夏目漱石「草枕」3

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(はるはねむくなる。ねこはねずみをとることをわすれ、にんげんはしゃっきんのあることをわすれる。)

春は眠くなる。猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。

(ときにはじぶんのたましいのいどころさえわすれてしょうたいなくなる。)

時には自分の魂の居所さえ忘れて正体なくなる。

(ただなのはなをとおくのぞんだときにめがさめる。)

ただ菜の花を遠く望んだときに眼が醒める。

(ひばりのこえをきいたときにたましいのありかがはんぜんする。)

雲雀の声を聞いたときに魂のありかが判然する。

(ひばりのなくのはくちでなくのではない、たましいぜんたいがなくのだ。)

雲雀の鳴くのは口で鳴くのではない、魂全体が鳴くのだ。

(たましいのかつどうがこえにあらわれたもののうちで、あれほどげんきのあるものはない。)

魂の活動が声にあらわれたもののうちで、あれほど元気のあるものはない。

(こうおもって、こうゆかいになるのがしである。)

こう思って、こう愉快になるのが詩である。

(たちまちしぇれ-のひばりのしをおもいだして、)

たちまちシェレ-の雲雀の詩を思い出して、

(くちのうちでおぼえたところだけあんしょうしてみたが、)

口のうちで覚えたところだけ暗誦して見たが、

(おぼえているところはにさんくしかなかった。そのにさんくのなかにこんなのがある。)

覚えているところは二三句しかなかった。その二三句のなかにこんなのがある。

(we look before and after)

We look before and after

(and pine for what is not:)

And pine for what is not:

(our sincerest laughter)

Our sincerest laughter

(with some pain is fraught;)

With some pain is fraught;

(our sweetest songs are)

Our sweetest songs are

(thosethattellofsaddestthought.)

those that tell of saddest thought.

(「まえをみては、えをみては、ものほしと、あこがるるかなわれ。)

「前をみては、後えを見ては、物欲しと、あこがるるかなわれ。

(はらからの、わらいといえど、くるしみの、そこにあるべし。)

腹からの、笑といえど、苦しみの、そこにあるべし。

(うつくしき、きわみのうたに、かなしさの、きわみのそう、こもるとぞしれ」)

うつくしき、極みの歌に、悲しさの、極みの想、籠るとぞ知れ」

(なるほどいくらしじんがこうふくでも、あのひばりのようにおもいきって、)

なるほどいくら詩人が幸福でも、あの雲雀のように思い切って、

など

(いっしんふらんに、ぜんごをぼうきゃくして、わがよろこびをうたうわけにはいくまい。)

一心不乱に、前後を忘却して、わが喜びを歌う訳には行くまい。

(せいようのしはむろんのこと、しなのしにも、よくばんこくのうれいなどというじがある。)

西洋の詩は無論の事、支那の詩にも、よく万斛の愁などと云う字がある。

(しじんだからばんこくでしろうとならいちごうですむかもしれぬ。)

詩人だから万斛で素人なら一合で済むかも知れぬ。

(してみるとしじんはつねのひとよりもくろうしょうで、)

して見ると詩人は常の人よりも苦労性で、

(ぼんこつのばいいじょうにしんけいがえいびんなのかもしれん。)

凡骨の倍以上に神経が鋭敏なのかも知れん。

(ちょうぞくのよろこびもあろうが、むりょうのひもおおかろう。)

超俗の喜びもあろうが、無量の悲も多かろう。

(そんならばしじんになるのもかんがえものだ。)

そんならば詩人になるのも考え物だ。

(しばらくはみちがたいらで、みぎはぞうきやま、ひだりはなのはなのみつづけである。)

しばらくは路が平で、右は雑木山、左は菜の花の見つづけである。

(あしのもとにときどきたんぽぽをふみつける。)

足の下に時々蒲公英を踏みつける。

(のこぎりのようなはがえんりょなくしほうへのしてまんなかにきいろなたまをようごしている。)

鋸のような葉が遠慮なく四方へのして真中に黄色な珠を擁護している。

(なのはなにきをとられて、ふみつけたあとで、きのどくなことをしたと、)

菜の花に気をとられて、踏みつけたあとで、気の毒な事をしたと、

(ふりむいてみると、きいろなたまはいぜんとしてのこぎりのなかにちんざしている。)

振り向いて見ると、黄色な珠は依然として鋸のなかに鎮座している。

(のんきなものだ。またかんがえをつづける。)

呑気なものだ。また考えをつづける。

(しじんにゆうはつきものかもしれないが、)

詩人に憂はつきものかも知れないが、

(あのひばりをきくこころもちになればみじんのくもない。)

あの雲雀を聞く心持になれば微塵の苦もない。

(なのはなをみても、ただうれしくてむねがおどるばかりだ。)

菜の花を見ても、ただうれしくて胸が躍るばかりだ。

(たんぽぽもそのとおり、さくらも、さくらはいつかみえなくなった。)

蒲公英もその通り、桜も、桜はいつか見えなくなった。

(こうやまのなかへきてしぜんのけいぶつにせっすれば、みるものもきくものもおもしろい。)

こう山の中へ来て自然の景物に接すれば、見るものも聞くものも面白い。

(おもしろいだけでべつだんのくるしみもおこらぬ。)

面白いだけで別段の苦しみも起らぬ。

(おこるとすればあしがくたびれて、うまいものがたべられぬくらいのことだろう。)

起るとすれば足が草臥れて、旨いものが食べられぬくらいの事だろう。

(しかしくるしみのないのはなぜだろう。)

しかし苦しみのないのはなぜだろう。

(ただこのけしきをいっぷくのえとしてかん、いっかんのしとしてよむからである。)

ただこの景色を一幅の画として観、一巻の詩として読むからである。

(がでありしであるいじょうはじめんをもらって、かいたくするきにもならねば、)

画であり詩である以上は地面を貰って、開拓する気にもならねば、

(てつどうをかけてひともうけするりょうけんもおこらぬ。)

鉄道をかけて一儲けする了見も起らぬ。

(ただこのけしきが、はらのたしにもならぬ、げっきゅうのおぎないにもならぬこのけしきが)

ただこの景色が、腹の足しにもならぬ、月給の補いにもならぬこの景色が

(けしきとしてのみ、よがこころをらくませつつあるからくろうもしんぱいもともなわぬのだろう。)

景色としてのみ、余が心を楽ませつつあるから苦労も心配も伴わぬのだろう。

(しぜんのちからはここにおいてみこととい。)

自然の力はここにおいて尊とい。

(ごじんのせいじょうをまじろぎきざみにとうやしてじゅんことしてあつしなるしきょうにはいらしむるのはしぜんである)

吾人の性情を瞬刻に陶冶して醇乎として醇なる詩境に入らしむるのは自然である

(こいはうつくしかろ、こうもうつくしかろ、ちゅうくんあいこくもけっこうだろう。)

恋はうつくしかろ、孝もうつくしかろ、忠君愛国も結構だろう。

(しかしじしんがそのきょくにあたればりがいのせんぷうにまきこまれて、うつくしきことにも、)

しかし自身がその局に当れば利害の旋風に捲き込まれて、うつくしき事にも、

(けっこうなことにも、めはくらんでしまう。)

結構な事にも、目は眩んでしまう。

(したがってどこにしがあるかじしんにはげしかねる。)

したがってどこに詩があるか自身には解しかねる。

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