巨人の研究 -3-

(れいをいってもういちどじてんしゃにまたがる。きょうがどようびだったことをおもいだし、)

礼を言ってもう一度自転車に跨る。今日が土曜日だったことを思い出し、

(このじかんならあそこだろうとあたりをつけてはんどるをきった。)

この時間ならあそこだろうとあたりをつけてハンドルを切った。

(すぴーどをあげるとあすふぁるとでねっされたくうきがまきあがるように)

スピードを上げるとアスファルトで熱された空気が巻き上がるように

(ほおにまとわりつくが、じっとしているよりもまだここちがよい。)

頬にまとわりつくが、じっとしているよりもまだ心地が良い。

(やがてもくてきのこうえんがみえてきた。こうえんといってもちょっとしたきゅうぎが)

やがて目的の公園が見えてきた。公園と言ってもちょっとした球技が

(できるていどのひろさがあり、おおぜいのこどもたちのかけごえがきこえてくる。)

できる程度の広さがあり、大勢の子どもたちの掛け声が聞こえてくる。

(「こしおとせ、おらぁ」)

「腰落とせ、おらぁ」

(そのこえにまじって、こどもではないひとのこえがひときわおおきくきこえてきた。)

その声に混じって、子どもではない人の声が一際大きく聞こえてきた。

(こうえんのきゅうぎようふぇんすのまえにじてんくるまがとまっている。)

公園の球技用フェンスの前に自転車が止まっている。

(ちかづいてみるとやはりししょうのものだった。)

近づいてみるとやはり師匠のものだった。

(ふぇんすのむこうがわでは、しょうがくせいとおもわれるじゅうにんいじょうのこどもたちが)

フェンスの向こう側では、小学生と思われる十人以上の子どもたちが

(ぐろーぶをてに、つちのぐらうんどのうえをころがりまわっている。)

グローブを手に、土のグラウンドの上を転がりまわっている。

(「せかんどどうしたっ、かばーがおそいぞ」)

「セカンドどうしたっ、カバーが遅いぞ」

(またおおきなこえをだしながら、きんぞくばっとできょうれつなごろをうっているじょせいがいる。)

また大きな声を出しながら、金属バットで強烈なゴロを打っている女性がいる。

(ししょうだ。)

師匠だ。

(つぎつぎとはなたれるしろいぼーるにこどもたちがとびついていく。)

次々と放たれる白いボールに子どもたちが飛びついて行く。

(そのひとみには、やるきにもえるするどいひかりが・・・・・ない。)

その瞳には、やる気に燃える鋭い光が・・・・・ない。

(うんざりしたようなくらいひょうじょうでかれらはじぶんのからだをしったするように)

うんざりしたような暗い表情で彼らは自分の身体を叱咤するように

(うごかしている。)

動かしている。

(どなられるからしかたがない。そんなふんいきがありありとみとれる。)

怒鳴られるから仕方がない。そんな雰囲気がありありと見とれる。

(「なんどいったらわかるんだ。てでとりにいくな。)

「何度言ったらわかるんだ。手で取りにいくな。

(こしおとしてからだでとるんだよ！」)

腰落として身体で取るんだよ！」

(こどもたちのいやいやかんなどおかまいなしにようしゃなくのっくはつづく。)

子どもたちのイヤイヤ感などおかまいなしに容赦なくノックは続く。

(ししょうはそのむかし、しょうねんやきゅうでおとこのこにまじってかつやくしていたことがあるそうで、)

師匠はその昔、少年野球で男の子に混じって活躍していたことがあるそうで、

(まいしゅうどようびにここでやきゅうあそびをしていたこどもたちのふにゃふにゃした)

毎週土曜日にここで野球あそびをしていた子どもたちのふにゃふにゃした

(うごきをみるにつけ、いてもたってもいられなくなり、)

動きを見るにつけ、居ても立ってもいられなくなり、

(むかしとったきねづかできんぞくばっとをてにこーとをかってでたのだ。)

昔取った杵柄で金属バットを手にコートを買って出たのだ。

(もちろんこどもたちはよろこんでいない。このへんなおねえさん、はやくかえって)

もちろん子どもたちは喜んでいない。この変なお姉さん、早く帰って

(くれないかな、とないしんおもっているにちがいない。)

くれないかな、と内心思っているに違いない。

(かれらにはゆにふぉーむもない。ほんとうにただのやきゅうあそびであり、)

彼らにはユニフォームもない。本当にただの野球遊びであり、

(どこかのしょうねんやきゅうちーむとれんしゅうしあいをするあてもないのである。)

どこかの少年野球チームと練習試合をするあてもないのである。

(そのかれらに、ししょうはばんとしふとやひっとえんどらんなど、)

その彼らに、師匠はバントシフトやヒットエンドランなど、

(ないみといっていいれんしゅうをさせている。)

無意味と言っていい練習をさせている。

(このあいだなど、らいなーをとっさにぐらぶさばきでみごとにほきゅうした)

このあいだなど、ライナーをとっさにグラブさばきでみごとに捕球した

(ゆうげきしゅにたいして、「おとしてげっつーねらいにいけるたいみんぐだろうが！」)

遊撃手に対して、「落としてゲッツー狙いにいけるタイミングだろうが！」

(などとどなっていた。かわいそうに。)

などと怒鳴っていた。かわいそうに。