0 | 4105 | 116 | 73 | 2024/10/11 |
5 | BEASTななせ | 6134 | A++ | 6.6 | 92.7% | 606.9 | 4038 | 315 | 73 | 2024/11/01 |
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問題文
(ごじゅうろく)
五十六
(「わたくしはじゅんしということばをほとんどわすれていました。)
「私は殉死という言葉を殆んど忘れていました。
(へいぜいつかうひつようのないじだから、きおくのそこにしずんだまま、)
平生使う必要のない字だから、記憶の底に沈んだまま、
(くされかけていたものとみえます。)
腐れかけていたものと見えます。
(さいのじょうだんをきいてはじめてそれをおもいだしたとき、)
妻の笑談を聞いて始めてそれを思い出した時、
(わたくしはさいにむかってもしじぶんがじゅんしするならば、)
私は妻に向ってもし自分が殉死するならば、
(めいじのせいしんにじゅんしするつもりだとこたえました。)
明治の精神に殉死する積りだと答えました。
(わたくしのこたえもむろんじょうだんにすぎなかったのですが、)
私の答も無論笑談に過ぎなかったのですが、
(わたくしはそのときなんだか)
私はその時何だか
(ふるいふようなことばにあたらしいいぎをもりえたようなこころもちがしたのです。)
古い不要な言葉に新らしい意義を盛り得たような心持がしたのです。
(それからやくいっかげつほどたちました。)
それから約一カ月程経ちました。
(ごたいそうのよるわたくしはいつものとおりしょさいにすわって、あいずのごうほうをききました。)
御大葬の夜私は何時もの通り書斎に坐って、相図の号砲を聞きました。
(わたくしにはそれがえいきゅうにさったほうちのごとくきこえました。)
私にはそれが永久に去った報知の如く聞こえました。
(あとでかんがえると、それがのぎたいしょうのえいきゅうにさったほうちにもなっていたのです。)
後で考えると、それが乃木大将の永久に去った報知にもなっていたのです。
(わたくしがごうがいをてにして、おもわずさいにじゅんしだじゅんしだといいました。)
私が号外を手にして、思わず妻に殉死だ殉死だと云いました。
(わたくしはしんぶんでのぎたいしょうのしぬまえにかきのこしていったものをよみました。)
私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行ったものを読みました。
(せいなんせんそうのときてきにはたをとられていらい、もうしわけのためにしのうしのうとおもって、)
西南戦争の時敵に旗を奪られて以来、申し訳のために死のう死のうと思って、
(ついこんにちまでいきていたといういみのくをみたとき、わたくしはおもわずゆびをおって、)
つい今日まで生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を折って、
(のぎさんがしぬかくごをしながらいきながらえてきたとしつきをかんじょうしてみました。)
乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえて来た年月を勘定して見ました。
(せいなんせんそうはめいじじゅうねんですから、)
西南戦争は明治十年ですから、
(めいじよんじゅうごねんまでにはさんじゅうごねんのきょりがあります。)
明治四十五年までには三十五年の距離があります。
(のぎさんはこのさんじゅうごねんのあいだしのうしのうとおもって、)
乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと思って、
(しぬきかいをまっていたらしいのです。)
死ぬ機会を待っていたらしいのです。
(わたくしはそういうひとにとって、いきていたさんじゅうごねんがくるしいか、)
私はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、
(またかたなをはらへつきたてたいっせつながくるしいか、どっちがくるしいだろうとかんがえました。)
また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、何方が苦しいだろうと考えました。
(それからにさんにちして、わたくしはとうとうじさつするけっしんをしたのです。)
それから二三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。
(わたくしにのぎさんのしんだりゆうがよくわからないように、)
私に乃木さんの死んだ理由が能く解らないように、
(あなたにもわたくしのじさつするわけがあきらかにのみこめないかもしれませんが、)
貴方にも私の自殺する訳が明らかに呑み込めないかも知れませんが、
(もしそうだとすると、)
もしそうだとすると、
(それはじせいのすいいからくるにんげんのそういだからしかたがありません。)
それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。
(わたくしはわたくしのできるかぎりこのふかしぎなわたくしというものを、あなたにわからせるように、)
私は私の出来る限りこの不可思議な私というものを、貴方に解らせるように、
(いままでのじょじゅつでおのれをつくしたつもりです。)
今までの叙述で己れを尽した積りです。
(わたくしはさいをのこしていきます。)
私は妻を残して行きます。
(わたくしがいなくなってもさいにいしょくじゅうのしんぱいがないのはしあわせです。)
私がいなくなっても妻に衣食住の心配がないのは仕合せです。
(わたくしはさいにざんこくなきょうふをあたえることをこのみません。)
私は妻に残酷な驚怖を与える事を好みません。
(わたくしはさいにちのいろをみせないでしぬつもりです。)
私は妻に血の色を見せないで死ぬ積りです。
(さいのしらないまに、こっそりこのよからいなくなるようにします。)
妻の知らない間に、こっそりこの世から居なくなるようにします。
(わたくしはしんだあとで、さいからとんししたとおもわれたいのです。)
私は死んだ後で、妻から頓死したと思われたいのです。
(きがくるったとおもわれてもまんぞくなのです。)
気が狂ったと思われても満足なのです。
(わたくしがしのうとけっしんしてから、もうとおかいじょうになりますが、)
私が死のうと決心してから、もう十日以上になりますが、
(そのだいぶぶんはあなたにこのながいじじょでんのいっせつをかきのこすために)
その大部分は貴方にこの長い自叙伝の一節を書き残すために
(しようされたものとおもってください。)
使用されたものと思って下さい。
(はじめはあなたにあってはなしをするきでいたのですが、)
始めは貴方に会って話をする気でいたのですが、
(かいてみると、かえってそのほうが)
書いて見ると、却ってその方が
(じぶんをはっきりえがきだすことができたようなこころもちがしてうれしいのです。)
自分を判然描き出す事が出来たような心持がして嬉しいのです。
(わたくしはすいきょうにかくのではありません。)
私は酔興に書くのではありません。
(わたくしをうんだわたくしのかこは、にんげんのけいけんのいちぶぶんとして、)
私を生んだ私の過去は、人間の経験の一部分として、
(わたくしよりほかにだれもかたりえるものはないのですから、)
私より外に誰も語り得るものはないのですから、
(それをいつわりなくかきのこしておくわたくしのどりょくは、にんげんをしるうえにおいて、)
それを偽りなく書き残して置く私の努力は、人間を知る上に於て、
(あなたにとっても、ほかのひとにとっても、とろうではなかったとおもいます。)
貴方にとっても、外の人にとっても、徒労ではなかったと思います。
(わたなべかざんはかんたんというえをかくために、)
渡辺崋山は邯鄲という画を描くために、
(しきをいっしゅうかんくりのべたというはなしをついせんだってききました。)
死期を一週間繰り延べたという話をつい先達て聞きました。
(ひとからみたらよけいなことのようにもかいしゃくできましょうが、)
他から見たら余計な事のようにも解釈できましょうが、
(とうにんにはまたとうにんそうおうのようきゅうがこころのうちにあるのだから)
当人にはまた当人相応の要求が心の中にあるのだから
(やむをえないともいわれるでしょう。)
已むを得ないとも云われるでしょう。
(わたくしのどりょくもたんにあなたにたいするやくそくをはたすためばかりではありません。)
私の努力も単に貴方に対する約束を果すためばかりではありません。
(なかばいじょうはじぶんじしんのようきゅうにうごかされたけっかなのです。)
半ば以上は自分自身の要求に動かされた結果なのです。
(しかしわたくしはいまそのようきゅうをはたしました。)
然し私は今その要求を果しました。
(もうなにもすることはありません。)
もう何にもする事はありません。
(このてがみがあなたのてにおちるころには、わたくしはもうこのよにはいないでしょう。)
この手紙が貴方の手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。
(とくにしんでいるでしょう。)
とくに死んでいるでしょう。
(さいはとおかばかりまえからいちがやのおばのところへいきました。)
妻は十日ばかり前から市ヶ谷の叔母の所へ行きました。
(おばがびょうきでてがたりないというからわたくしがすすめてやったのです。)
叔母が病気で手が足りないというから私が勧めて遣ったのです。
(わたくしはさいのるすのあいだに、このながいもののだいぶぶんをかきました。)
私は妻の留守の間に、この長いものの大部分を書きました。
(ときどきさいがかえってくると、わたくしはすぐそれをかくしました。)
時々妻が帰って来ると、私はすぐそれを隠しました。
(わたくしはわたくしのかこをぜんあくともにひとのさんこうにきょうするつもりです。)
私は私の過去を善悪ともに他の参考に供する積りです。
(しかしさいだけはたったひとりのれいがいだとしょうちしてください。)
然し妻だけはたった一人の例外だと承知して下さい。
(わたくしはさいにはなんにもしらせたくないのです。)
私は妻には何にも知らせたくないのです。
(さいがおのれのかこにたいしてもつきおくを、)
妻が己れの過去に対してもつ記憶を、
(なるべくじゅんぱくにほぞんしておいてやりたいのがわたくしのゆいいつのきぼうなのですから、)
なるべく純白に保存して置いて遣りたいのが私の唯一の希望なのですから、
(わたくしがしんだあとでも、さいがいきているいじょうは、)
私が死んだ後でも、妻が生きている以上は、
(あなたかぎりにうちあけられたわたくしのひみつとして、)
あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、
(すべてをはらのなかにしまっておいてください」)
凡てを腹の中にしまって置いて下さい」