夏目漱石「草枕」1

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投稿者投稿者tottorimukuいいね3お気に入り登録
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(やまみちをのぼりながら、こうかんがえた。)

山路を登りながら、こう考えた。

(ちにはたらけばかどがたつ。)

智に働けばが角が立つ。

(じょうにさおさせばながされる。いじをとおせばきゅうくつだ。とかくにひとのよはすみにくい)

情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい

(すみにくさがこうじると、やすいところへひきこしたくなる。)

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。

(どこへこしてもすみにくいとさとったとき、しがうまれて、えができる。)

どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

(ひとのよをつくったものはかみでもなければおにでもない。)

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。

(やはりむこうさんげんりょうどなりにちらちらするただのひとである。)

やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。

(ただのひとがつくったひとのよがすみにくいからとて、こすくにはあるまい。)

ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。

(あればひとでなしのくにへいくばかりだ。)

あれば人でなしの国へ行くばかりだ。

(ひとでなしのくにはひとのよよりもなおすみにくかろう。)

人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

(こすことのならぬよがすみにくければ、すみにくいところをどれほどか、)

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、

(かんようて、つかのまのいのちを、つかのまでもすみよくせねばならぬ。)

寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。

(ここにしじんというてんしょくができて、ここにがかというしめいがくだる。)

ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。

(すみにくきよから、すみにくきわずらいをひきぬいて、ありがたいせかいを)

住みにくき世から、住みにくきわずらいを引き抜いて、ありがたい世界を

(まのあたりにうつすのがしである、えである。あるはおんがくとちょうこくである。)

まのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である。

(こまかにいえばうつさないでもよい。)

こまかに云えば写さないでもよい。

(ただまのあたりにみれば、そこにしもいき、うたもわく。)

ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。

(ちゃくそうをかみにおとさぬともきゅうそうのおんはきょうりにおこる。たんせいはがかにむかってとまつせんでも)

着想を紙に落さぬとも璆鏘の音は胸裏に起る。丹青は画架に向って塗抹せんでも

(ごさいのけんらんはおのずからしんがんにうつる。ただおのがすむよを、かくかんじえて、)

五彩の絢爛は自から心眼に映る。ただおのが住む世を、かく観じ得て、

(れいだいほうすんのかめらにぎょうきこんだくのぞっかいをきよくうららかにおさめえればたる。)

霊台方寸のカメラに澆季溷濁の俗界を清くうららかに収め得れば足る。

など

(このゆえにむせいのしじんにはいっくなく、むしょくのがかにはせっけんなきも、)

この故に無声の詩人には一句なく、無色の画家には尺縑なきも、

(かくじんせいをかんじえるのてんにおいて、かくぼんのうをげだつするのてんにおいて、)

かく人世を観じ得るの点において、かく煩悩を解脱するの点において、

(かくせいじょうかいにしゅつにゅうしうるのてんにおいて、またこのふどうふじのけんこんをこんりゅうしうるの)

かく清浄界に出入し得るの点において、またこの不同不二の乾坤を建立し得るの

(てんにおいて、がりしよくのきはんをそうとうするのてんにおいて、)

点において、我利私慾の覊絆を掃蕩するの点において、

(せんきんのこよりも、ばんじょうのきみよりも、あらゆるぞっかいのちょうじよりもこうふくである。)

千金の子よりも、万乗の君よりも、あらゆる俗界の寵児よりも幸福である。

(よにすむことにじゅうねんにして、すむにかいあるよとしった。)

世に住むこと二十年にして、住むに甲斐ある世と知った。

(にじゅうごねんにしてめいあんはひょうりのごとく、ひのあたるところにはきっとかげがさすとさとった)

二十五年にして明暗は表裏のごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った

(さんじゅうのきょうはこうおもうている。)

三十の今日はこう思うている。

(よろこびのふかきときうれいいよいよふかく、たのしみのおおいなるほどくるしみもおおきい。)

喜びの深きとき憂いいよいよ深く、楽みの大いなるほど苦しみも大きい。

(これをきりはなそうとするとみがもてぬ。かたづけようとすればよがたたぬ。)

これを切り放そうとすると身が持てぬ。片けようとすれば世が立たぬ。

(きんはだいじだ、だいじなものがふえればねるまもしんぱいだろう。)

金は大事だ、大事なものが殖えれば寝る間も心配だろう。

(こいはうれしい、うれしいこいがつもれば、こいをせぬむかしがかえってこいしかろ。)

恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。

(かくりょうのかたはすうひゃくまんにんのあしをささえている。せなかにはおもいてんかがおぶさっている。)

閣僚の肩は数百万人の足を支えている。背中には重い天下がおぶさっている。

(うまいものもくわねばおしい。すこしくえばあきたらぬ。ぞんぶんくえばあとがふゆかいだ)

うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽き足らぬ。存分食えばあとが不愉快だ

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